7話目 将来の暗雲 後編
「当然、私も将来が不安だわ。」
やっぱり、おばちゃんもか。
それで鉄パイプをフルスイングしたり、ばっちゃの形見でザビエル君の御兄弟を量産したりしていたんだな。
おばちゃんは不安になると凶暴になるタイプなんだな。
"将来、駄菓子屋の経営がうまく行くかしら。
裏庭でやる青空子供剣術道場に子供たちが集まるかしら。
これらを思うと心配で心配で、夜も眠れない日々が続くのよ。"
えっ、おばちゃんの将来への不安って、軍を退役した後の駄菓子屋開店の事なのか。
"そんなことないわよ、軍に所属している間にも大きな不安があるわよ。
むしろ、そっちの方が心配なくらいよ。"
やっぱそうだよなぁ。
軍を退役するまでに生きていられるか、退役後も元気に働ける体でいられるか。
ソンバトの肉壁の穴の本業は強面の厳つい自由業の副業で教官のような顔の傷や、義足の教官ぐらいのケガで済めば、退役後も多少の不便はあるものの何とか社会生活が営めるんだけどね。
"そうなのよ。
軍を退役するためには10年兵役を務めるか、従軍できないほどのケガに見舞われるか。"
10年の年季奉公かぁ。長いよな。
"そうなのよ、現役軍人でいる間に駄菓子屋の開店資金を貯められるかどうかを考えると、ご飯が喉を通らないのよ。
リュウ君、肉壁の穴にいる間は購買で買い食いしても良いけど、軍に入ったら軍の食堂のご飯と私が上げる間食以外に買い食いしてはだめだからね。
一緒に節約して、駄菓子屋の開店資金を貯金するんだからね。
わかった。"
えっ。
"わかったの、返事はポチ。"
わん。
"わかったようね。これで軍に居る間の心配事が随分と少なくなったわ。
思い切ってリュウ君に相談して良かったわ。
リュウ君をほっとくとお給料をすべてアンパンとジャムパンの買い食いに注ぎ込みそうなんだもの。"
アンパンとジャムパンで給料が無くなるなんて。
どんだけ安月給なんだ。
ブラックすぎんだろ、命を張って戦っているのに。
"万が一の時、まぁ、軍人ではあれば珍しくはないんだけど、魔族との戦闘で逝っちゃった時の遺族に支払われる保証金が高いのよ。
だから、生きているうちにもらえるものが少ないの。
退職金だって、雀の涙と言うし。
兎に角、10年の間に駄菓子屋の開業資金を「二人」で貯めないとね。
本当は私の料理の腕を頼みに、お弁当屋さんが良いんだけどね。"
「えっ、じゃぁなんでやりたいお弁当屋さんじゃなくて駄菓子屋を開くつもりなんだ。」
「"二人"で軍で10年働いて貯められるのはそれだけだからよ。
まぁ、リュウ君がバンバン魔族を倒せば表彰と金一封が出るもね。
金一封をたくさんもらえば駄菓子屋からお弁当屋さんに昇格できるかもよ。」
「俺は料理なんてできないから、駄菓子屋の方が良いかも。」
「リュウ君が駄菓子屋の方が良いなら、もちろんそっちにしようね。
楽しみだね、駄菓子屋。」
いつの間にかおばちゃんと一緒に駄菓子屋をやることが既成事実化している件について、一言。
"その気になってくれてうれしいわよ。もう絶対に逃がれられないからね♡。"
まっ、まずいっ。
俺の人生のレールのポイントがすべて叩き壊されてしまって、残された道はおばちゃんと駄菓子屋に向かってひたすら走り続けるしかないってことか。
"良いじゃない、余計なことを考えなくて済むでしょ。
後はひたすら貯金よ。"
おばちゃんは駄菓子屋と青空道場以外の道は考慮外ってことなの。
「あったりまえじゃない。それ以外の将来はないもの。」
「えっ、魔族との戦いで逝っちゃうとか考えていないんだ。
話を戻すけど、将来の不安って魔族との戦いで傷つくとか逝っちゃうとかじゃなくて、安月給のために駄菓子屋の開店資金が溜まらないかもってことなの。」
「まぁ、それも10年で溜まらなかったら11年軍で働けば良いことだから、大きな不安ではないわね。
不安というよりお悩みってことじゃないのかな。
いずれにせよ軍でお金を貯めて、退役したら駄菓子屋開店って未来は決定事項なんだから、真っ黒な将来が待っているかも、将来が詰んじゃうかもなんていう大きな不安はないわね。」
おばちゃんはエンや凶暴幼女、童帝様、弩S腐女帝様のような魔族との戦いで逝ってしまうかも、仲間が先に逝ってしまうかもということは考えないのか。
流石がおばちゃんだ。自己中の塊だな。
「だって、魔族との戦いで私たちの中隊のメンバーは逝くわけないし、傷ついてもリンダちゃんの回復魔法で治っちゃうでしょ。
あっ、斥候職のエン君だけはちょっとわからないかもでけど。
まぁ、大丈夫でしょ。
弩スケベ根性でG様のようにしぶとく生き残るでしょ。」
「おばちゃんは中隊メンバーは全員無事に生き残れると考えているんだ。
凶暴幼女や弩S腐女帝様のような不安はないんだ。」
俺の言葉におばちゃんは俺の手をさらにギュッと握って、一瞬真剣な眼差しを向けてきたが、最後は笑顔に変わった。
「だって、リュウ君が一緒だもの。
魔族軍ごときを恐れる必要はないわよ。」
俺はおばちゃんの言葉が何を意味しているのが測りかねて、手を握られたままおばちゃんの笑顔をじっと見つめてしまった。
おばちゃんは今度は顔を少し赤らめて、視線を俺の目から外してしまった。
「私はリュウ君の力を信じている。
私たちの仲間の力を信じている。
これは希望的な観測ではなくて、今の中隊の戦力と過去の魔族軍との戦闘記録を検討して出した結論。
私たちの中隊が魔族軍にやられることはない。
やられる可能性があるとしたら、魔族2個師団のど真ん中に私たちの中隊だけが取り残された場合だけ。
それでも魔族の1個師団は道連れよ。」
「俺たちにそんな力があるのか。
俺が不安にならないようになんか盛ってないか。」
おばちゃんは再びニコッと笑った顔を俺に向けてきた。
"そんなことはないわよ。
火力バカ共と魔牛乳のシュリちゃんのチームの攻撃力、座敷童の童のリンダちゃんと土壁チームの守備力、そして、弩S腐女子のエリカちゃんの雷属性魔法を最大限に増大し発動できるリュウ君のいるお淑やかな大男さんチームがひとつの中隊を組んでいるのよ。
魔族の一個師団を私たちが全力で殲滅している途中で、こっそり後ろに回り込んだ別の魔族一個師団の最大攻撃を至近距離から受けでもしない限り私たちの中隊が全滅するなんて事態は有り得ないわね。
だいたい、敵の一個師団が至近距離にひっそり回り込むなんてできないわよ。
エン君のような斥候職が居ないとしても絶対に無理ね。
スナイパーさんが火力バカ共が打ち漏らした敵を常に探しているのよ。"
あまり良くわからないけど、俺たちの中隊ってそんなに強大な戦力なのか。
"そうよ。
間違いないわね。
中途半端にそのことを理解していると、激戦区に派遣されるのが分かるから不安になるんじゃないのかな。
リュウ君の様に全然理解していないか、私の様に正確に戦力分析ができていればそうそう不安にならないわよ。"
おばちゃんの話を聞いてなんか俺も不安になってきたぞ。
「じゃぁ、皆が不安にならないようにしようか。」
おばちゃんが今度はニッと笑った。
なんかやらかすんじゃないよね。
男子はぱっちゃの形見でザビエルカット、女子は黒いベールをかぶって、皆で礼拝堂の裏の修道院に引き籠るってんじゃないよね。
"修道院に引き籠っても魔族軍は遠慮なく襲ってくると思うけど。"
じゃぁ、どうすんだよ。
「しっかり訓練して、今よりももっともっと戦う力を上げれば良いと思うの。
激戦地でも生き残れる戦う力を。
夏が過ぎれば後輩の新2年生の実地訓練が始まるわ。
私たちは後方支援の実地訓練から解放されて、最前線での実戦訓練に赴くことになるわ。
それまでに基礎的な実力を上げて、そして、実践訓練で経験を積む。
肉壁の穴を卒業する頃には自分の実力が分かってくると思うのよ、実践訓練で。
そして、絶対に生き残るという強い意志と生き残るための力を手に入れたことを知ることで、漠然とした将来の不安が消えて行くと思うの。」
「そっかぁ、もっと訓練して実力を蓄えなきゃいけないんだな、将来の漠然した不安を消すためには。
そして、絶対に生き残れる、絶対に生き残ってやるという強い意志を持つことで苛酷な戦場で自分を見失うことなく、生き抜く戦いを冷静に進めて行くってことだな。
同じ思いを持つ仲間と共に。」
おばちゃんは俺の言葉に強くうなずいた。
ここまでの成果
魔力回復: 25%
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 21時間46分
(苛酷な戦場を生き抜く、その為に真剣に訓練に取り組む覚悟ができたぞ。
それにつられてスキルも大幅UPだぁ。)
(リュウ君、その覚悟はとっても素晴らしいわ。
ガンガン報奨金を稼いで、駄菓子屋じゃなくてお弁当屋さんを開く決意表明ね。(おばちゃん談))
(えっ、汗)
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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本作品は前作「聖戦士のため息」シリーズのパラレルワールドの位置付けとしています。
本「聖戦士のめまい」とともに「聖戦士のため息」シリーズも合わせてお楽しみいただけたら幸いです。
"聖戦士のため息シリーズ "
シュウとエリナ、イリーナ、輪廻の会合に集いし面々が活躍するサーガをお楽しみください。
・本編 : 聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます
・別伝1 : 死神さんが死を迎えるとき
・別伝2 : 優しさの陽だまり
・別伝3 : 陽だまりからの贈り物 優しさの陽だまりから
・外伝 : アラナの細腕繁盛記 越後屋の守銭奴教繁盛記
・別伝4 : 炎の誓い