22話目 初の実地訓練
肉壁の穴に進級して3箇月。
初夏の香り、強い日光に照らされた草木の匂いが俺の周りで強く立ち込める。
草木にとっては成長の燃料である日光も、フル装備で訓練や演習を連日こなしている肉壁ちゃんにとっては恨めしい、迷惑と思える対象となる。
春の嵐のような魔法術士候補生と肉壁ちゃんのマッチングが一応の終結を迎えてから、1箇月が過ぎた。
漸く魔法術士と肉壁ちゃんの全員がチームを組んでいる状況になっている。
チーム結成の経緯がどうであろうとも。
マッチングの最大の障壁と考えられていた3帝の行き先が、進級したその日に即決したため、今年のマッチングは例年になく順調に、少なくても例年と同じペースで進むかと思っていた教官たち。
あまいよ、甘すぎる。
はちみつと水あめを交互に舐めているように、なめているよ、世間と言うものを。
その甘さの原因は、3帝に次ぐ問題児たち(ぶっちゃけ、イケメン軍団と美女軍団だぁぁあ)の大活躍を見誤ったことだぁ。
その問題児たちがあっちやこっちの魔法術士と節操なく交流(意訳: つまみ食い)するもんだから、それに淡い期待を抱いてしまった魔法術士たちが妥協と言う文字が頭の隅にも浮かばなかったようで、なかなか市中に溢れている一般の肉壁ちゃんたちを見向きもしないと言う、例年にはない珍現象が発生したのだ。
教官たちもただ指を咥えていただけではなく、魔法術士と肉壁ちゃんたちの交流を深めるべく、いろいろな行事を企画したが、延々としてマッチングは進まなかった。
"そうだったわねぇ。
お花見に、お茶会、ハイキング、ゆるキャン、フォークダンス大会、大食い選手権、お見合いetc。
いろいろな新歓行事をやったわね。"
ちなみに最後のお見合いと言うのが由緒正しい本来のマッチングだ。
肉壁ちゃんと魔法術士の例の要望書を照らし合わせて、よさげな組み合わせで顔合わせをする、仮のチームを組んで訓練や演習に参加する等々の元祖本家正統派のマッチチングのことを指しているとのことだ。
"リュウ君と二人きっりでのデートを思いっきり楽しんだわよね。
お見合い以外はすべて参加したわよね。
私たちは恋愛結婚するんだからお見合いなんて行く必要ないしね。"
えっと、お隠れ帝様とはお見合いじゃなくて、俺たちのチームのことを前々から気に掛けていたというから、まぁ、恋愛結婚みたいなもんだよな。
えっとぉそれに、各行事にはエン以外の中隊メンバーが全員参加していたよね。
エンはおばちゃんと凶暴幼女が行事の前に速攻で、寮にある小さな礼拝堂の屋根に吊るして殉教者(仮)に見立ててましたね。
"でも、一部の毛根をカットすることは勘弁してあげたじゃないの。
チームメイトの情けとして。
隠し乳牛はカットしろとか言ってたけどね。
酷い女だよね。
そんな♀牛と恋愛結婚だなんて、拒否権のないひ弱な肉壁ちゃんであることが恨めしいわ。"
おばちゃん、行事でみなんが一緒に居たことを何気に根に持っているの。
"私はそんなに心の狭い女じゃないわよ。
ただ、魔牛と乳牛は人類の敵なだけよ。"
巨○は貧〇の敵の間違いじゃないの。
"お黙り、ポチ。"
まぁ、俺が何が言いたいと言えばだな。
1カ月前に全てのチームが結成が終わり、今日まで新チームで訓練や演習を重ねてきたんだ。
今日はその成果を試すべく、緩衝地帯で実地訓練を行っているところなんだよ。
訓練の一環とはいえ、戦線にほど近いところで魔族軍の動きを警戒する任務。
魔族軍が最前線を突破して来たり、人類軍の後方で偵察しようとしている魔族部隊がいないかの索敵と、魔族軍との接触がないとも言えない状況なのだ。
そう、ここは最前線でないと言うだけで、既に魔族軍と人類軍との戦場と言ってもおかしくないところなのだ。
ちなみに来年、肉壁の穴の3年生になると実戦訓練の為、最前線を経験することになるとの話だ。
2年生で経験する戦場は最前線後方の緩衝地帯、そこでの警戒と索敵までとなっている。
緩衝地帯とは、魔族軍と人類軍が戦っている最前線と人類が暮らす地域の間にある土地を指し、最前線が魔族軍に突破されときに他の地域から来る援軍が到達するまでの時間を稼ぐために設けられた地域であり、常時、一般住民の出入りは禁止されている。
その為、緩衝地帯は手つかずのまま放置され、不毛な荒野が続いており、別の見方をすれば、動物と魔物の天国と言ってもいいだろう。
訓練の一環として行われる緩衝地域の巡回は魔族軍の侵入を警戒するとともに、人が入り込まないで伸び放題になった草木の野焼き、危険な動物の間引き、魔物の討伐も任務に含まれている。
狼などの危険な動物や魔物との戦いがあると言うことでは、まさに実戦訓練と言っても差し支えないものである。
その緩衝地帯での巡回、警戒任務を俺たちは行っている真っ最中だ。
ここでの実地訓練と言うか、任務と言うかに就くに当たって、俺たちは肉壁の穴本校から歩いてほど近い軍総司令部に移動し、そこから転移魔法陣を使って、第6軍の司令本部があるエゲルまで転移した。
この転移魔法陣の発動に当たっては相当量の魔力を消費するために、その日はエゲルの軍の宿泊施設で一泊することになった。
俺たち肉壁ちゃんたちの魔力がほとんど空になってしまうからな。
魔力が空のまま緩衝地帯に出発して、オーガのような強力な魔物に出会っちまったら、まさに肉壁となって、魔法術士様様の逃げる時間を稼がなくてはいけなくなるからな。
まぁ、俺は余裕だったけどな。
魔力回復スキルを使って、魔力が再度満杯になるぐらいにしか減らなかったぞ。
次の日はエゲルの基地で装備一式を受け取って、まずはその装備の確認からだ。
装備は寮から持ってきた転写魔法用の魔道具、剣やナイフ、防具、着替えや日常品の小物の他に、エゲルの基地で受け取った数日間分の野営の装備が加わることになる。
荷馬車が付いてきて、食料やテント、水などは大きな荷物は運んでくれる。
しかし、今回は行軍訓練も兼ねているので、携帯食、寝袋、水筒などの数日間の行軍に必要な最低限の荷物は個人で持たなければならない。
着替については、基本的に水魔法のクリーンで体ごと綺麗にできるので、通常は破れた場合に着替えるための一式しか予備を持たない。
食器類もホークと小さな鍋だけだ。
ナイフは武器用のでかい奴を兼用しろだと。
"リュウ君安心して、パンツは10日分持ってきたから。
毎日、脱ぎたてをあげるからね♡。"
そんなもの行軍訓練途中で渡すんじゃねぇ。
"ハンカチの代わりにつかってね♡。"
行軍途中にそんなもんで顔を拭いていたら、後ろにいるスナイパーさんから頭のど真ん中にのぞき窓を開けられちまうだろうがぁ。
作戦任務中の規律には厳しい方だからな。
装備の点検が終了するといよいよ、出発だ。
大隊ごとに目的地を目指して出発し、別のルートで帰ってくる行軍となる。
大隊は肉壁の穴2-8のクラスメイトとそれぞれのチームに所属する魔法術士様様で構成されている。
ちなみに、この行軍訓練が終了するとクラス替えが行われる予定だそうだ。
これまではソンバトの肉壁ちゃんチームで2-8を構成していたが、今回の行軍訓練やこれまでの成績を考慮して、新たな大隊、クラス編成が行われることになっている。
"まぁ、大隊は改変されるけど、3帝の要求が生きていれば私たちの中隊まで改変されることはないから、そんなに大きな変化はないと思うわよ。
いつもの学校での訓練と同じようにすればいいんじゃないの。
変に気張る必要はないわよ。"
俺たち2-8大隊はエゲルの後方基地から第6軍団旗下の第17師団が駐屯する最前線基地まで行軍しているところなのだ。
ここまでの成果
魔力回復: 21%
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 25時間41分
(いよいよ実地訓練だぁ。
高揚感でアドレナリンが噴出し、スキルがUPしたよ。)
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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