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12 お、俺の右手が……(ベイル視点)


 ーー俺は騎士だが、あなたさえよければ、ダメもとでいつか試してみても良いだろうか?


 その問いの返事をセシリアから聞く前に、馬車は止まり城の夜会が開かれる会場へと着いてしまった。ベイルが手を差し出すとセシリアがハッとなり、おずおずと手を重ねた。


(俺は何かおかしなことを言ってしまっただろうか?)


 なぜか気まずそうにしているセシリアをエスコートしていると、背後から女性の声で「セシリア!」と呼び止められた。振り返ると見知らぬ金髪の令嬢がこちらに手を振っている。


 セシリアは「ベイル様、少し失礼します」と言うと、笑顔を浮かべて彼女の元へと駆け寄った。セシリアは声をかけてきた令嬢と仲が良いようで、二人は両手を繋いでピョンピョンと跳ねている。


(やはりセシリア嬢は可愛いな)


 楽しそうなセシリアを微笑ましい気持ちで見つめていると、金髪の令嬢をエスコートしていた男に声をかけられた。


「初めまして」


 そう言って微笑む金髪の若い男は、隣国の王族が好んでまとう正装をしていた。


「隣国の?」


 男は「よくご存じで。まぁ私はしがない第五王子ですが」と言ったが少しも卑屈さは感じられない。


「ベイル=ペイフォードです」


 礼儀を重んじて先に名乗ると、男は「私のことはレオとでも呼んでください」と気さくに笑う。


「はい、レオ殿下」


 ベイルが右手を自身の胸に当てて頭を下げると、レオは「堅苦しいことは苦手です」と指で頬をかいた。


「私は、貴方がペイフォード家の人間だと知っていて声をかけました。その見事な銀髪は目立ちますからね。実は……」


 レオが何か言おうとしたと同時に「レオー!」と金髪の令嬢がこちらに手を振った。


「今行くよ」


 レオはベイルを見ると「彼女は私の遠い親戚です。なかなかの美人でしょう? 婚約者はまだ決まっていません。性格もとても良いですよ、私が保証します」と聞いてもいない話をする。


「ベイル卿、後ほど、会場で会いましょう」

「はい」


 レオと金髪の令嬢が連れ立って歩き出すと、セシリアがベイルの側に戻って来た。その表情は晴れやかで先ほどの気まずそうな雰囲気は無くなっている。


「お待たせしてすみません。久しぶりに友達に会って嬉しくなってしまい」

「気にしなくていい。俺達も行こうか」


 ベイルが右手を自身の腰に当てると、その腕にセシリアが左手を添える。ただエスコートをしているだけなのに、セシリアがためらうことなく自分に触れてくれることを嬉しく思ってしまう。


「ベイル様、さっきの彼女とっても綺麗でしたでしょう?」


「そうだったか?」


 よく見ていなかったし、見ていたとしても女性の顔を見分けることも覚えることも苦手だった。


「彼女、まだ婚約者が決まっていないんですよ」


「そうなのか」


 セシリアは「後からご紹介しますね」とフフッと花が咲きほころぶように微笑んだ。ベイルは『別に紹介してくれなくていいのだが』と思ったが、セシリアの愛らしい笑顔に見とれてしまい気がつけば無言で頷いていた。



*



 夜会の会場に着くと、無駄に広くて、無駄に華やかで、無駄に人が多かった。


(だから夜会は嫌いだ)


 セシリアがいなかったら、またいつものように何かと理由を付けて参加を断っていた。セシリアは顔が広いようで、すれ違う令嬢達に笑顔で手を振っている。ベイルは、セシリアが誰かに手を振るたびに、微笑みかける相手が男ではないことを念のため確認した。


(俺とセシリア嬢は、婚約すらしていないからな)


 婚約者候補なんてただの他人だった。セシリアに『他に好きな人がいるの』と言われてしまえば、もう二度と会うことすらできなくなってしまう。


(どうにかして、俺に興味を持ってもらわないと……)


 その時、会場にファンファーレが響いた。


 扉が開き、妹のクラウディアとその婚約者アーノルド王子が手を取り合って仲睦まじそうに入場した。クラウディアの美しさに見惚れたのか、会場のあちらこちらから感嘆のため息が聞こえてくる。その場にいた全ての貴族は、皆、笑顔を浮かべながら恭しく頭を下げた。


 隣のセシリアを見ると、ドレスのスカートを少し摘まみ優雅に頭を下げている。


(セシリア嬢は、所作も美しいな)


 自分も頭を下げながら、セシリアの顔をそっと覗き込むと、なぜか唇をきつく結び頬を真っ赤に染めていた。


 アーノルドが王子らしい開会の言葉を告げた。貴族たちの拍手と共に音楽が流れだす。


「セシリア嬢?」


 まだ頭を下げているセシリアに声をかけると、「ひゃい!?」と謎の声を発しながらビクッと身体を震わせた。


「どうかしたのか?」


「あ、いえ……」


 頬を染めて視線を逸らすセシリアが愛らしすぎて、ベイルは急にその頭を撫で繰り回したい衝動に駆られた。


(お、落ち着け、俺の右手。いきなり女性の頭を撫でるのは、さすがに失礼が過ぎるぞ!)


 気を抜くと暴走しそうになる右手をベイルは必死に握りしめた。


「ベイル様。あ、あの、あそこに、本物の、く、クラウディア様が……わ、私、き、緊張してしまい!」


 普段落ち着きを払っている彼女からは想像できないほど、はわはわと動揺している。


(か、可愛いっ! この柔らかい髪を思う存分モフりたい……くっ鎮まれ、俺の右手……)


 もはや己の意思では制御不能な右手を、まだ制御可能な左手でがっちりと押さえつけながら、ベイルは苦し紛れに口を開いた。


「お、踊ろう!」


 セシリアは、小動物のように大きな瞳をパチパチと瞬かせた後に「はい」と可憐に微笑んだ。


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