16 今なら伝わる(ベイル視点)
夜会からの帰りの道。馬車の中で、セシリアはずっと様子がおかしかった。
何かを深く考え込んでいるようで、一言も口にしない。いつもと余りに違うのでベイルは内心あせっていた。
(俺が何かしてしまったのだろうか? ダンスの時か? それとも、レオ殿下とのウワサが原因か?)
考えても答えは出てこないので、ベイルは大人しくセシリア本人に聞くことにした。
「セシリア嬢」
名前を呼ぶと、ようやくセシリアはこちらを見てくれた。その大きく丸い瞳に自分が映っていることにベイルは安心した。
(夜会の途中から、目すら合わせてもらっていなかったからな。俺のことを『もう視界にすら入れたくない』というわけではなさそうだ)
ベイルは一度咳払いをすると、「俺が何かしてしまっただろうか?」と単刀直入に聞いた。セシリアは「え?」と呟き小首をかしげた。その仕草がとても可愛らしい。
「何か悩んでいるように見えるのだが?」
「あ、それは……」
セシリアはまた視線を逸らしてしまう。
「よければ俺に話してくれないか? 何か役に立てるかもしれない」
黙ってしまったセシリアを根気強く待っていると、小さな声で「ドレスを……」と聞こえてきた。
「ドレス?」
ベイルが聞き返すと、セシリアはうつむいてしまった。
「あの、ベイル様に頂いた素敵なドレスを……わ、わ」
セシリアはぎゅっと自身のスカートを握りしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「わ、私が着ても良いでしょうか?」
最後のほうは声が消えそうになっている。
「もちろん。着てくれるととても嬉しい。あれはあなたに似合いそうだと思って贈ったのだから」
ベイルが当たり前のことを伝えると、セシリアの頬は真っ赤に染まった。
「え? あれは私のドレスだったのですか?」
「え? あなたに贈ったドレスを、あなた以外に誰が着るんだ?」
見つめ合ったまま、馬車の中に沈黙が下りた。
セシリアはさらに赤くなると「そうだったのですね」と、恥ずかしそうに自身の頬に手を当てている。
(何だこの可愛い生き物は)
ベイルは、またセシリアの髪をなでくりまわしたい衝動にかられたが『それはダメだ』とグッと抑えた。
「どうしてあのドレスが、あなたのものではないと思ったのか、聞いても良いだろうか?」
「私には似合わないと思ったのです。てっきり、クラウディア様をイメージしたドレスなのかと……。なので、部屋に飾らせていただいています」
「そういうことか。なら、やっぱり、あなたは呪いにかかっている」
「呪い……ですか?」
行きの馬車でも伝えたが、あの時はセシリアに伝わっていないような気がした。ふいにレオの言葉を思い出す。
ーー彼女は、自分の外見に自信がないから、ベイル卿が褒めるたびに、『この人は何を言っているのかしら?』と不思議に思っているかもね。
(確かに伝わっていなかったようだ。ただ、あの時とは違い、今なら伝わるような気がする)
ベイルは真っすぐにセシリアの瞳を見つめた。
「セシリア嬢。あなたはあなたのご両親に日常的に『地味だ』と言葉で侮辱されている。どうかその言葉を『仕方ない』と受け入れないで欲しい」
ベイルは手を伸ばし、セシリアの柔らかい髪にそっと触れた。
「俺は冗談でも、俺の大切な人を侮辱されると不愉快だ」
「大切な人……?」
「もちろん、あなたのことです。セシリア嬢」
「私、ですか?」
セシリアが驚きすぎて放心していると、馬車がゆっくりと止まった。もうランチェスタ侯爵邸に着いてしまった。しばらくすると、馬車の御者が恭しく扉を開ける。
ベイルが先に降りて、エスコートしようと待っていると、まだ放心状態のセシリアがフラフラと立ち上がった。
(危なっかしいな)
予想通りセシリアは馬車の乗り口で足を踏み外した。
「危ない!」
とっさにセシリアを抱きとめると、予想以上に軽くてベイルは驚いた。腕の中にいるセシリアからは、とても甘く良い香りがする。
「……呪いが解けるか、今、試してみても?」
「え?」
セシリアの返事を聞く前に、ベイルはそっとセシリアの額に口づけをした。