20話目 いざ初陣へ 戦場は地獄へと化す
ソンバトの春は美しい。
街中の至る所でピンク色に染まった木がそびえている。
軍の総司令部や独立旅団本部のある教会本山よりも北に位置するこの町は、春の訪れがやや遅くなり、今が桜の見ごろを迎えているのだ。
肉壁の穴を卒業し、第104独立旅団に配属されてから早や10日が過ぎた。
独立旅団司令管の指示では、今回の作戦立案とその実行部隊の編成を1週間で終わらせ、8日目にここに来るはずだったのだが。
今回の作戦に必要な部隊の編成に少し手間取って、2日ほど到着が遅れてしまったのだ。
俺たちはソンバト地域に駐留する第9軍団のベースキャンプに来ている。
ソンバトにこんな軍の大きな施設があったのか。
そう、あの懐かしいソンバトの肉壁の穴とは同じ軍の施設にも拘らず、両者は別々の敷地にあるのだ。
第9軍団より接収したベースキャンプのとある施設内の会議室で、これから俺たち独立旅団のメンバーと今回の作戦のために招集した第27師団の部隊の中隊長以上が出席した作戦会議が開かれる。
今回の作戦の目的は最前線にいる第27師団の後方を攪乱する魔族の偵察隊の殲滅にある。
作戦の要はこの目標を炙り出すためにエンを囮に使い、釣られて出てきたところを殲滅することだ。
目標が釣られて出てきたら、基本的には前年の実戦訓練時と同様に、雷属性魔法で目標を足止めしてからゆっくりと仕上げに掛かるわけだが。
敵は去年戦った部隊と想定されるため雷属性魔法への対策を打ってくることも考慮されている。
そこで、我々旅団だけでなく第27師団からも人員を招集し、目標を囲むように配置して、想定外の事態に対応しようという作戦を立案した。
次にどの程度の部隊を招集するかが問題となったわけであるが、エンを囮にして例の目標を引き付けるための前提として、第27師団には目の前の最前線で対峙する魔族軍を攻撃してもらわねばならない。
この戦闘が引き金となって、目標が第27師団の後方を攪乱しに出てくることになるからだ。
俺たち第104独立旅団の戦場、第27師団の後方に兵員の多くを招集すると最前線での戦いが手薄になり、作戦の本命が後方にある事が目標側にばれたり、最前線での戦いで第27師団があっさり敗北して戦線が崩壊し、大きな撤退を余儀なくされることが懸念された。
種々の要素を勘案し、最終的に旅団が招集する部隊の規模は2個大隊となった。
俺たちの旅団を中心として招集した2個大隊をやや前方の左右に一個大隊づつを配置し、3方から目標を取り囲む状況を作ることになった。
この時、中央後方にいる1個中隊レベルの俺たち第104独立旅団は敵から見ると最前線の後方を警戒する哨戒部隊にしか見えないことになる。
また、前方の左右に展開する各1個大隊は最前線で交戦する本軍の控え部隊のような格好になり、一見すると本軍の後方に現れるはずの目標を標的としているようには見えないのだ。
さらに、万が一に最前線が崩壊しそうになった時は予備兵力としても扱えることになる。
まぁ、最前線が苦戦するようなら今回の俺たちの作戦は失敗、目標となる魔族偵察部隊の殲滅ではなく、俺たち旅団と第27師団の後方の安全確保のために目標を威嚇し、にらみ合ったままお引き取りを願うような行動に変更することになるであろう。
この様な第27師団の最前線での囮交戦と俺たちの本作戦のバランスを如何に執るかをまとめるために2日ほど余計に作戦立案と部隊編成に時間が取られてしまったのだ。
第27師団から派遣されたのは第1連隊第3大隊と第3連隊第3大隊だ。
作戦上の呼称は我々が本隊、左側に駐留するのが第1連隊第3大隊で再編第2大隊、右側に駐留するのが第3連隊第3大隊で再編第3大隊とすることが決められた。
旅団としては目標からの再編各大隊の防御と第27師団本軍の後方防御の為に土魔法術士を多めにしてほしいことを要望したところ、派遣されてくる大隊の一部を再編してもらって派遣されている。
派遣大隊は囮と防御に重点を置いてもらい、目標へ攻撃の主体はあくまでも俺たち第104独立旅団が担うことになっているのだ。
まぁ、一番理想的な展開としては、エンに釣られてイリーナとその他の目標がひょっこり旅団の目の前に現れ、雷属性魔法をまともに食らって麻痺し、全員捕縛という流れになってほしいのだが。
雷属性魔法をうまく潜り抜けられたら両翼の再編大隊が土属性魔法で土壁の囲いを作って物理的に捕捉することも考えている。
その為もあって派遣大隊には土属性魔法術士を多めに編成してもらう事を要望したのだ。
この会議室には本隊と再編第2、第3大隊の中隊長以上のメンバーが集っている。
今は作戦の詳細をお互いに確認しているところだ。
まぁ、話をしているのは主に本隊の指揮班、おばちゃんと姉御。
そして、作戦について話し合った内容をテーブルの上に置いている地図に落とし込んでいるグロいギャルさん。
それに、招集された部隊の2名の大隊長だ。
大隊長の後ろに控えている中隊長たちは、ときたま立ち上がって、グロいギャルさんが担当している作戦の展開を示している地図を覗き込んで、必要なことをメモに書き込んでいる。
えっとぉ、この話し合いに旅団側は指揮班の3人がいればいいんじゃねぇのか、おばちゃん。
エンと火力バカ共なんて既に爆睡中だぞ。
会議の冒頭で互いに挨拶を交わした2分16秒後からそのままだぞ、こいつら。
俺も腹減って来たぞぉ。
"何を言っているの。
リュウ君は今回の作戦の攻撃の中心なんだから、ちゃんと聞いておかないと。
まぁ、私の胸に顔を埋めて寝るなら、第2スキル発動も許してやんなくもないわよ。
プヨンとして最高の寝心地よ。
寝返りを打つときに揉んでも良いわよ。
もう、「今晩」が待てないのね♡。"
うっ、念話が変な方向に言ってるじゃないか。
ちょっと、おばちゃん。
作戦の要と言われているエンの奴は堂々と爆睡してるぞ。
良いのか。
"まぁ、エン君の場合はしょうがないというか、次はないかもしれないので少しは大目に見てあげないとね。"
えっ、エンに次ぎないって?
明日がないってこと?
"女の怨念を舐めてはだめよ。"
えっ、もしエンがイリーナに見つかったら呪い殺されるというのか。
"その通り。
例えわたしたちの作戦がうまくいって目標を捕縛もしくは殲滅したとしてもね。"
その怨念がエンを完全に捉えて二度とは離れない。
それは例え二人が命を失ったとしても、地獄までもか。
あぁっ、エンが天国に行くんなんてありえないからな。
地獄の果てまでも付いてくるって言うのか。
"そうねぇ、その怨念は死神さんさえも慄くほどの執着と極卒の鬼さんたちも後ずさりするほどのものなのよ。"
えっとぉ、エンをそんな怨嗟を持つイリーナの前に出しても良いのか。
その上、昨年戦ったイリーナの仲間を愚弄するという暴挙に出るんだろ。
間違いなくエンは呪いでそのまま地獄行が決定だな。
そして、作戦終了後に万が一にイリーナとエンが地獄の一丁目で再会したら。
"そう、地獄という果てることのない時の中で、エン君は真の地獄を永久に堪能することが出来るんでしょうね。
まっ、今更作戦変更は無理だから。
既に準備で経費も結構使っているから。
今更止めましたぁなんて言ったら、独立旅団司令部の経理担当官に私が恨まれるから。
エン君には諦めてもらいましよう。"
ん~っ、まぁ、それで良いんじゃねぇ。
エンの奴はそれで大満足だよ。
時という有限がない無間地獄の中でかわいい女の子に狙われ追いかけ続けられるなんてな。
エンの待ち望んでいたシチュエーションそのモノじゃないか。
んっ、ちょっと待ってくれよ。
今回の作戦って、そう言う意味ではエンだけがおいしい思いをするってやつじゃないのか。
"心配しないで、リュウ君。
リュウ君は私が地獄の果てまでも、まっ、二人の行く末はエン君とは真逆の天国だろうけどね、間違いなく。
永遠に追いかけて行くからね。永久に一緒だからね、生まれ変わっても♡。"
作戦会議の終盤、なぜか俺の体はがくがく震え続けるのであった。
ここまでの成果
魔力回復: 10% + 40%(ボーナス♡) + 20%(ボーナス♥)
次にスキルを発動するまでのクールタイム: 18時間28分
(おばちゃん、それって、完全無欠のストーカーだよな。)
(逃げられると思うなよ♡。(おばちゃんターン))
(リュウ君はエン君を追いかけて地獄の1丁目に行くべきよ。
そして、エン君を巡るイリーナと熱いバトルに勝利し、二人は抱き合って喜ぶの♥。
まぁ、その後は仲良く新婚旅行を兼ねた地獄めぐり。
そうやって幸せな日々を過ごすの、永久にね。(腐女帝様ターン))
(エンと地獄めぐりして、どこが幸せなんだぁ。)
活動報告に次回のタイトルを記載しています。
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本作品は前作「聖戦士のため息」シリーズのパラレルワールドの位置付けとしています。
本「聖戦士のめまい」とともに「聖戦士のため息」シリーズも合わせてお楽しみいただけたら幸いです。
"聖戦士のため息シリーズ "
シュウとエリナ、イリーナ、輪廻の会合に集いし面々が活躍するサーガをお楽しみください。
・本編 : 聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます
・別伝1 : 死神さんが死を迎えるとき
・別伝2 : 優しさの陽だまり
・別伝3 : 陽だまりからの贈り物 優しさの陽だまりから
・外伝 : アラナの細腕繁盛記 越後屋の守銭奴教繁盛記
・別伝4 : 炎の誓い