野良犬と、王子。悪人と、正義のヒーロー。
なあ。俺はどこで間違ったんだ?
雨が強くなってきた。この曇天は、あと数日は晴れないだろう。
鉄パイプは切れた。左足は擦りむいて、右腕には切り傷だ。けれど、目の前のあいつは、油断して笑ったりしていない。これだけ優位な状況でさえも、いや、だからこそ、命を奪うという立場にたったからこそ、あんな真剣な目をしてるんだと思う。
「そう哀れむような目で見ないでくれよ。」
「…。」
王子は喋らない。虚勢に付き合ってもくれないか。
…大丈夫だ。チャンスはある。俺のバケモノはまだ復活できる。
「そろそろ起きろ。」
そう呼びかけると、二つに裂けた黒い影が、ずちずちと繋がっていき、這いずる様に起き上がる。
「本当に不死身なんだな。」
王子が嫌そうに言い放つ。
「どうだかな。次こそ本当に殺せるかもだぜ?」
「茶番は終わりだ。本体たるお前を殺す。」
「待ってくれよ。お前の剣は、悪人しか切れないんだろ?だとしたら、俺は切れないかもだぜ?だから、戦闘はもうやめにして…」
「何人殺した。」
「…。」
「何人殺した!!」
「…10から先は覚えてねえよ。」
「お前は自分の親を殺した。お前はこの街の市民を殺した。お前は自分の級友を殺した。そして、この剣はお前の腕に傷を入れた。これでもまだ、善人だと言うつもりか?」
…、それは
「ヴアァアアァァア!!」
ザンッ
また、バケモノが切り捨てられた。また勝手に飛びかかりやがった。最初は手こずっていた王子も、もう一手間でバケモノを殺せるほど慣れてきてる。また復活するにせよ、時間がかかる。それまで、どう時間を
「もう終わりだ。」
王子がこっちに走ってくる。駄目だ。袋小路だ。逃げ道がない。鉄パイプはもう役に立たない。どうする。どうする。どうす
ザシュッ
右腕が、熱い。切られたのか。ああ、次は心臓を一突きか。
まだだ。
とっさに足払いをする。体勢を崩し、王子が膝をつく。手をつくため振り下ろした剣は、俺の左手の親指を奪っていく。今しかない右腕で思い切り相手の首をー、ああ、右腕、ないんだった。
ズバッ
身体の左側が熱い。まずい、次の攻撃を避けなければ。
あれ、なんで追撃してこない?
あれ、身体に力が入らない。ぐらりと、仰向けに倒れる。ああ、左の身体が切られてら。
「終わりだ。野良犬。」
雨が身体に当たる感覚が消えていく。哀れむ視線が俺を刺す。
曇天が霞んでいく。
何で俺、ここでこんなことやってんだ?生きるため?ずっと、死にたいと思ってたじゃないか。
なあ、俺は悪人だったのか?
子供の頃から、ずっと味方がいなかった。
家に帰れば、何故生まれたんだと殴られた。
食料を盗めば、犯罪者と蔑まれた。
学校では、俺とあいつが虐められた。
だから。
虐待してきた、親を殺した。
食料にするため、人を殺した。
あいつを自殺を考えさせるまで追い詰めた、級友たちを、殺した。
なあマリー。俺はお前のために殺した。
けれど、血塗れの俺を見たとき、お前は確かに怯えてたよな。
なあ。俺は、…悪人なのか?
いや。
これが、答えか。
「今、楽にしてやる。」
霞む視界のなか、王子が剣を振りかぶる。そして、その、剣を、
「…待って下さい。」
グレーのパーカーが目に写る。涙声の少女は、野良犬を庇うように立つ。
あの頃と同じ、臆病だけど、優しい声。
「野良犬さんは、悪人なんかじゃありません…!」
やっぱりお前にはパーカーが似合うよ。この前着ていたワンピースも良かったけどな。でもな、この雨でびしょ濡れになっちまう。だから早く帰ってくれよ。
なんでこんなとこに来た。馬鹿野郎。
ずっと、そう言って欲しかったんだよ。




