6話目 将来の暗雲 前編
エンが逝ってしまう。
軍に入って、ほどなくすると逝ってしまう。
軍に身を投じれば、当然、そのようなことが起こることはわかっていたんだけど、なんだか俺は自分の友達や顔見知りにそんなことは起こらないと心のどこかで思っていたようだ。
その油断というか心が緩んでいるところにおばちゃんが、当たり前の事実を告げたに過ぎないのだが。
心のゆるみが大きすぎたのか俺はものすごく動揺したのだ。
おばちゃんはそんな俺を心配して持っていたリードを手放した。
火力バカ共2匹なんてのはこの場では何の役にも立たない、邪魔なだけと思ったのであろうか。
俺は心の動揺、心臓の動悸が大きくなるのを感じながらおばちゃんのそんな様子がただ目に入ってきただけだけど。
「リュウ君、大丈夫。
動揺させてごめんね。」
そう言うとおばちゃんは俺をぎゅっと抱きしめてきた。
ホームルームが始まるか、始まってしまったであろうかの刻限で、火力バカ共もどっかに行ってしまった後の学校の廊下は俺たち二人しかいなかった。
白桃からもう少しで網掛けメロンになりかけのあれが俺の胸の下の方でぽよ~んとつぶれたが、このような場面ではいつもは瞬時に跳ね起きる俺の御子息様は暴れる様子を見せなかった。
いや、この体勢で暴れられたらおばちゃんのいけないところをつんつんしてしまうだろうがぁ。
そんな俺の動揺を鎮めてるために抱きしめながらおばちゃんは話を続けた。
今の動揺が収まった後、別な面で動揺した時が超怖いです。
確実につんつんです。
まぁ、今の俺にはそんなことを考える余裕なんてのはなくて、つんつんの件は後で落ち着いてから気か付いたことです。
「エン君だけじゃないわ、一般の軍人より命の危機に大きくなるのは3帝だって同じよ。
そして、それを支える肉壁ちゃんたち、火力バカ共、土壁の不落城、そしてお淑やかな大男さんの各チームメンバーもそうでしょ。
来年、軍の部隊に入ったら私たちの中隊は常に激戦地に派遣され、命の炎が消える危険に常にさらされるの。
そのことをみんなわかっている。
一年前に3帝がチームメンバーを選ぶ時にあんな軍の人事に口を挿むようなことを頼んでもすんなり通ってしまうのも、このことが分かっているから容認されていたのね、きっと。
初めての実地訓練でエン君が勝手に持ち場を離れてもあまり騒ぎ立てられなかったのも、軍の学生ということもあるけど、このことが前提にあるからだと思うの。」
おばちゃんが滾々と俺に話しかけてくれたことで少し落ち着いてきた。
動悸が小さくなってきた。
俺は抱き着いて俺の顔をすこし見上げているおばちゃん顔をしっかりと見ることができた。
「学生ということと、将来の危険を考えて周りが俺たちに甘いということなのか。
だからエンがやらかしてもしょうがないというのが周囲の思いなのか。」
「何しても良いというわけでは決してないけど、直接的な被害が出ないならある程度はしょうがないというか、エン君の行いが嫌なら張り倒すよりも逃げだせば良いよねっと言ったところじゃないの。」
「エンがあんな弩スケベなことをライフワークにしているのは、実は将来への不安、いや、命の灯が消えることへの恐怖心を胡麻化すためなのか。」
おばちゃんは俺が落ち着いてきて話ができそうと思ったのか、抱きしめている両手を離して、今度は右手で俺の左手を握ってきた。
柔らかい温かい手だった。
握っているだけでほっとできる。
そして何よりも、自分でもつらい話をしているのが分かっているのにおばちゃんはニコッと一瞬笑顔を向けてきた。
俺が落ち着いてきたのでホットのしたのかもしれない。
これ以上抱き着かれていたら別の意味で動悸が激しくなって御子息様が大暴れしそうなところだったので、手を繋ぐことに替わったのには正直ほっとしたよ。
「弩スケベなことをエン君が繰り返すことは将来への不安もあると思うけど、彼の本性をその不安が増長しているってことじゃないのかしら。」
あっ、やっぱりただの弩スケベ、将来は変質者だったのかエンは。
「みんな不安なのよ。
リンダちゃんとボルバーナちゃんがお淑やかな大男さんの背中にくっ付いているのもそうかも。
エリカちゃんがうっすい本の作成に精を出しているのも。」
えっ、弩S腐女帝様が噂のうっすい本のネタ探しをしているのも、命の炎が消える不安を誤魔化そうとしているためなのか。
狂暴幼女と座敷童帝様がお淑やかな大男さんの背中にくっ付いているのはわかるど。
"あぁ、エリカちゃんはもしかしたらエン君と同じ系統かも。
弩S腐女子の本性を将来の不安が増長しているってことかな。
この頃の彼女の行動の理由として何かしっくりくる説明よね。"
おばちゃんが今日一番の真剣な顔になった。
「まぁ、エン系統の方々についてはいろいろあきらめるとしてだ。
以前はお淑やかな大男さんの背中に座敷童帝様がくっ付くと狂暴幼女が蹴落とそうとしていたけど、この頃は罵っているだけだよな。
それって、同じ不安を座敷童帝様が抱えていることを狂暴幼女が察しているからなのかな。」
「そういうことかもね。」
「じゃぁ、スナイパーさんや土壁たちはどうなのかな。」
「将来への不安を感じていないということはないと思うけど、それよりも心配なことがあるんじゃないかしら。」
「えっ、自分将来よりも心配な事ってなんだ。」
「リンダちゃんのことよ。」
「座敷童帝様の事が自分のことよりも心配なのか。」
おばちゃんは俺の言葉を聞いて今度は心から笑ったように思えた。
「彼らは防御特化のチームよ。守ることが使命。
そのチームが一番守らなければならない、守りたいのはリンダちゃんよね。
普段はお淑やかな大男さんの背中にくっついているのを見守っているけど、いざ実地訓練に入ると真っ先にリンダちゃんを取り囲んで守りの体勢に入るでしょ。
そんな彼らの気持ちや行いをわかっているのよね、リンダちゃんも。」
「座敷童帝様にそんな感情があったのか。」
「一年前はお淑やかな大男さんの背中から絶対に離れなかったじゃない。
ボルバーナちゃんじゃないけど、リンダちゃんを彼の背中から引きはがすのはかなり大変だったわよね。
でも最近は降りる必要のある事を話せば直ぐに降りてくるわ。
お淑やかな大男さん以外に信用できるもの、安心できるところができたからじゃないかと思うの。」
「そっかぁ、そんな座敷童帝のことをますます守ってやりたい、自分のことよりも彼女のことを心配しているんだ、土壁の皆は。」
「そういうことだと思っているわ。」
「じゃぁ、土壁の皆は座敷童帝のおかんになっているということだな。」
「おかん・・・・、そうね。お母さんのような気持ちかもね。
自分のことよりも娘が心配ってことね。」
「ついでに聞くけど、火力バカ共と魔牛乳帝様は将来に不安なんてないよね。」
「それって、質問にじゃなくて結論よね。
あのチームは見たまんまだと思うけど。
自分がやられるなんてことを心配するよりも戦場に出られない、攻撃できないことを心配しているんじゃないのかな。」
「まぁ、火力バカの駄犬どもも良いご主人様(意訳: 魔牛乳帝様)に恵まれて、幸せを感じているってことか。」
おばちゃんはすこし困った顔に変わった。
「私の言うことなんて聞きやしない。
さっき、リードを引き継いだときもあいつら好き勝手な方向に行こうとするし、教室の方に引っ張っていくのが大変だったわよ。」
「つまり、無理して引っ張って行かずに放出して正解ってことか。
いまごろ自分の匂いの染みついた元の犬小屋(意訳: 2-8の教室)でのんびりしているかもな。」
皆の気持ちはおばちゃんと話すことでわかったような気がしてきた。
それでも最後にこれは聞いておきたい、聞いておかなければならない。
俺はフリーだった右手で、おばちゃんの左手をギュッと握って、おばちゃんの目を見据えた。
「おばちゃん、いや、ジェンカは将来が不安か。
魔族と戦う未来は怖いか。」
ここまでの成果
魔力回復: 15%
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 25時間16分
(おばちゃんと話をして落ち着きを取り戻しました。
よかったぁ、安心しすぎてつんつんの方に行かなくて。)
(ちぇっ、門前町のいかがわしい休憩所に引っ張っていくチャンスだったのにぃ。
せっかく春風でリュウ君の頭がぽわ~ンとして、発情しかけていたのに。
汚物君のせいで台無しだわ。
プン、プン、怒(おばちゃん談))
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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