27話目 最前線の向こう側 漆黒の霧
「ただいま、戻りました。」
天幕の外から副官のアーラの声が聞こえてきた。
私は彼女に中に入ってくるように促した。
「それで、戦況はどうなっている。」
どうせ人類軍はいつものように初めはがむしゃらに大魔法を、黒い霧で魔法の威力が削がれる前に我が軍に出来るだけ損害を与えるように攻撃しているんだと思うけど。
「06:25の段階で、人類軍は主として物理系の大魔法を我が軍の前衛に向けて集中投下。
我が軍は今朝までの戦線の維持をあきらめ徐々に後退しつつあります。
現在、攻撃を受けている最前線の後方200mの所に黒い霧を大きく発生させ、ここで敵軍の攻撃を食い止める予定とのことです。」
「いつもの通りか。
正面はいつもの通りだとして、右翼と左翼の方はどうか。」
正面と同様に、どうせ左右に展開した人類軍も力任せに攻撃をしているんだろう、という思いが顔に出てしまったわけではないのだろうけど、副官はいつもと少しだけ違う報告をしてきた。
「敵はいつものように横一列になって突撃してきています。
しかし、若干敵の右翼と左翼が厚い布陣の様です。」
「両翼に少し厚みを帯びての突撃か。
その意図は・・・・・・・」
「いつものように黒い霧と我々の反撃で敵の中央部分の進軍の勢いがまもなく失われるでしょう。」
「そして、両翼がすこし出てしまうか。」
「いつもは敵を中央、右翼、左翼で分断し、黒い霧で相手の動きを封じつつ、個別撃破につなげる流れですね。」
「中央に投入する兵を減らしてても両翼に厚みを持たせたか。
我が軍の両翼の反撃を捌きつつ、両翼から我が軍の中央部を半円形に包囲して攻撃するつもりか。」
副官は私の言葉に真剣な表情で頷いた。
「敵の中央部が我が軍の反撃を受けてあっさり後退するようであるならば、そのような包囲作戦を意図しているのかもしれませんね。
我が軍の中央部の反撃が突出して、両翼との距離を取らせておいて分断するという。」
「そうか。敵の中央部の動きに注意せねばな。
黒い霧が有効である限りは例え中央部が包囲されそうになったとしても、すぐさま戦線を維持できずに敗走という事態までに行かないと思うがな。」
「はい。敵の包囲網の外にある味方の両翼や後方部隊が中央部の包囲網を打ち破ってくれるものと思います。」
「いずれにせよ、相手も阿保ではない。
いつもの力任せの攻めを繰り返すばかりではあるまい。
まぁ、敵が包囲作戦で来るなら、我々も早めに動いて敵の後方を攪乱べきだな。
我々の中央部を引き込もうとした敵中央部も、見方を変えれば両翼から孤立しているような状況かもしれないし。
そこを我々の部隊が奴らの中央部後方を攪乱してやれば、いつもよりも早く敵も混乱してそのまま敗走するかもしれないな。
いずれにせよ、まずは敵の中央部の動きを良く見極めることが必要か。
でっ、他に変わった様子は聞いていないか。」
私の質問に副官は少し考えるように、これを言っても良いのかというような感じで、一瞬躊躇するようにしてから応じてきた。
「実は人類軍の後方警戒部隊がいつもの2個部隊でなく、今日は3個部隊ほど派遣されたそうです。」
「いつも後方を攪乱する我々の部隊を警戒するためか。
1個部隊を増員した程度で我々を捉え切れると思うなよ。
んっ、ちょっと待て。」
「敵の後方警戒部隊の増員が気になりますか。」
「敵本体が我が軍を包囲するのに、たかが1個部隊とはいえ、包囲作戦に駆り出す部隊を減らすのは不自然だな。
通常は包囲網を完成するのに部隊の増員が必要なのに。
敵軍に大幅な増員の様子があるとは聞いていないか。」
「聞いていないですね。
昨日は敵の基地内がざわざわしていたため、本日の攻撃を予測していましたが、敵兵の大幅な増員は確認されていません。
まぁ、1個大隊程度の増員であれば遠目の偵察ではわかりませんけどね。」
敵の増員があったとすればそれを我が部隊の警戒に当ててきたと言うことかな。
敵の様子を副官から聞き終わり、敵の増員についてつらつら考えていると天幕の外からじいの声がした。
「お嬢、部隊の出撃準備が終わり、皆は外に集合しておりますぞ。」
副官と敵の様子について話込んでいて集合時間が過ぎたことに気が付かなかったようだ。
「副官、時刻を。」
「ただいま、06:45です。」
「ありがとう。出るぞ。」
私は副官が用意してくれたマントのボタンを留め、中隊長の指揮刀を持って、天幕を出た。
ごつごつした原野を少し歩いて、我が部隊の集合場所とした師団の左翼後方に到着した。
目の前は既に黒い霧で覆われており、この先に居る師団左翼が人類軍の右翼と交戦しているのがその音だけで感じられた。
我が部隊の集合している場所はまだ黒い霧で覆われておらず、ここがまだ安全地帯だと言うことを示していた。
「副官、時刻は?」
「07:00です。」
「敵の攻撃から1時間経過したか。
頃合いだな。
よし、聞いてくれ。」
私は目の前に片膝を着いた小隊長4名とじいに命じるように語り掛ける。
「我々中隊は漆黒の霧を纏い、師団の左翼が展開した黒い霧の周辺を回り込むように最前線を突破し、さらに敵の右翼を回り込むように敵の後方1500mまで侵入する。
そして、漆黒の霧を展開したまま敵の右翼、中央、左翼へと40分かけて移動する。
移動の間にファイヤーアローやポイズンアローを随時敵軍の背後に向けて発射し、敵の混乱を誘う。
作戦としてはいつものようなものだな。
但し、今回は敵の陣形が我が師団の中央部を包囲するような動きをするかもしれん。
それに惑わされず、いつものように敵後方からの攪乱に専念せよ。
万か一に友軍の中央部が囲まれようとしても助けに行ってはならない。
逆に邪魔になるだけだ。
敵の左翼後方を抜けたら大回りして、我が師団の後方に帰投する。
作戦は以上だ、07:08に漆黒の闇を発動するので、07:10にここを出発する。
君たちの部下に今のことを伝えてくれ。
以上だ。」
作戦を聞いた各小隊長は立ち上がり、略式敬礼をすると自分の部下集まっているところに急ぎ戻って行った。
私は返礼を解きつつ、その様子を黙って見ていた。
やがて、副官が私の横に寄って来て時を告げた。
「07:08です。」
私はその言葉に頷き、改めてポーズを取る必要はないのだが、指揮刀を持ったまま左手を上げて漆黒の霧を発動した。
漆黒の霧とは私のだけが持つ魔法だ。
漆黒と言うからには発動した私の周りが全くの暗闇になってしまうものと思うかもしれないが、実は逆に外から見ると見た目は透明で、その霧に覆われた者も透明になってしまう。
逆に、漆黒の霧の中ではうっすらと黒い霧状のものが漂っているのが分かるが、視界を邪魔するほどのものではないので作戦行動には何ら問題はない。
内部の様子は黒い霧とほぼ同じなのだ。
また、黒い霧と同様に、この漆黒の霧の中では魔族が放つ魔法は問題なく発動できるが、人類の放つ魔法は全く機能しないようなのだ。
唯一、雷属性魔法を除いてだが。
どうしてあの人類の放つ風と水属性魔法の上位属性魔法である雷系魔法は黒い霧、漆黒の霧の中でも全く邪魔されずに発動してしまうのだろうか、謎だ。
それともう一つ、漆黒のそれが黒い霧と決定的に違うのは、水属性魔法や風属性魔法で洗われたり、吹き飛ばされることがないことだ。
そう言った意味では漆黒の霧の中に入った私たちを人類軍が発見するには、雷属性魔法を放ったところにたまたま私たちが居合わせないかぎり無理と言うことになる。
私が雷属性魔法を食らうと漆黒の霧を維持できなくなり、その中に居た全員の姿を敵に曝すことになるわけだ。
昨年のように。
私は仲間たちが私の前に整列するのを眺めながら、軍刀を強く握りしめていた。
今日こそは奴をたたっ切れる機会が訪れようか。
その時は指を一本づつ、ゆっくりとやってやる。
ここまでの成果
魔力回復: 20% + 20%(ボーナス♡) + 20%(ボーナス♥)
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 20時間00分
(漆黒の霧だって。)
(漆黒なのに透明だなんて、魔族のネーミングセンスのなさに呆れるわね。(おばちゃんターン))
(あっ、それ作者に言ってやって。(腐女帝様ターン))
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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