14 ひどく悪質な冗談(ベイル視点)
セシリアとのダンスが終わると、ベイルはその余韻を噛みしめるようにゆっくりと目を閉じた。
(はぁあああ、セシリア嬢が可愛すぎてつらい!)
今までダンスに少しも興味なかったが、妹のクラウディアのダンスの練習相手をしていて本当に良かったと思う。
(まさか、好きな女性と踊るダンスがこんなにも楽しいとは!? さっきは途中からで、すぐ終わってしまったから、もう一度セシリア嬢を誘おう!)
ベイルがカッと目を見開くと、そこにはセシリアはおらず、見知らぬ女性達で溢れていた。
「次はわたくしと踊ってくださいませ」
「いえ、私と」
口々にそう言う女性の顔の区別がまったくつかない。視線を動かしセシリアを探すと、少し離れた場所で妹のクラウディアと話をしていた。一瞬、目が合ったクラウディアは、微笑みを浮かべたまま、こっそりと右手を二度払った。
それが、まるで犬を追い払うような仕草だったので、『お兄様は、あっちに行っていて』という意味だとすぐに理解できる。
(さて、どう時間を潰すか)
セシリア以外と踊る気はない。踊る意味も分からない。
ベイルが無言でその場から立ち去ろうとすると、「ベイル卿」と声をかけられた。振り返ると、先ほど知り合った隣国の第五王子レオが立っていた。
ベイルが立ち止まり、レオに向かって会釈すると、ベイルを囲んでいた女性達がレオに道を空けた。
「今、少しいいかな?」
「はい」
女性達の間から「どちらも素敵」という声が聞こえてきた。
「ここは人が多い。バルコニーに出よう」
「はい」
レオの後に続きベイルはバルコニーに出た。ひんやりとした夜風が心地よい。喧騒から離れると、愛らしいセシリアと踊れてうわついていた心がスッと静まった。
「殿下。ご用件は?」
「私は回りくどい話は苦手でね。簡単に説明すると、我が国のお偉いさん方は、新しい王位継承者のアーノルド殿下と『お近づきになりたい』と思っているんだ。そこで、アーノルド殿下の最愛の婚約者の兄であるベイル卿と『繋がりを作ってこい』と言われたよ」
レオの顔から笑顔が消えた。
「率直に聞こう。私の連れの女性エミーを君の婚約者にする気はないかな?」
「ありません」
ベイルが即答すると、レオは「なるほど」と微笑む。
「さっき踊っていた令嬢が君の婚約者かな?」
「いいえ、婚約者ではありません」
「でも君は、彼女に好意を持っているよね?」
ベイルが無言でレオを見た。
「ダンス中にあれだけ熱く彼女を見つめておいて、他の女性達にその無表情じゃ嫌でも分かるさ」
「そうですね。俺は彼女以外に興味がありません」
レオは「そうか。だったら、予定変更。私と友達になろう。こう見えて、私は意外と使える男だよ?」と胸を張った。
「うーん、そうだね。ベイル卿が好意を寄せる女性は見たところ、自分の容姿に自信がないようだね。ああいうタイプの女性の攻略は簡単だ」
「と、言うと?」
ベイルが言葉の先を促すと「ようやく私の話に興味を持ってくれたね」とレオが微笑む。
「彼女は、自分の外見に自信がないから、いくら外見を褒めても喜んでくれないんじゃないかな?」
レオの言うことに、ベイルは思い当たることがあった。
「ベイル卿が褒めるたびに、彼女は『この人は何を言っているのかしら?』と不思議に思っているかもね」
「俺は、どうすればいいのですか?」
「簡単だよ。彼女の望む通りに外見をけなしてあげればいい。そして、けなした上で『そんな君が、私は愛おしいんだ』と愛を囁く。そうすると、『この人は私のことを分かった上で、こんな私を愛してくれるのね。私にはこの人しかいない』とすぐにその男にのめり込む」
レオは「自尊心の低い女性を落とすには、この方法が一番早いんだ」と教えてくれた。
「それは嫌です。俺にはできません」
「どうして?」
「彼女は愛らしく美しい。俺は彼女にだけはウソをつきたくない」
レオは呆れたように「ベイル卿は、良い男だねぇ」と言うと腹を抱えて笑い出した。そして、笑うのをやめるとスッと冷たく目を細める。
「じゃあ、君が落とす前に、私が彼女を落としてしまおう。彼女みたいなタイプは、多少酷い目に遭わされても我慢してしまうから、お飾りの正妻に据えておくのにちょうどいい。私が愛人と遊び惚けても黙って耐えてくれそうだ」
(殺意が湧くというのは、こういうことか)
今すぐに、この男の息の音を止めたい。ただ、誰を伴侶に選ぶかはセシリア自身が決めることだった。
「そうですね。もし、セシリア嬢がレオ殿下を選ぶなら、俺は大人しく身を引きます。ただ……」
ベイルは、レオのこめかみから唇の端までを、直接、触れないように手刀でなぞった。
「彼女の幸せのために、俺は殿下のお顔に深い切り傷をつけましょう。そうすれば、殿下にまとわりつく女性が減り、彼女の負担も少しはマシになるでしょうから」
ベイルが鋭く睨みつけると、レオは肩を震わせて笑った。
「ごめん。冗談がすぎたよ。君が余りに真っすぐでカッコいいから羨ましくて。つい悪質な冗談を言ってしまった」
一通り笑ったレオは、ため息をつきながらバルコニーの柵に身体を預けた。
「私はね、連れのエミーのことを愛しているんだ。でも、王子なんて名ばかりで国での立場が弱くてね。なかなかうまくいかない。今だって、エミーのことを、私に諦めさせるために、わざとエミーの婚約者探しをさせられている。全て私への嫌がらせさ。情けないけど、正直、君が断ってくれてホッとした。すまない、許して欲しい」
ベイルは軽く会釈した。
「こちらこそ、殿下への無礼な言動をお許しください。レオ殿下のお話はとても参考になりました」
「そう? だったら、これからは君の恋を応援させてよ。ペイフォード家の嫡男と親しくなれば、私の国での価値も少しは上がりそうだしね」
レオはベイルに右手を差し出した。
「ベイル卿、私と友達になってくれないかな?」
己の野望を隠さないレオの言動は好ましく思える。ベイルは頷きながらレオの手を取った。
そのとたんに、バルコニーの入口から「きゃあ」と黄色い悲鳴が上がった。見ると、見知らぬ令嬢たちがこちらを盗み見ていた。
「手を繋いでいたわ」
「頬にも触れていた!」
令嬢たちは頬を染め興奮気味にそんなことを言いながら、嬉しそうにその場から走り去った。
レオは「おやおや、私たちの間におかしなウワサがたちそうだね」と楽しそうに微笑む。
「おかしなウワサとは?」
レオは自分とベイルを指さした。
「私たちのように、そこそこ見目が良い男達が二人っきりで親しそうに話していたら『あの二人は恋仲では?』と、ありもしないウワサが立つんだ。ご令嬢方は、そういうウワサも好むから」
「なるほど。勉強になります」
(セシリア嬢も、そういうウワサが好きなのだろうか?)
そんなことを思いながら、会場に視線を向けると、妹のクラウディアと目が合った。クラウディアは、隣にいるセシリアに何かを必死に説明した後、頭が痛そうに額に手を当てる。
ベイルは、『家に帰ったら、父とディアに呼び出されて、またため息をつかれそうな気がする』と、なんとなく未来を察した。