18 死人が出そうと言われた(ベイル視点)
セシリアの誘いで街へ買い物に行くことになり、ベイルはものすごく安堵していた。
(俺は前の夜会で、いろいろやらかしてしまったからな)
夜会に参加した次の日、いつものように書斎に呼び出されたベイルは、父とクラウディアに盛大にため息をつかれてしまった。
「ベイル、お前が『隣国のレオ殿下と恋仲だ』というウワサが令嬢の間で急速に広まっているらしいぞ」
「誤解です」
「分かっている。問題は、セシリア嬢がこのことについてどう思っているかだ」
それはベイルも気になっていた。できれば本人に聞きたかったが、帰りの馬車では聞けるような雰囲気ではなかった。
ベイルが『どうしたものか』と思っていたところに、セシリアから『買い物に一緒に行きませんか?』という内容の手紙が届いたのでペイフォード家の一同は胸を撫で下ろした。
セシリアに事情を聞けば、当日はレオとエミーも一緒に行くらしい。本当はエミーだけを買い物に誘っていたが、レオも一緒に行きたいと言いだし、かつ、ベイルも誘って欲しいと言ってくれたそうだ。
(レオ殿下が俺の恋を応援すると言っていたのは本当だったのだな)
*
4人で買い物に行く当日。
ベイルはレオに会ったとたんに、「ありがとうございます」と頭を下げた。レオは人差し指を口元に当てると「ね? 私は意外と使える男でしょう? ベイル卿は、もっと恩を感じてくれていいんだよ」と微笑みを浮かべた。
「俺のことは、ベイルとお呼びください」
「おや、さっそく親しくなれて嬉しいよ。私のこともレオと呼んでくれ。敬語もなしだ」
「しかし……」
ベイルがためらうと、レオは「君と親しいほうが、私は都合が良いんだよ」と人懐っこく笑う。
その様子を見ていたエミーが「レオはベイル様といつの間にそんなに仲良くなったの?」と不思議そうにしている。
「内緒だよ。それより、今日はどこに行くんだい?」
エミーは隣にいたセシリアの腕に手をからませ腕を組んだ。
(エミー嬢はセシリア嬢との距離感が近いな)
正直、その距離感はうらやましい。
「今日はねぇ、私達のドレスとアクセサリーを買うのよ。レオは荷物持ちだからね!」
レオは「はいはい、女性の買い物は長いからなぁ」と言いながら、愛おしそうな視線をエミーに向けている。
(セシリア嬢が新しいドレスとアクセサリーを買うのか……。それはものすごく楽しみだ)
ベイルは内心ワクワクしながら、前を歩くセシリアとエミーの後に続いた。隣を歩いていたレオに「とても分かりにくいけど、よく観察するとベイルは意外と顔に出ているね。今はとても嬉しそうだ」と言われて驚いた。
「レオはすごいな。俺の感情はいつも分かりにくいと言われているのに」
レオは「まぁ、人の顔色を読むのは得意だからね」と笑った。
(その割には、エミー嬢から向けられている好意には気がついていないのだな)
レオは、周囲の顔色や気持ちは分かっても、愛している女性の本心には気がつかないらしい。
セシリアの手紙には『できれば、二人の仲を進展させたい』と書かれていたが、色恋のことはさっぱり分からないので役に立てそうにない。
エミーが「このお店に入ろう」と言いながらセシリアの手を引っ張る。
レオに「どうする? 私達は外で待っておくかい?」と聞かれたので、「いや、着飾ったセシリア嬢がみたいから俺も中に入る」と真顔で返した。
レオはお腹をかかえて笑ったあと、「想像以上の溺愛っぷりだね。ベイルが失恋したら死人が出そうだ」と意味深なことを言う。
「それは、俺がショックで死ぬと言うことか?」
「違うよ。セシリア嬢が愛した男を、ベイルが殺しちゃいそうってこと」
「そんなことは……」
『ない』とは言い切れない自分に、ベイルは驚いた。