32話目 作戦中に地獄の門が開きかけてるって
どうされてしまうんだ、今晩俺は。
今晩起こることに尻込みをしつつ、俺たちは目標地点に向かって、移動を開始した。
移動を開始してすぐに、再び攻撃音というか爆発音が聞こえた。
思わず音がした方向を見上げると、マウントベアーがいると予測された地点で黒煙が2本上がっていた。
う~ん、これでクマさんもチ~ンかな。
その後、目標地点に到達するまで20分ほど掛ったが、新たな爆音と黒煙は確認できなかった。
流石、魔牛乳振動帝様に転写魔法をもらった火力バカ共だ。
それぞれの魔物を各自1発づつで仕留めたか。
"あとは指示通りに、第3中隊と大人しく合流してくれればいいんだけどね。
戦いに勝った勢いでこちらの方にのこのこやって来られたら、私たちの作戦がめちゃめちゃになっちゃうわよ。"
まぁ、スナイパーさんが一緒だから問題ないでしょ。
言うことが聞けない火力バカ共は密かに狙撃して、原野の肥やしにしてくれるから大丈夫だと思うぞ。
"まっねぇ。
あっ、ここが目標地点よ。"
おばちゃんは再び、先頭を行くお淑やかな大男さんの前に立つと、ハンドサインで小隊の行軍を停止し、集まるように指示を出した。
「ここが目標地点よ。
エン君の情報だと、魔族の偵察部隊は黒煙の方を目指して、ゆっくりと移動中とのことだわ。
私たちの目の前を通過するのにもう10分ぐらいだって。」
「ジェンカちゃん。汚物君は捕捉した魔族部隊の他に新たに何か見つけてないの。」
「今のところ、他の魔族や魔物は見掛けないと言っているわ、エリカちゃん。」
「その魔族部隊はどのくらいここから離れているんだ、エンの野郎が何か言ってなかったか。」
「敵がこのまま進めば約10分後に、前方800mぐらい先を通過するとのことよ、ボルバーナちゃん。」
「800mかぁ。
おいっ、弩阿呆のリュウ。
転写魔法が届くか。
アイスランスは大丈夫でも、範囲魔法のウォターフィールドとアイスフィールドはどうなんだ。」
「まぁ、訓練通りにやれば全く問題ないぞ。
むしろ、エンの指示だけでアイスランスをここから撃って、当たるかの方が不安だな。」
「弩阿呆君、じゃぁ、アイスランスを広範囲にばら撒くのはどう。
魔力も余っているんでしょ。
それに全く役に立たっていなかった例のスキルでも魔力の補充は可能でしょ。」
おぉっ、漸く俺の必殺スキル、魔力補充が日の目を見るときが来たか。
やってやんよ、見ててくれ隠れ弩S帝様。
そして、すべての魔力を使い果たして、今晩は飯食って、とっとと寝るぞ。
"えぇぇっ、その作戦は却下。"
うぁぁぁぁ、やっぱり見逃しちゃくんないんだ。
一体、今晩は何が起こると言うんだ。
"でへへへへっ、それはお楽しみよ♡。"
なぜか膝が自然と震えてきた。
「アイスランスはここから撃つんじゃなくて、敵が凍って動けなくなったら近づいてから打てばいいわよ。
アイスランスの範囲攻撃なんて魔力の無駄遣いでしょ。
無駄な魔力は使わないの。
後々のためにね。じゅるり」
うぁぁぁぁ、なぜかおばちゃんが舌なめずりして、獲物をロックオンしたような眼光を俺の方に向けてくるぞぉ。
魔力の無駄遣いを心配してんじゃないよね。
魔力が枯渇して、今晩、俺が動けなくなることを警戒しているんだよな。
ここは何としてでも魔力を使い切らねば。
"だめ。"
うぁぁぁぁ、俺の考える密かな計画がすべておばちゃんに筒抜けだぁ。
"当然でしょ。"
「さっ、そろそろ来たらしいわよ。
では、始めましょうか。」
いよいよか。
よし、すべて使い切るぞ。
"そこまで言うなら、別にいいけど。"
良いんだ。何だぁ。
"動けなくなった方が好き放題出来るということに気が付いたわ。"
がっぁぁぁぁ。
魔力を使い切ったら一晩中、おばちゃんのおもちゃ、弄ばれるってことなの。
やばいじゃないですか。
やっぱ、必要最低限の魔力消費にしておこう。
余力がないとマジやばそうだ。
"それで良いのよ、リュウ君。"
えっ。
ちょっと待ってくれ。
俺はどうすれば良いんだぁ。
"今晩は逃がさないわよ。おっほほほほほほ。"
詰んだ。
「そろそろ年貢の納め時よ、あそこにいる魔族もリュウ君も♡。
さっ、リュウ君、800m先に半径300mのウォターフィールドを展開。
ペーター君は念のためにアイスシールドとエアシールドを展開して。
ボルバーナちゃんは敵による不測の攻撃を警戒。
エリカちゃんは追加攻撃が必要になるかもしれないから、その心づもりで待機。
直ちに作戦を開始せよ。」
は~っ。
"さっ、早く。
私はどっちでも良いわよ。魔力を使い切っても、余力を残しても。
まぁ、どちらかというと使い切って、この場で倒れた方が良いかなぁ。
介抱するからといって、このまま2人きりでこの場に居残り。
そうしたら、夜まで待たずに済むし。じゅるり"
余裕をもって攻撃をするであります。
俺は右足に指しているナイフに魔力を込めた。
ウォターフィールドはレベル2て良いんだよな。
じゃぁ、レベルアップの必要はないな、そうないんだよ。
"ポチ、ちゃんとレベル3まで上げなさい。"
ちっ。
確か半径150m・・・・・
"300mよ。"
ちっ。
俺は何とか魔力の消費を最小限にしようと努めたが、全く無駄な努力となった。
さすがおばちゃんだ。
すべてお見通しだ。
"リュウ君の魔力が枯渇してもしなくてもどちらでも良いのよ、私としては。
だから、作戦通りに動いてね、お願い。
そうしたら今晩楽しいことが待ってるわよ、私的に。じゅるり"
もう、お釈迦様、いや、悪魔の手の平に乗っちまったと言うことですね。
わかりました。
いやまて、ここであきらめちゃいけねぇんだ。
何か手があるはずだ。
まずはおばちゃんの言う通りにして、油断したところを出し抜いてやんゼ。
"あきらめないことは大事な事だけどね。
まずは目の前の魔族を倒さないと、あきらめるも受け入れるも何もできないわよ。"
そっか、そうだよな。
俺にはまだ、自分で選べる道が残されているはずなんだ。
待てよ、そうだよ。
おばちゃんの手のひらの上で踊らなくても良い方法があったぞぉぉぉ。
"それは良かったわねぇ。
でっ、何を思いついたの。"
向こうにいる魔族にお願いして、俺が魔族軍に入れば良いんじゃねぇ。
どうだ、おばちゃん、良い考えだろ。
俺って天才だよな。
"・・・・・・・・
えっと、ポチは黙って私に言われた通りすれば良いのよ。
はい、とっとと800m先にウォターフィールドを展開して。
返事はポチっ!! "
「イエス・マム。」
脊髄反射で承諾の返事をしちまったぞ。
もうしょうがねぇ。
俺は右足のナイフに魔力を込めて、そして、転写魔法を発動。
やがて、前方で雲のようなものが地面付近にできたのを確認した。
"よしよし、ちゃんとできたわね。
今晩はたっぷりとかわいがってあ・げ・る。"
「エン君の観測により、追尾している魔族部隊がウォターフィールドの範囲に飲み込まれたようよ。
リュウ君、続いて、同じ場所に転写アイスフィールド・レベル4を発動。
濡れた体に-80℃の地獄を味合わせてあげて。」
もう、どうやっても今晩のお楽しみ(意訳: おばちゃんの一方的な娯楽)から逃れられないことを察した俺は、きっと、能面のような顔をして、左手のアームリストに魔力を込めていたに違いない。
そして、先ほどの雲のようなものにキラキラッと光るものが加わったのを目の片隅でぼんやりと感じた。
「エン君によると、吹雪の中に数個の塊が見えるって。
成功ね、魔族の偵察隊を封じ込めたわ。
ここまでは順調。」
"流石、私のリュウ君だわ。
このご褒美はたっぷりとねっ。じゅるり。"
蛇の眼前に居る蛙状態の俺はもう何も考えられず、お淑やかな大男さんのようにその場で佇むことしかできなかった。
「次は止めを刺す前に凍った魔族の側に行って、取れる情報を探しましようか。」
"さっ、行くわよ、リュウ君。
日が暮れる前に最前線基地に戻りたいもの。
今晩は長いわよ。じゅるり"
何でこうなったんだぁ。
ここまでの成果
魔力回復: 18%
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 25時間33分
(そこでたむろっている魔族より、今晩のおばちゃんの方が怖いよ。
スキルがこんなに低下したのはストレスですか。
でも、スキル低下よりも毛根が心配です。
ザビエル兄さまぁぁぁぁぁぁ。)
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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本作品は前作「聖戦士のため息」シリーズのパラレルワールドの位置付けとしています。
本「聖戦士のめまい」とともに「聖戦士のため息」シリーズも合わせてお楽しみいただけたら幸いです。
"聖戦士のため息シリーズ "
シュウとエリナ、イリーナ、輪廻の会合に集いし面々が活躍するサーガをお楽しみください。
・本編 : 聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます
・別伝1 : 死神さんが死を迎えるとき
・別伝2 : 優しさの陽だまり
・別伝3 : 陽だまりからの贈り物 優しさの陽だまりから
・外伝 : アラナの細腕繁盛記 越後屋の守銭奴教繁盛記
・別伝4 : 炎の誓い




