竜魔王誕生 3
少年竜は人間の姿のまま走り続けた。
昼も夜も関係なく、森林や荒地、時には小さな人間の村を抜けて何日も…何日も走り続けた。
そして彼は意図せず…ある魔王の領地に足を踏み入れてしまった。
そこは全体に鬱蒼とした木々が生え、太陽の光が全く中に届かない山。
山の中腹まで来て少年竜も気づく。
(…ここは…この淀んだ魔力と殺気は……魔族の土地?………っ!?来る!)
少年が辺りを警戒した直後、周りの草むらや木の影からトカゲ型の魔獣が何匹も飛び出してきた。
一瞬でトカゲ達は少年竜を取り囲む。
「ヒャヒャヒャッ!なんだぁ?小汚い人間の子供がいるぞぉ?」
「本当だなぁ。人間がこの山に来るなんざ、正気じゃない。迷ったのか?それとも親に捨てられたのか~?」
「どっちでもいいさ!人間の子供は肉が柔らかくて美味いからなぁ!王にバレる前に俺達で喰っちまおう!」
「そりゃあいい!俺は腕を喰いてぇ!」
「なら俺は足と目玉を貰うぜ!人間の目玉は珍味だからな!」
下卑た笑いと下衆にお決まりの台詞を口にする魔族達。
それを見て、少年竜は俯き震える。
それは恐怖ではなく…怒りだった。
(こいつら…リザードマン。トカゲの分際で竜族の…それも竜王族の俺を…コケにするつもりか!)
「おいおい!このガキ震えてるぜ~!」
「ひひひ!かわいそうになぁ。死ぬ前にママのおっぱいでも吸いたいんでちゅか~?」
「ギャハハハっ!あの世でママに会ったら…」
リザードマンの一人は笑いながら剣を抜くと…。
「腹いっぱい吸わせてもらいなぁっ!」
少年竜の頭上にその剣を振り下ろした。
その瞬間、紫色の血が吹き出し、辺りに飛び散る。
「ハハ……ぎ、ぎゃあああああ!!?」
少年竜を殺したと思っていたリザードマンの笑いは…絶叫へと変わった。
何が起こったのか理解できず、仲間の叫び声に固まる他のリザードマン達。
高く舞い上がっていたある物が、ボトリと落ちた音で我に返る。
音のした方を恐る恐る見ると…そこには千切れた、剣を握っているあのリザードマンの腕。
何が起こったのか?
何故仲間の腕が千切れたのか…理解など追いつかない。
「痛ぇえ!痛ぇよぉおお!俺のぉ!俺の腕がぁあああ!」
腕を切られた痛みに耐えられなくなったリザードマンは、その場に倒れこみのたうち回る。
それにより…隠れていた少年の姿が、他のリザードマン達の目に映った。
人間の子供の体に、蝙蝠のような漆黒の翼と鱗に包まれた四肢。
両手両足には鋭く尖った爪が伸び、右腕は紫色の血で染まっている。
まだ幼げな顔の頬にも漆黒の鱗が生えていた。
半分人間の姿をしているが……その姿は…人間では有り得ない姿。
そして自分達に殺意を向ける黄金の瞳。
この瞳と姿を持つ種族は…一つしかない。
「こ、こいつ!竜王族だっ!」
「ひ、ひぃいいいい!りゅ、竜族の中でも最強の奴じゃねぇか!」
「ば、馬鹿野郎!最強っつってもまだ子供だ!こっちは10人もいるんだぞ!殺っちまえ!!」
怯え、慌てふためきながらも、リザードマン達は全員で少年へと襲い掛かった。
それがどれだけ無謀な事か……それを知るのは襲われる側である、少年だけが知る。
「お前らごときに…殺されるかよぉ!!」
数分後………そこには血の海の中、無残な死体に囲まれて佇む少年竜がいた。
「弱いなら弱いなりに…身の程を知れ。このゴミクズ」
少年竜は横たわる死体を見下すと、冷ややかに告げる。
そして自分の体についた紫の返り血を見て、忌々しげに舌打ちした。
何処か洗い流せる場……川や池を探そうと一歩踏み出す少年竜。
が、片足を前に出した直後、少年竜は前に進む事はせず逆に後方へと飛んだ。
少年竜が立っていた所には、前方から飛んできた斧が刺さっている。
「…………新手か。…さっきより多い」
少年竜は一瞬で、先程よりも多くの者…リザードマンが自分に向かっていると気づいた。
しかし少年竜は逃げるどころか、その場から動こうとしない。
前方から向かってくるリザードマンの集団が見えても、少年竜は動かずそれを見据えた。
そして少年竜の前に現れたのは……数え切れぬ程のリザードマンを従えた、通常より一回り大きい屈強な体をしたリザードマン。
「ギャギャギャ。これはこれは…変な魔力を感じてわざわざ来てみれば…俺の可愛い同胞達を、随分と派手に殺してくれたな。小僧」
「先に愚弄し、仕掛けたのはそっちだ。トカゲ風情が…愚かにも竜王族である俺にな。殺されて当然だろ」
「…ふむ………そうか。それはすまなかったな。リザードマンの王として謝罪しよう」
「………なに?」
思いがけない言葉に目を丸くする少年竜。
そしてその発言には部下のリザードマン達も驚いている。
王に物申す者や、少年竜を罵倒する者、ザワザワとざわめく者、それら部下達を黙らせると、リザードマンは少年竜に近づき……ある提案をした。
「話は聞いている。…竜王族が滅ぼされた、とな」
「っ!?違うっ!滅んでなどいない!まだ俺が!俺が生きている!!」
「ギャギャ。そうだな。だがお前が生きていると竜族に知れれば…奴等は直ぐにお前を殺しにくる。数百…いや数千の軍勢を率いてな。その何よりも強い力…失われるは惜しい。だからな小僧…わしの部下となれ」
「っ!?なんだと!?竜王族であるこの俺が!トカゲ風情の部下に!?ふざけるな!」
「生きる為だ、小僧。生き残り…一族を襲った奴等に復讐する為だ。ここで会ったも何かの縁。わしを主と仰ぐなら…わしはお前を守ろう。お前が復讐を果たす、その時までな。わしはお前を決して傷つけん。約束しよう。だからな……生きろ、小僧」
「っ!!?」
『生きろ』…そう言われた瞬間、少年竜が今まで張り続けた緊張が一気に抜け、その場に倒れ込む。
倒れた少年竜をすかさず、大勢のリザードマンが取り囲んだ。
「っ!このガキ!」
「やめろ」
「しかし王!」
「命令だ。こいつには誰も手出しするな。おい、誰かこいつを運んで手当てしてやれ。目が覚めたら水と飯も与えろ。いいな」
王の命令は絶対。
不服そうな顔をしたリザードマン達だが、王は歪な笑みを浮かべると部下達へと告げた。
「このガキは竜王族。飼い鳴らせば最強の兵士になるだろう。せいぜいわしの、リザードマンの役に立ってもらおうではないか」