29話目 最前線の向こう側 私を呼ぶ声
さて、自分たちの役割を果たしますか。
今日こそは奴が来ていれば良いのだけど。
私はこのごろ作戦開始前に祈りにも似た気持ちでそのことを思う。
今日こそは奴に会って、思い知らせてやりたい。
私はじいの方を向いて、小さくうなずいた。
じいはその仕草を正確に読み解いて、右手を前方に振って、我が部隊に出発を促した。
皆がその指示に従って動き始めると同時に副官が私の側に来て、囁くように言った。
「例の人類の新兵が我々の進撃コースのそばに移動してきました。
このままだと接触する可能性がありますが。
ここは対象物が動けないようにしてしまうことを進言します。」
はぁ、どうせ無害だと思ってから放って置いて、直ぐに対処せずにいたが。
我々の作戦遂行の邪魔となるか。
やるしかないか。
「仕方がないな。
敵右翼後方への攪乱、魔法攻撃と同時にその間抜けの周りを黒い霧で覆うことにするか。
そうすればその間抜けが万が一に敵の斥候であったとしても、両方の目、目視と魔法の目をないものと出来よう。
恐らく黒い霧で覆われた瞬間に腰を抜かして、パニックになると思うが。
股間を濡らしながらでも這って逃げ出せれば上々と言うところじゃないか。」
「わかりました。
それでは私が間抜けの対処に行ってきます。」
私は軽く頷くことでその提案に許可を与えた。
間抜けな新兵がいちいち私たちの邪魔をする。
巨大ファイヤーホールでも打ち込んで灰にしてやれば気持ち的にはスッキリするのだけども。
そのような派手な魔法を至近距離で使えば我々の存在が敵の偵察部隊に知られてしまう。
スッキリとはしないが、ここは我々の居場所を敵に特定されないように黒い霧で脅す程度にしておく他はないか。
なぜか間抜けに対する苛立ち、舌打ちしたくなる気持ちを押さえて、私はじいに最前線にいる敵の後方に攻撃を指示した。
じいからハンドサインで攻撃開始を指示された第2、第4小隊は漆黒の霧の恩恵を受けるぎりぎりのラインまで移動し、黒い霧とファイヤーアローで攻撃を開始した。
それと同時に別命を受けて我々の前方に移動していた副官が、そのさらに前方にいる間抜けに向けて黒い霧を発動しているのが見て取れた。
これで間抜けが我々の邪魔にならなくなれば良いのだが。
しかし、やたら癇に障る奴だな。
味方の攻撃開始を確認しつつ、私たちは左翼から中央部に移動を続けることにした。
しかし、2個小隊が敵軍右翼後方に、副官が間抜けに黒い霧攻撃を放った直後に、副官が慌てて私の方に駆けよってきた。
その顔は引きつっているというか大きな疑問に悩まされているように見えた。
間抜けが突然に黒い霧の攻撃に衝撃を受けて、股間を濡らすだけでなく汚物でも垂れ流したか。
そうだったら副官のあの渋い顔もうなずけるな。
私の方に急ぎ近づいて来た副官に私は声を掛けた。
「例の間抜けが黒い霧にビビり過ぎて股間を濡らすだけでなく、汚物でも漏らしたか。」
この言葉をついた私の顔は少し歪んでいたかもしれない。
「いえ、そう言うことではなくて、何と言うか・・・・・・」
私の問いに答えた副官の顔にはさっきよりもさらに困惑の色が広がっていた。
「いったいどうしたのだ、アーラ。
間抜けは囮で、周囲に奴の仲間でも潜んでいたか。
だったら、第1小隊を出して間抜け共々殲滅するだけだが。」
「いえ、今のところその間抜けだけしか視界には捉えていないのですが、・・・・・・・」
「アーラ、何にそのように困惑しているのだ。
しっかりと見たことを話してみよ。」
「そっ、そうですね。あれこれ私一人で悩んでいても仕方ないですよね。
関係者のイリーナ様に尋ねた方が良いですよね。」
その時、じいが攻撃対象の敵右翼後方の監視から私たちの方に振り向いて少し厳しい口調で言ってきた。
「お嬢、副官、そろそろ移動すべきだが。
幾らお嬢の漆黒の霧で守られているとはいえ、ここは敵の領域、いつ発見されて包囲されるかわからんぞ。
それともそれよりも重要な事態が発生したのか、副官。」
アーラはそんなじいの剣幕にも負けず、私に報告してきた。
「あの間抜け、戦場でチンタラ散歩している人類軍の新兵はイリーナ様のお知り合いですか。」
「はぁ?
何をバカなことを言っているのだアーラは、こんな戦場のど真ん中で。
先日の戦闘で頭に鉄鋼石でもあたったか。」
じいは隠密行動中であることを忘れたかのような声をアーラの方に向けた。
中隊本部の他の3人も驚いて、じいの方に視線を向けて来た。
「じい、落ち着いて、隠密行動中だ。
アーラ、私がその間抜けの知り合いというのはいったいどういうことだ。
私は人類兵に名前を憶えられているほど親しい知り合いなどおらぬが。」
そう、私の知っている人類兵は奴だけ。
奴はこんな間抜けなはずはない。
戦場のど真ん中でフラフラして、黒い霧で攻撃された挙句に股間を濡らしてしまう等という間抜けであるはずがないではないか。
じいは私に叱咤されてバツが悪いのか、頭を掻いて口を閉じてしまった。
「でも、さっき私が例の人類兵に黒い霧をぶつけようとしたときに、確かに奴は叫んでいました、"イリーナ"と。」
人類軍の新兵が私の名前を呼んだだと。
偶然か。
魔族で私の名前などそれほど珍しくはない。
人類にもそんな名前の奴が居ても不思議ではないと思う。
私の知らない同名の誰かではないのか。
アーラの話にじいも黙って頭を掻いている場合ではないと問い詰めるように言った。
「間抜けは確かにお嬢の名を言ったんだな。
聞き間違えではないのか。」
信じられないというじいの迫力に押されたのか、アーラは一歩下がってから答えた。
「距離がありますので、言葉を聞いたのではなく、口から読み取ったのです。
でも、私もイリーナ様が指揮するペーチェ家の索敵部隊の一員です。
口の動きからそのぐらい読み取るのは朝飯前です。」
ちょっと憤慨して応えるアーラにじいはさらに質問をぶつけていた。
「悪い、疑うつもりはないのだが、あまりなことについ。
それでお嬢の名前の他に何か奴は言っていなかったか。」
ここまでくると少し離れて攻撃中の第2、4小隊以外の中隊メンバーは何か異変があったことを察して、周囲を警戒しつつこちらの方をちらちら見てきた。
「あの間抜けは本当は次のような言葉を叫んでいたのです。
"イリーナ、お前の骨の髄まで俺がかわいがってやるぜえ。"」
はぁ?
ここまでの成果
魔力回復: 20% + 20%(ボーナス♡) + 20%(ボーナス♥)
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 20時間00分
(エンはちゃんとシナリオ通りに叫んでいたんだな。よかった、よかった。)
(それを聞いた時のアーラちゃんって、それこそ間が抜けた顔をしてたんじゃないの。(おばちゃんターン))
(ここは作戦を無視してでも、やっぱりリュウ君♥と叫んでほしかったんだけど、私的には。(腐女帝様ターン))
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
お話に興味がある方はお読みくださいね。
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