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二人はその後、揃って馬車に乗り邸へと戻った。
そしてエリカが早目の夕食と湯浴みを済ませ、部屋に戻り寝る支度を整えた後、彼女の部屋の扉がノックされる。
エリカがノックした人物に声を掛ける前、扉の向こう側から彼女のよく知る声が響いた。
「エリカ。まだ起きているか?」
「お父様?はい」
「そうか。なら少し…話がある。入ってもいいかな?」
「勿論ですわ。今、開けますのでお待ち下さい」
エリカは寝巻きの上にカーディガンを羽織ると、扉を開ける。
するとそこには、父ヴィクターだけではなく、何故かキースの姿まであった。
キースはエリカに深く頭を下げるが、ヴィクターはそんなキースを促しエリカの…娘の部屋へと入りソファへ腰掛けた。
「エリカ。話とは明日の事だ。お前もかけなさい」
「はい。ですがキースは?」
「キースにも関わりのある話だ。だから連れて来た」
「………分かりましたわ。ではお茶を」
「いい。話が終われば直ぐに出るからな。かけなさい」
ヴィクターはそんな時間すら勿体無いと言いたげに、エリカをソファへ促す。
エリカは少し困惑しながらも、父の正面へと腰を下ろした。
キースは使用人という立場の為、ソファには座らずヴィクターの後ろに立っている。
「さて。明日お前は陛下の勅命で、絆様と姫様と共に魔族討伐へ行くが……その討伐に、このキースも同行する事になった」
「キースが?何故?」
父の発言に首を傾げるエリカだったが、キースは驚いた様子もなく、ヴィクターも話を続ける。
「キースはお前達の護衛だ。次期第二妃となる娘が、次期王と次期王妃様と共に討伐に向かうのならば、我が邸からも護衛の者を何名か同行させたいと思ってな。無論、陛下や宰相閣下、将軍にも許可は得ている」
「………まぁ。そうでしたの」
ヴィクターの言葉に相槌を打つエリカだったが、父が『第二妃』という言葉を発した時のみ、その瞳には憎悪の炎が宿った。
エリカは第二妃など……納得していない。
自分が第二妃となり、代わりに成海が絆の王妃になるなど……納得出来る訳がない。
この一瞬のエリカの瞳の変化を……ヴィクターもキースも見逃さなかった。
「キースを隊長に、我が邸の護衛達も共に向かう。お前の事はその者達が守る。故にお前は……絆様の傍を決して離れず、絆様を補佐する事だけに集中するのだ」
「………はい。お父様」
ヴィクターの言葉に返事はしつつも、エリカは父に疑問を持った。
この邸からキースを含め数名の護衛を出すのは驚いたが……疑問を抱いたのはそこではなく、父がわざわざこんな事を言う意味が分からない。
絆の補佐をするのも、彼の傍を離れないのも当然の事だからだ。
父に言われるまでもない。
だが、エリカの父ヴィクターは、真剣な眼差しで娘を見つめた。
「よいなエリカ。決して絆様、そして……キースの傍を離れるな。何があろうとも、だ」
「………お父様?」
「よいな?」
「………はい」
エリカに念押しするヴィクターに、エリカもまた小さく頷く。
そんなエリカを見てヴィクターはやっと微笑むと、エリカへ手を伸ばし彼女の髪を優しく撫でた。
「……お父…様?」
「エリカ。可愛い私の娘。安心しなさい。お前の幸せは……この父が約束する。私が必ず…お前を幸せにしてやる」
微笑むヴィクターだったが……この笑顔が何故か歪に見え、エリカは父に不安を抱く。
「では、エリカもそろそろ休まなくてはな。私達は失礼するとしよう。おやすみエリカ」
「は、はい。おやすみなさいませ、お父様」
ヴィクターとキースが部屋を出る際、二人を見送るエリカだったが、一言も話さなかったキースへ声を掛けるのも忘れない。
「キース。明日はよろしくね。おやすみなさい」
「はい、お嬢様。おやすみなさいませ」
エリカに深く頭を下げると、キースはヴィクターと共にエリカの部屋を出て行った。
二人がその後向かったのはヴィクターの私室。
ヴィクターは部屋に入り、乱暴にソファへ腰かけるとキースへ声を掛ける。
「キースよ。見たか?エリカの……あの激しい憎悪に満ちた目を」
「はい、旦那様。エリカお嬢様にあのような顔をさせているのは……姫様なのですね?」
ヴィクターに答えながらも、キースは昼間のエリカの表情、そして先程のあの目を思い出す。
キースが知るエリカは、誰よりも美しく、優しく、賢く、慈愛に満ちた、非の打ち所のない令嬢。
だからこそ…エリカがあのような顔をしたのが信じられなかった。
しかしそれと同時に確信もした。
エリカにあのような顔をさせる……元凶に。
「そうだ。エリカは王位継承者である絆様を慕い、絆様もまたエリカを気に入って下さった。陛下もだ。だからエリカは、王妃という未来を約束されるはずだった。しかし……二人目である姫様が現れた事で、その未来は消されようとしている。……かわいそうな…エリカ」
「エリカお嬢様が………王妃に…」
そう呟いた時、キースの胸はズキリと痛む。
キースは幼い頃から、エリカと共に育ち、彼女を深く慕っていた。
当然、このエリカへ抱いた感情が自分のような者には許されぬ事も、エリカとの身分違いも理解している。
だからキースは、エリカと結ばれたいなど高望みはしない。
王族の娘であるエリカは、自分ではなく相応しい身分の者と結ばれるべきだ、と。
この想いは生涯胸に秘め、キースはヴィクターとエリカに誠心誠意、そして命を懸け仕えると誓いを立てた。
「キースよ。エリカの幸せは、第二妃ではなく王妃となる事だ。そして聡明で美しいエリカが王妃の座に着くことは、私達だけでなく、この世界にも大きな利となる。皆の幸せにも繋がるのだ」
「はい。私も同じ考えです、旦那様。王妃にはエリカお嬢様こそ相応しい、と。何より……エリカお嬢様にあのような顔をさせる姫様を…私は許せません」
キースは幼い頃から常にエリカと一瞬だった。
だから憎悪や嫉妬に満ち、醜く歪んだエリカの顔に……深い悲しみを確かに感じていた。
大切なエリカを悲しませる者、苦しめる者は……誰だろうと許さない。
「うむ。お前なら分かってくれると信じていた。だからこそ、お前に託すのだ。エリカの為、皆の幸せの為に」
ヴィクターは自分の野心はあえて口にせず、憂いた表情を浮かべる。
まるで今から言う言葉を正当化するように……本意ではなく、苦渋の決断だというように。
「お前には……このような汚い仕事を任せたくは無かった。しかし……お前以上に信頼出来る人間もいない。あの邪魔な存在を……なんとしても消さねばならぬ」
ヴィクターはキースを見据え、昼間に伝えた命令を再びキースへ下す。
「全ては皆の幸せの為、エリカの為。明日の魔族討伐の際に………姫様を殺せ」
「はい。旦那様とエリカお嬢様の為……そのご命令、必ず成し遂げてみせます。…必ず」
ヴィクターの言葉に、キースもまた力強く頷いた。




