39話目 作戦中に騙されたの 下
俺は立ち上がり、そして、目の前の地面に向かって転写魔法暴風・レベル3を発動した。
強力な風魔法である暴風・レベル3を地面に叩きつけたところ、石だけでなく当然、砂や土、そして草や小さな木までも舞い上がり、土の壁が波の様に前方に飛んで行った。
土壁のような茶色い塊が前方に飛んでいく。
そして、やはり10m飛んでったところでその茶色い壁はすっと、一部がきれいに消え失せていた。
面白いことに消えたのは高さ15mぐらいまでで、それ以上の高さにある土壁はそのまま前方に押し出されていた。
「あぁ、10m先の地面から15mぐらいのところから幻影が見えているってことね。
これでアイスフィールドが消えたと思わせたってことがはっきりしたわね。」
「幻影魔法を使ったのは当然、魔族の偵察部隊だよなぁ。」
「闇魔法なのかな、幻影魔法って。」
「多分ね。人類軍でそんな魔法を使うって聞いたことないから。」
「おばちゃん、これって魔族の偵察部隊がまだこの辺をうろうろして言って事じゃないのか。
呑気に幻影魔法について、みんなで語っている場合じゃないと思うんだけど。」
しかし、おばちゃんはニコッと笑って、俺の手を取ってきた。
「多分、もう大丈夫。
ここまで来たのに何も起こらなかったでしょ。
おびき寄せて攻撃するためにこのような幻影魔法を使ったのなら、既に何らかのアクションがあっても良いと思うの。
リュウ君の言う通り、私たちは油断してぼへぇっとした様子だもんね。」
「ジェンカちゃん、じゃぁ、何で魔族軍はオーガやマウンドベアーを集団で行軍させたりしたり、こんな幻影魔法を使って私たちを混乱させたりしたのかしら。」
おばちゃんは少し考えるように首を傾げたか、直ぐに何か思い当たったように目をパチッと開けた。
「エリカちゃん、対峙している第17師団の後方の様子を見るために偵察部隊が組まれたんだと思うの。
排除すべき強い魔物である鬼さんやクマさんを第17師団の後方を闊歩させることで、人類軍の後方はどのような実力の部隊が配置されているか、そして、その人類軍がどのような対応を取るか試したのよ。」
「じゃぁ、幻影魔法を使ったってのも俺たちの反応を見るためだったてぇのか。」
「それもあるけど。」
「ジェンカちゃん、他にも理由があるってぇのか。」
「撤退するための時間稼ぎじゃないかしら。」
「ジェンカちゃん、撤退するって、魔族はもう偵察は十分と判断したのかしら。」
「まあ、囮の鬼さんとクマさんが火力バカ共に瞬殺だったからね。
それにリュウ君の転写アイスフィールドの威力を目のあたりにしたわけだし。
強力な部隊が後方で警戒に当たっていることを知り得たと同時に、敵地のど真ん中でリュウ君のような強力な攻撃力を持つ敵とぶつかり合ったらまずいとも考えたんじゃないのかな。
偵察が目的だったら、戦って相手を殲滅するよりも相手の情報を持って帰るのが一番だろうし。」
「おばちゃん、このまま敵の偵察部隊を見逃してもいいのか。
情報を持っていかれちゃったよ。」
「良いんじゃないの、敵が引いてくれたんだから。
それに持っていかれた情報は強力な部隊が最前線の後方で警戒に当たっているということだけだから。
リュウ君の真の力もエリカちゃんの雷属性魔法のことも、お淑やかな大男さんと土壁のチームの防御力も、重要な情報は何一つ持ってかれてないから。
それよりもこうも簡単に最前線の警戒を突破できる敵の偵察部隊が第17師団の正面にいるという私たちが得た情報の方が大きいから。」
おばちゃんの言葉に得心したのか、弩S腐女帝様が大きくうなずいた。
「それじゃぁ、私たちもその情報を第17師団に持ち帰りましょうか。」
「エリカちゃん、それは第1中隊がすでに報告に行ったと思うぜ。」
「あっ、そうだったわね。
じゃぁ、私たちは拾える情報をもっと集めましょうか。
この幻影魔法がどの程度の大きさで、どの程度持続するとか。」
「それとないとは思うけど、魔族の部隊が本当にアイスフィールド内で凍っていなかったとかも確認したいわね。」
狂暴幼女は一つ大きなため息をついた。
「そうすると、弩阿呆のアイスフィールドが消失するまでやっぱり待ってないといけないってことか。
弩阿呆がぁ、考えなしに転写魔法をぶっ放しやがって。
そういえば、幻影魔法の存在は確認したけどアイスフィールドの消失は確認してなかったよな。
もう発動から4時間は経ってんじゃねぇのか。
まだ消えてないなんてどんだけなんだ。」
「うふふふっ、それは敵の偵察部隊も知りたかったかもね。」
「おばちゃん、幻影魔法は石でも投げれば発動しているかすぐわかるけど、幻影魔法が発動中にその中に隠されたアイスフィールドも発動中かどうかって、どうやって確認すんだ。
手でも突っ込むつもりか。
-80℃かぁ、あっという間に凍傷になって、最悪の場合は指が落ちそうだな、そのまま。」
「アイスフィールドは無理してその存在を確認しなくてもいいと思うの。」
「おばちゃん、でも、アイスフィールドが消失して、幻影魔法が健在だった場合にもしかして中に囚われている魔族が逃げたりしないか。」
俺の問いに、おばちゃんはこちらを向いて軽く微笑んだ。
「リュウ君のこのアイスフィールドで4時間も無事に耐えるのは不可能だと思うけど。
生存の可能性があるとすれば、アイスフィールドに対抗してファイヤーシールド等の炎属性魔法で抵抗することが考えられるけどね。
アイスフィールドに対抗して全身を覆うために必要なファイヤーシールドは最低でもレベル7よ、それを4時間持続する必要があるわ。
1人だったらそういう強力な魔法術士がいるかもしれないけど、複数の味方を全身ファヤーシールドで覆う場合には強力な魔法術士を何人かそろえなければならないわ。
通常の偵察は何人かで組んでやるからね。
いくら魔法が得意な魔族だって、そんなに強力な魔法術士がいくらでもいるわけじゃないでしょうし。
貴重な強力な魔法術士を複数、偵察のために敵のど真ん中に送り込むとは考えられないわ。
そういう強力な魔法術士は、普通は、最前線で強力な魔法をぶっ放す役目を負っていると思うわ。」
「じゃぁ、アイスフィールドがもし消失していても囚われた魔族は死神さんから地獄の鬼さんに引き渡された後ってことか。」
「そうなると思うわ。
まぁ、アイスフィールドの中で見えた魔族は幻影魔法で見せられていただけで、実は誰もいなかったという確率の方がはるかに高いと思うけどね。
ということで、アイスフィールドのことは取りあえず気にしないで、幻影魔法の大きさや持続時間を観測しながら、幻影魔法が消えるのを待ちましょうか。」
その時、お淑やかな大男さんが狂暴幼女の横にしゃがんで、ぼそぼそ囁いていた。
それを聞いた狂暴幼女はがぁぁと叫んだ後で、皆の方を見て口を開いた。
「幻影魔法が消えた後もアイスフィールドが残っている場合は、このまま監視ってか。
下手したら乾パンかじりながら、この原野のど真ん中で徹夜で監視だぜ。
いないかもしれない、まぁいないだろう、絶対いないと思う魔族の存在を確認するためにここで徹夜ってどんな罰ゲームなんだよ、これ。」
今晩は温かい食事と久しぶりのベッドでのゆっくりとした睡眠のはずだったのにぃ。
俺の飯と安眠を返せェ。
"まぁ、「今晩」はいずれにせよ眠れない夜だったんだから、そこまでがっかりする必要はないんじゃないの。"
おばちゃんの"今晩"はまだ有効だったかぁぁぁ。
その後、幻影魔法は1時間で消えたが、アイスフィールドは空が赤く染まるころに漸く消失した。
当然、魔族がいた形跡はなかった。
その晩、シュウがどのような"今晩"をおくったかは・・・・・・。
のちに密かに発行された弩S腐女帝様監修のうっすい本に記載されたという噂だ。
興味のあるもの好きは教会本山の門前町の路地裏のさらに奥にある怪しすぎる本屋に行ってみると良いという。
ここまでの成果
魔力回復: 24%
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 22時間49分
(まぁ、なんだぁ。取りあえず無事に実地訓練が終わった。
任務完了でスキルがUP。
でも、そのうっすい本には何が書いてあるんだ。)
(あの晩は"今晩"がスルーされたから、寮に帰ったら"毎晩"にするからね。
良いわねポチ(張り切るおばちゃん))
次回より新章が始まります。
第3章 肉壁の学び 肉壁ちゃん3年生になる
これからもよろしくお願いいたします。