23 セシリアは早く家に帰りたい
向かいあって座ったベイルに、セシリアは「エミーとレオ様はどうなりましたか?」と尋ねた。
というのも、レオが店に入って来たかと思うと、急にエミーに「好きだ」と告白した。それを聞いたエミーは「はぁ!? 今さらなんなの!」と叫んで店から飛び出して行ってしまったので、何が起こったのかセシリアはまったく分からなかった。
「あの二人は、うまくいったようだ」
「えっ!? そ、そうなのですか!?」
(エミーがベイル様と結婚するという話はどうなったのかしら?)
よく分からないが、内心、ものすごくホッとしている自分がいた。
(せっかく気がついたこの気持ち、今度はちゃんとベイル様に伝えないと)
それが、恋の終わりを意味するものだとしても、伝えないという選択肢はなかった。覚悟を決めてしまえば、もう迷うことはない。
お互いに静かに食事を終えて店から出た。
(いつ言うべきかしら?)
セシリアが告白のタイミングを探っていると、ベイルが「今日はもう帰ろう」と言った。
「え?」
「いろんなことがあったし、貴女も疲れているようだ」
「いえ……私は」
セシリアの返事を最後まで聞かずに、ベイルは馬車をとめている場所に向かってズンズンと歩いていく。
(まだ告白していないのに、帰りたくない)
「あの、エミーを探さないと! 彼女も同じ馬車で来たので」
「あの二人はここに置いていく。貴女と俺に迷惑をかけた罰だ。レオの馬があるから相乗りすれば帰れるだろう」
そんなことを話していると、ランチェスタ侯爵家の持ち馬車の前にたどり着いてしまった。
ベイルが「今日はとても楽しかった」と言ってくれた。彼は自分の馬で来ていたので、セシリアと同じ馬車に乗ることはない。
(どうしよう、ベイル様が行ってしまう)
とっさにセシリアはベイルの服の袖をぎゅっとつかんだ。ベイルが驚いて目を見開いている。
「ベイル様」
名前を呼ぶと、ベイルは驚きながらもこちらを真っすぐに見つめてくれた。その鋭く青い瞳を向けられても、出会った頃のように『怖い』とも『逃げ出したい』とも、もう思わない。
「わ、私……」
なかなか続きの言葉を言えなくても、ベイルは決して急かしたりはしない。いつも静かにセシリアを待ってくれる。それだけではなく、今まで誰もくれなかった『綺麗』や『可愛い』などの嬉しい言葉をたくさん贈ってくれた。
「……騎士様のおかげで、私の呪いが解けました」
もう地味だからと全てを諦めたりしない。
「私、これからは、もっと自分を大切にします。そう思えるようになったのは、ベイル様のおかげです。だから……」
感情が高ぶり手が震えて涙が滲んだ。
「だから、私は呪いを解いてくださった騎士様のことを、す…す…好きになってしまいました!」
怖くてベイルの顔が見られない。うつむきぎゅっと目を瞑ると、堪えていた涙がこぼれた。
「セシリア、今すぐ馬車に乗ってくれ」
「え?」
顔を上げるとベイルは静かに怒っていた。今まで一度も見たことがないほど怖い顔をしている。
「……あ、すみません、私……」
「これ以上、しゃべらないでくれ」
絶望と共に口を閉じると、セシリアは静かに馬車の乗り口に足をかけた。
(ベイル様を怒らせてしまったわ。私、間違ったんだわ。身のほど知らずに思いを告げたから)
セシリアが馬車に乗り込むと、堪えきれず声を押し殺して泣いてしまう。そのとたんに、ぐっと力強く腕を引き寄せられた。気がつけば抱きかかえられるようにベイルの膝の上に座っている。
「まったく貴女と言う人は、あんなに人通りが多いところで、あんなに可愛い顔をして、あんなに可愛いことを言うなんて……」
ベイルはブツブツと文句を言いながら、左腕を伸ばして馬車の戸を閉めた。馬車の御者は、二人が乗ったことを確認したのか馬車はゆっくりと動き出す。
「ベイル様?」
セシリアが状況を理解できずにいると、ベイルがセシリアの髪を優しく撫でた。その手は頬をなぞり、あごを軽く持ち上げる。
「ベイル様?」
返事はなく代わりにベイルの端正な顔が近づいてきた。
「きゃあ!?」
セシリアは驚いて両手でベイルの顔を押し留めた。
「セシリア?」
「は、はい?」
「この手をどけてくれないだろうか?」
「でも、どけると……」
キスしてしまう。
「セシリア、愛している」
セシリアが驚いて固まっていると、グググッとベイルが顔で押さえている手を押してきた。ベイルに力で勝てるわけもなく、唇が重なってしまう。今まで味わったこともない柔らかい感触に、セシリアの思考は停止した。
だいぶ時間が経ったあとに、ようやくセシリアが我に返って『……私、ベイル様とキスしている?』と気がついた時には、ベイルに、はむはむと唇を食べられていた。
「きゃあ!?」
思いっきり身をねじり、ベイルの膝の上から下りようとすると、素早く後ろから抱きしめられ阻止されてしまった。セシリアの耳元で「暴れると危ない」と、ベイルの声が聞こえた。
ベイルはブラウンの髪に頬ずりしたり、まるで香しいものでも嗅ぐように、セシリアの首元の匂いを嗅いだりしている。
(く、くすぐったい……。でも、不思議と嫌じゃないわ、けど……すごく、すごく恥ずかしい!)
羞恥で半泣きになりながら、『私が気を失う前に早く家に着いて』とセシリアは切実に願った。