13 魔法の時間
踊ろうと誘われたセシリアは、ベイルに手を引かれて、会場の中心へと歩いていった。そこにはもうすでに数十組のペアがダンスを楽しんでいる。
ベイルはセシリアに向かって軽く頭を下げた。それを受けてセシリアもスカートを少し持ち上げ、膝を軽く曲げ、身体を少しだけ下げる。それはダンス開始の合図だった。二人は手を取り合い、身体を寄せ合う。
(途中からだけど、うまく入れるかしら?)
セシリアの不安をよそに、リードするベイルは、誰にぶつかることもなく、すんなりとダンスの輪へ入っていた。
(私、急にダンスがうまくなった?)
そう思ってしまうくらいベイルのリードは完璧だった。ベイルを見上げると、青い瞳を柔らかく細めて、口元には微笑を浮かべている。その微笑みは急に訪れた春のように穏やかで温かい。
セシリアは、なぜか心がポカポカと温かくなるような気がした。
(ベイル様は馬車の中で、確かクラウディア様と私が、そう違わないって、おっしゃっていたような……?)
この微笑みを湛えた美しい青い瞳を見ていると、『もしかして、この瞳には、私が魅力的な女性として映っているのかしら?』と、あり得ないことを考えてしまった。
いつもは気になる周囲の視線が、今日はまったく気にならない。くるくると回る景色の中、ベイルがフッと楽しそうに笑ったので、セシリアもつられて笑ってしまう。
もう会場に流れている曲すら耳に入ってこなかった。二人だけの世界で、ベイルと呼吸を合わせてステップを踏む。
(楽しいわ)
こんなに楽しいダンスは生まれて初めてだった。
まるで魔法にでもかけられたように心が弾む。
ベイルがゆっくりと足を止めた。ダンスの曲が終わってしまった。
そのとたんに、華やかな令嬢たちにベイルは囲まれた。『アンタは、邪魔よ』と言わんばかりにセシリアはその輪の中から押し出された。
ベイルを取り囲む令嬢たちは、皆、華やかで美しい。
(ベイル様にはこういう女性がお似合いね)
当たり前の現実を前にして、セシリアはなぜか胸が少しだけ痛んだ。
(ただ、魔法が解けただけ)
気持ちを切り替えて、その場から離れようとすると可愛らしい声音で話しかけられた。
「セシリア様」
振り返ると、あの憧れのクラウディアがすぐ側に立っていた。上品に輝くゴールドのドレスを身にまとい、真紅のアクセサリーで飾ったクラウディアは、姿絵よりまばゆく、セシリアは頭が真っ白になった。
(あ、あわ、あばわわ)
カクカクと動きなんとかクラウディアに頭を下げると、クラウディアはフフッと優しい笑みを浮かべた。
(クラウディア様が、私に微笑んで! ほ、微笑んで!?)
「ベイルお兄様とのダンス、とても素敵でしたわ」
クラウディアは無言になってしまったセシリアの手をそっと握った。
(ああああ、クラウディア様の白く柔らかく、かつ、美しい指が、私の! 私の手にぃい!?)
叫びだしたい気持ちを必死に抑えていると、クラウディアが「少しお話しませんか?」と言うので、セシリアは夢見心地で頷いた。