15 乙女たちの恋バナ
クラウディアと話していたセシリアは、クラウディアの余りの美しさに気を失いそうになっていた。
「セシリア様。ベイルお兄様と仲良くしてくださり、ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ、こちらこそ仲良くしていただいて光栄ですわ!」
そんな会話をしたような気がするが、あまり覚えていない。
クラウディアが優雅な手つきでバルコニーのほうを指さした。
「あそこにベイルお兄様がいますわ」
「そうですね」
バルコニーは薄暗く顔までは良く見えないが、それは確かにベイルだった。
「お兄様は、ペイフォード公爵家の騎士団を統率していて、とっても頼りになりますの」
フフッっと可憐に微笑むクラウディアにつられて、セシリアも微笑んだ。
「セシリア様は、お兄様のような男性のこと、どう思われますか?」
特に何も考えずに、セシリアの口から「とても素敵だと思います」という言葉がするりと出てきた。
「そうですか」と、嬉しそうにクラウディアが微笑む後ろを二人の令嬢が通り過ぎた。二人とも興奮しているようで、高貴なクラウディアの存在に気がついていない。
「見た? ベイル様、レオ様と手を繋いでいたわ!」
「手だけじゃなくってよ! あのベイル様が、愛おしそうにレオ様の頬に触れてらっしゃったわ」
令嬢たちの会話を聞いて、セシリアは首をかしげた。
(ベイル様が、レオ様と……? あり得ないわ。ベイル様は、クラウディア様一筋だもの)
おかしなウワサがあるものだと、セシリアが不思議に思っていると、側にいるクラウディアの顔は笑顔のまま固まっていた。そして、何度か頷きながら「あ、えっと……お友達! そうですわ、お兄様とあの方はお友達なのです!」と教えてくれる。
「お友達……ですか?」
その言葉になぜかセシリアの胸がざわついた。
「はい、そうですわ!」
そう言った後、クラウディアはなぜか頭が痛そうに自身の額に手を当てた。そのとたんに、クラウディアの婚約者、アーノルド王子が大股にこちらに近づいてきた。
アーノルドは、そっとクラウディアの肩に手を置くと、「ディア、大丈夫?」と心配そうな顔をする。
「大丈夫よ」
アーノルドに微笑みかけたクラウディアは、セシリアに視線を戻した。
「セシリア様、今日はお話できてとても嬉しかったです。また今度、お茶会に招待させてください」
「……は、はい! 喜んで」
セシリアの返事を聞いたクラウディアは嬉しそうに微笑んだ後、アーノルドにエスコートされながら会場を後にした。休憩室で休むのかもしれない。
(クラウディア様、大丈夫かしら……)
クラウディアの背中を見送り、セシリアが一人でポツンと立っていると、ベイルに声をかけられた。その後ろには、噂のレオが立っている。なるほど、美しい男性が二人で並んで立っている姿は、とても絵になっていた。
(お二人は、お友達……)
セシリアは、なんとなくベイルの一番の友達は自分だと思っていたことに気がついた。
(そうよね、ベイル様にだって、私以外にもお友達くらいいるわよね。私ったら自意識過剰だわ)
恥ずかしくてベイルの顔が見られない。そこに、ダンスが終わった友人のエミーが近づいてきた。
「ねぇ、レオも一緒に踊りましょうよ」
「私はいいよ。楽しんでおいでエミー」
レオが微笑みを浮かべてエミーに手を振ると、エミーは不服そうに口を尖らせた。
「もう、レオはいっつも付き合いが悪いわね。いいわよ、セシリアに遊んでもらうから!」
エミーはセシリアの腕に自分の腕を巻き付けた。
「あっちに行こ、セシリア」
「あ……」
ベイルを見ると、『行っておいで』というように穏やかに頷いている。エミーにぐいぐいと腕をひっぱられ、今度はセシリアがバルコニーに出ることになった。
冷たい夜風に頬を撫でられ、火照った身体を冷やしてくれる。エミーはセシリアの腕を解放すると、バルコニーの柵に両手をかけた。
「はぁ、気持ちいいね!」
「そうね」
笑顔だったエミーの顔は、ため息と共に急に暗く沈んだ。
「セシリア、私の話を聞いてくれる?」
「うん、どうしたの?」
いつも明るいエミーが落ち込んでいるなんて珍しい。
「私さ、レオのことが好きなの」
「え?」
急な告白になんて返したらいいのか分からない。
「でもさ、あの調子でぜんぜん相手にされなくて……」
エミーの口から「はぁ」とまた重いため息がでた。
「レオに『私のこと好き?』って聞いたら、いつも『誰よりも大切だよ』って返ってくるの。何よそれって感じよね」
エミーの声が少し震えた。
「今なんてさ、レオが私の婚約者探しをしているのよ? 最低でしょ? もういいかげんレオのことは諦めないとダメだって分かってるけど、なかなか決心がつかなくて」
エミーの目尻には涙が浮かんでいる。
「ずるいよね。酷いよね。私のことが本当に大切だったら、『お前なんて大嫌いだ』って言って、きっぱり諦めさせてくれればいいのに!」
ポロポロと涙を流すエミーを抱き寄せ、セシリアはその背中を優しく撫でた。
「セシリア、私、苦しいよ!」
「そうね……」
セシリアの腕の中で、ひとしきり泣いたエミーは赤く腫れた目を擦りながら、顔を上げた。
「そういえば、セシリアの話って何?」
「ううん、もうそれはいいの」
(ベイル様の婚約者候補として、エミーを紹介しようと思っていたけど、それどころじゃないわね)
笑顔に戻ったエミーに「セシリアは恋してないの?」と聞かれた。
「恋、恋ねぇ……。ほら、私って地味だから。なかなか恋愛は……」
エミーは不思議そうに首をかしげた。
「セシリアって地味なの?」
「え? そうでしょ?」
セシリアを上から下まで眺めたエミーは「別に地味じゃないわよ。ただ、言われてみればドレスとか、髪型とかメイクは地味かも? でもそれって、あなたが好きでやっているかと思っていたわ」
「私が、自分で地味に……?」
「違うの? 誰かに無理やりそのベージュのドレスを着せられたの?」
「そうじゃないけど……」
夜会の準備をするとき、確かにセシリアは自分でこのドレスを選んだ。でもそれは決して好きだからではない。
「私にはこういうのが似合うかと思って……」
エミーは「うん、だから貴女が好きで着ているんでしょう?」と聞いてくる。
「好きかどうかで聞かれると……」
セシリアは、自分の部屋に飾っているベイルからもらった妖精のように愛らしいドレスを思い出した。
「……本当は、私ももっと可愛いドレスが着たいわ。でも、似合わないから……」
「似合わないって誰が言ったの? そいつはレオと同じくらい酷い奴だわ! 私が文句を言ってやる!」
拳を振り上げたエミーに「そうじゃないわ」と慌てて否定する。
「そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんなの?」
エミーの質問にすぐには答えられない。セシリアはありったけの勇気を振り絞った。
「わ、私も可愛いドレスを着ていいの?」
「あったり前じゃない!?」
驚きながらもそう言い切ったエミーを見て、セシリアは少しだけ泣きたくなった。