02 可愛い人だったような気もしなくない(ベイル視点)
ベイルは不思議な気分だった。
目の前の令嬢は、ベイルが見つめても視線をそらすことなく、ニコリと微笑みかけてくる。
(今日の婚約者候補との顔合わせは、急に泣き出されることもなければ、話が途切れることもないな)
向こうから、いろいろ質問をしてくるので、あえて話題を探す必要もない。
(楽だ)
そう、楽だった。
妹のクラウディアが婚約したことで、父から「お前も婚約者を選びなさい」と言われて渋々、父が選んだ婚約者候補の令嬢達と、ベイルは顔合わせをすることになった。
その結果、婚約者候補の令嬢達に、何もしていないのにおびえられるわ、泣かれるわ、逃げられるわ、散々な有様だった。
ベイルが「俺の何がいけないんだ!?」と言うと、クラウディアが「お兄様、私達ペイフォード一族は、『氷の一族』などと呼ばれていて、皆、顔が怖いのです。黙っていたら怒っていると勘違いされてしまいますわ」と言うので、次に会う令嬢からは、できるだけ自分から話しかけるように気をつけた。
しかし、ベイルが話せば話すほど、令嬢達は驚いたように目を見開き、口を固く閉ざし、お断りの手紙が殺到した。その手紙を見たクラウディアが「公爵家からの婚約を、こんなにも一方的に断られるなんて……。お兄様、いったい何をしたら、こんなことに?」と青ざめた顔が今でもベイルの脳裏に焼きついている。
(くそっ、婚約なんて親同士が勝手に決めればいいのだ)
少し前までは、確かにそうだったのに、クラウディアとその婚約者アーノルド王子が大恋愛の末に婚約をしたせいで、貴族の間では、今、恋愛婚約ブームが巻き起こっている。
聞いた話では、クラウディアが『本人同士の合意がなく、愛のない結婚は両者にとっても、長い目で見ると両家にとっても不幸の始まりです』と言ったらしい。その言葉に、アーノルドが『そうだね、ディア。僕は誰よりも君を愛している』と恥ずかしげもなく大勢の前で言ったことがブームのきっかけだそうだ。
(ディアは良いとして、アーノルド殿下は余計なことを。そもそも、殿下は初対面の時から気に入らなかった!)
でも、アーノルドが誰よりもクラウディアを愛していることはベイルも認めている。クラウディアの身に何かあったとき、アーノルドは、それこそ命をかけて妹を守ってくれるだろう。
ベイルは、『幼い妹を守る役目は、ずっと自分のものだ』と思っていた。しかし、その役目はもう終わったようだ。いいかげん、妹離れしないといけないということもわかっている。
だからこそ、父の言う通り婚約者探しをしているが、『無条件で守らなければ』と思っている可愛い妹とは違い、女性はとにかく難しい。
(わけがわからん)
それでもいつかベイルがペイフォード家を継ぐためにも、一生独身でいるわけにもいかない。仕方がないので、ベイルは今日も玉砕覚悟でランチェスタ侯爵家の令嬢と顔を合わせていた。
その結果、今まで味わったことのない気楽さを感じた。
(確か、セシリア嬢……だったか?)
着飾った女性の顔を見分けるのは苦手だった。
(どうして皆、同じようなドレスを着て、同じような化粧をほどこすのだ?)
そんなことをされると区別がつかない。しかし、目の前のセシリアは、可愛らしい顔をしているような気がする。今まで出会ってきた女性とは雰囲気が違うので、顔の見分けもつきそうだ。
いつもなら顔合わせは地獄のような時間だったが、セシリアとの時間はあっという間に過ぎていった。
別れ際にセシリアが「ベイル様、ありがとうございます。今日は、私にとって、とても有意義で楽しい時間でした」と微笑みを浮かべて言ってくれた。
(ただ、貴族というものは、顔で笑っていても、腹の中では何を考えているかわかったものではないからな)
だから、セシリアにも特に何も期待はしていなかった。
セシリアとの顔合わせのあと、父とクラウディアが『またお断りの手紙が来るのでは?』と、数日間ソワソワしていたが、一週間たってもお断りの手紙がこなかったので、二人はとても喜んだ。
向こうから断りの手紙が来なければ、こちらは断る理由がないので、婚約は成立したようなものだった。
クラウディアが「お兄様、良かったですね」と愛らしく微笑んでいる。
「お兄様のお相手は、どのような方なのですか?」
そう聞かれたベイルは、握りしめた拳を自身のあごに当てて真剣な顔をした。
「……可愛い人、のような気がする」
疑問形で答えるとクラウディアが「お兄様、しっかりしてくださいませ」と、眉をひそめたので、ベイルは慌てて咳払いをした。
「ああ、その、セシリア嬢は、一緒にいて疲れないしとても楽だった」
クラウディアは「なるほど、セシリア様は気遣いができて、こんなお兄様相手にも楽しいお話ができる、とても優秀で素敵な女性ということですね」と言いながら、あきれた顔をする。
「お兄様は、お顔も良いし、地位も名誉もお持ちで、頭も良く剣の腕前も素晴らしいのに、どうして女性に対してだけ、こんなにも……。いえ、なんでもありません」
静まり返った室内には、クラウディアの深いため息だけが聞こえた。