11 セシリアは騎士様の言っていることを理解したい
セシリアは、ベイルに丁寧にエスコートされながら馬車に乗り込んだ。ベイルと二人きりの馬車内は、なぜか重苦しい空気に包まれている。
反対側の席に座ってるベイルをセシリアはそっと盗み見た。ベイルの青い瞳は、流れゆく窓の外の景色に向けられていた。その酷く冷たい横顔を見ていると、吹雪にさらされているような気分になってくる。
(ベイル様に初めてお会いした時よりも、無言の圧がすごいわ。私、何か失敗したかしら?)
気まずい気持ちのまま俯いていると、ベイルの口からブツブツと「野ウサギ」とか「絶対似合うのに」という謎の独り言が聞こえてきた。
「セシリア嬢」
「は、はい!」
急に声をかけられたので、慌てて顔をあげるとベイルの青い瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
「あなたの家族は、いつもあの調子なのか?」
(もしかして、私の家族が庶民的で貴族っぽくないから、ベイル様に不快な思いをさせてしまったのかしら?)
そうだとしても、ウソをついても仕方がないので、セシリアは「あの、はい。いつもあのような感じです」と正直に答えた。
「あなたは両親から暴力を振るわれていたりはしないか?」
「ええっ!? ないです! 家族仲はとても良いですよ」
セシリアが驚きながら答えると、ベイルは両腕を組んで「ふむ」と頷いた。
「例え親しい家族だったとしても、相手を貶めるような発言は暴力と同じだ」
「ええ……まぁ、そうですね?」
ベイルが何を言いたいのか分からない。
「俺は冗談でも、俺の大切な人を侮辱されると不愉快だ」
「……はぁ、そうなのですか」
よく分からないので、セシリアはニッコリと愛想笑いをした。その様子にベイルは軽くため息をつく。
「すまない。せっかくの夜会だ。この話は忘れて欲しい」
ベイルの鋭い瞳に優しさが戻ったのを見て、セシリアはホッと胸を撫で下ろした。
「セシリア嬢が送ってくれたディアの貴重な絵姿、とても嬉しかった」
「それは良かったです。もしかしたら、もうお持ちかとも思ったのですが、喜んでいただけて嬉しいですわ」
ちなみに、あのクラウディアの絵姿は、高名な画家に依頼して複製してもらったので、セシリアももちろん持っている。
(クラウディア様を初めてお見かけした夜会のあとに、あの絵姿が父宛に送られてきた時は、本当に驚いたわ)
その余りの美しさに『妖精を見ながら描いた』と言っても信じてしまいそうだった。
「クラウディア様は、私の理想を全て詰め込んだような女性です。本当に憧れますわ」
うっとりと頬を染めると、ベイルが「俺から見ると、ディアもあなたも、そう違いはないが?」と意味の分からないことを言いだした。
「儚げで羽が生えていて、つい守ってあげたくなるのがディア。愛らしく柔らかそうな毛で覆われていて、つい撫でたくなるのがセシリア嬢。それくらいの違いはあるが」
(ベイル様は、なんの話をしているのかしら?)
セシリアはニッコリと愛想笑いを浮かべて話題を変えた。
「ベイル様に送っていただいた本を読みました。どれも面白かったのですが、呪いを解く王子様のお話が特に素敵でしたわ」
「ああ、継母に呪いにかけられた姫の話か」
憧れのクラウディアが好きな本は、継母に呪いにかけられたお姫様が、王子様のキスで呪いが解け幸せになるという素敵な物語だった。
ベイルが「もし、俺が王子だったら、あなたが両親からかけられている『地味だ』という呪いを、口づけ一つで解いてあげられたのに」とひどく深刻な顔で言った。
「え?」
「俺は騎士だが、あなたさえよければ、ダメもとでいつか試してみても良いだろうか?」
ベイルが形の良い眉を少しだけひそめて、そんなことを言い出したので、意味は良く分からないものの、セシリアの胸はひどくざわめいた。