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ひと夏のカブトムシ

作者: 山本輔広

よろしければこちらもお願いいたします。

TSヤクザの学園スローライフ~ありあまる漢気のせいで百合展開がとまらない~

https://ncode.syosetu.com/n5886gh/

「お父さん見てみて! カブトムシ!」


 網戸に張り付いていたカブトムシを見つけ、娘は嬉しそうな声をあげていた。

ベランダに飛び出して網戸にくっついていたカブトムシを掴むと、これまた嬉しそうな顔をして私に見せてくる。


 赤茶色で短い角と長い角が一本ずつ。

捕まったことに焦ったカブトムシはせわしなく6本の足を動かしている。


「へぇ、立派なカブトムシだね」


「かっこいいね! お父さんカゴ!」


 虫かごなんてあったかなと思い、とりあえず倉庫を漁ると随分と古びてひび割れたプラスチックの虫かごを見つけた。

娘に手渡すと嬉しそうにカブトムシを中へと放り込む。

冷蔵庫にあったきゅうりを砕いて入れると、カブトムシはさっそく飯へとありついている。


「お父さんはカブトムシ捕まえたことある?」


「そういえば、子供の頃……」


 昔、もう20年は前になるだろうか、私がまだ子供だった頃のことを想いだす。

田舎町で育った当時の私の夏の遊びといえば、山に出向いて虫を捕る事だった。


 ある夏の日のことである。

私は今虫かごの中にいるカブトムシとは異なるカブトムシを捕まえたことがあった。

姿かたちが全くことなるカブトムシ。

あのカブトムシは――。



 ◇



 7月の中ほどだった気がする。

友達と山へと出かけると、木を蹴飛ばしたり樹液溢れる木に群がる虫を捕まえていた。


「こうちゃん、俺こっちから蹴るから、こうちゃんそっちから蹴って」


「わかった」


 二人して木を蹴飛ばすと葉と一緒に小さな黒いものが落ちてくる。

枯れ葉の上へと落ちたそれを探してみれば、大きな顎をしたノコギリクワガタである。


「でっけー! そっち何いた?」


「コクワ! あとカブト!」


 ゲットした獲物を籠へと居れると、また次の木を蹴り飛ばす。

そうやって何度も木を蹴り、樹液に群がる虫を採集していた。

夕日に空が染まるころには二人の虫かごにはたくさんの虫がざわついていたものだ。


 友達と別れ、一人帰路についていた。

夕日でオレンジ色に染まる空。大きな入道雲、田んぼには風が吹くと伸びた苗が風の跡を残している。

夕日に染まるオレンジに、一点に影が見えた。

大きなそれはカブトムシよりも大きくて、鳥か何かと見間違えたほどである。

しかしながら、その飛行する姿はカブトムシそっくりで私は網を両手で握ると、その影を追いかけていた。


 大きな影が木に止まり、網で絡めとる。


「なんだこれ」


 網の中に入っていたのは、大きなカブトムシに似た虫である。

姿はカブトムシっぽいが、その角は5本もついている。

大きな一本が真ん中に生えていて、その隣には短い二本、さらに隣には中くらいの角が二本。

色は今まで見てきたものとは違い、灰色が強い。

大きさも普通のカブトムシより一回りも二回りも大きい。


 もしかしたら新種を見つけてしまったかもしれない。

当時の私は盛大に喜ぶと虫かごの中の虫を全て放して、その一匹だけを虫かごに放り込んでいた。


 家に持ち帰り、本当はすぐにでも誰かに報告したかったが、私は何故かだんまりを決め込んでいた。

新種を見つけてしまったかもしれないという喜びがある反面、もし親に逃がしてこいと言われたらと思うとその口をチャックしていた。

両親はあまり虫などを好きではなかったのだ。

今思えばすぐに飽きて大して世話もしなかった私だ。親が反対するのも当然といえば当然である。


 カブトムシの命はひと夏の命だ。

通常のカブトムシならばその夏が終えると、その命を燃やしてしまう。

幼かった私であるが、カブトムシの死はそのとき限りだと知ると少しばかり焦っていた。

もし、死んでしまったら。

この新種かもしれないカブトムシが死んでしまったら。


 そんな心配をよそに、カブトムシは生きていた。

夏が過ぎて秋になっても、秋を越えて空から冷たい氷の結晶を落としても。

カブトムシは生き続けていた。


 春になって、私は中学にあがっていた。

もう中学生にもなると虫取りなんかには興味がなくなり、その行動範囲も広くなると次第に違うものへと夢中になっていた。

部活動に明け暮れ、部活も終わると友人らと買い食いをして。

時にはもっと遠くに遊びにいったり、流行っていたカードゲームを買いに駅前にいったり。


 カブトムシのことなんてすっかり忘れて生活をしてしまっていた。


 そんなある日の休日に、やっとのことでカブトムシのことを想いだした。

もう餌をやらなくて数日が経っていた。

元々ひと夏しかない命である。奇跡的に季節を越えていたが、さすがに餌がない状態では生きていかれないだろう。

自室のベッドの下のわずかな空間に隠した虫かご。

生きているのか、死んでいるのか。

たぶん死んでいるだろうと思いながら、私はベッドの下の虫かごを取り出した。


 生きていた。

捕まえたときと何も変わらずに元気そうな姿で。

久しぶりの顔合わせにカブトムシは大層立腹したようにカブトムシにしては長すぎる前足でプラスチックを引っかいている。

餌をよこせと催促されている気がして、私はすぐに冷蔵庫へと向かうと切られたリンゴを一切れ持ち出した。

虫かごの中へリンゴを入れると、カブトムシはやっと餌にありつけたと餌を頬張る。


 もう死んでしまったと思っていたのに、生きていたことが不思議でならなかった。

もう夏なんかとっくに終わっている。餌をやらなかったのも数日単位ではない。

その溢れる生命力に、私は感動と疑問ばかりが浮かんでいた。


「お前はどうしてそんなに長生きなんだい?」


 語りかけてもカブトムシは知らん顔。


「お前はどうして角が五本もあるんだ? どうしてそんなに足が長いんだ?」


 やっぱりカブトムシは知らん顔。


 必死になって餌にありつくその姿に、次第に申し訳なさが溢れてくる。

この新種かもしれない生物を、このまま籠の中で過ごさせていいのだろうか。

もしかしたらカブトムシが独自に進化して、このような姿になったのかもしれない。

中学にあがって環境問題や進化について知った私は、そのカブトムシに新たな可能性を感じていた。


「外に出たいかい?」


 一瞬だけ、カブトムシがこちらを向く。


「そうだよな。出たいよな」


 もし、自分がカブトムシと同じ立場だったらと思う。

小さな籠の中でいつまでも過ごす。いつもらえるか分からない食事をひたすらに待つだけの生活。

そう考えると、自分がしてきたことがいかに罪深いかと思ってしまう。


 虫かごの蓋を取り、ベランダに虫かごを置く。


「それを食べ終わったらいつでもお帰りよ。君は自由だ」


 知ってか知らずか、カブトムシはまだリンゴにありついている。

きっと朝にはいなくなってしまう。きっとこの虫かごから出て、広い世界へと旅立っていく。


 翌朝になると、虫かごの中には食べかけのリンゴだけが残っていた。

カブトムシはどこかへ飛んでいったのだろう。

自由にさせたという満足感と、やはり手元に置いておけば良かったという後悔が半々。


 朝の靄に包まれた世界を見ると、そこには大きな影が羽ばたき踊っている。


「今まですまなかったね。どうか長生きしておくれ。いつかまた君に逢いたいものだね」



 ◇


 

 夏休みに入ると、妻と娘を連れて実家へと帰った。

娘の言葉をきっかけに思い出したカブトムシ。あのカブトムシに出会えないかと思うと、いい年をして虫かごと虫取り網を手にしていた。


 娘と共に山の中へ。

あの頃とは違い、山は随分と形を変えていた。

当時は獣道だったのが、今ではすっかりと整備がされ、部分部分を切り崩されると遊具などが設置されている。


「お父さん、カブトムシいないね」


 まだ昼間とあって、カブトムシの姿はない。


「大丈夫。捕り方はたくさんあるから」


 娘の前で木を蹴ってみる。木の上からはボトリと大きな茶色が落ちてくる。


「カブトムシ!」


「どれどれ」


 娘が捕まえたものを見る。

残念ながら目的のカブトムシではないが、立派なカブトムシである。

嬉しそうに虫かごに入れる娘。捕り方を覚えると、娘も同じように木を蹴り始める。


 空がオレンジ色に染まるまで、娘と虫取りをした。

なんだか同心に戻ったようで楽しかった。あの頃は友達としていた虫取りを、今は娘としている。

懐かしく、でも、状況は時の流れを感じずにはいられなかった。


「お父さん、これもカブトムシ?」


 そんな言葉をかけてきた娘に、私は期待をせずにはいられなかった。

娘の手にする虫取り網には、カブトムシよりも少し大きな虫が入っている。


 灰色の身体。五本の角。長すぎる前足。


「ねーねー、これなぁに?」


「……久しぶりだね」


「なんで久しぶりなの?」


 娘のあどけない顔に、私は笑顔がこぼれてしまう。

20年という時を超えて再会した彼。

彼は当時の彼だろうか、それとも子供か孫だろうか。

奇妙すぎるカブトムシは知ってか知らずか、怒ったように前足を広げていた。


面白い、気になったという方。

下記より☆5お願いいたします。

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