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正義の松明  作者: 柑奈木
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前回の復習

高校生のオレーきっちゃんは知り合いの明の家で平凡な日常を送っていた。明の授業参観について行ったオレはヘトヘトになって家に帰ってき。

鍋の中でシチューがふつふつと音を立てる。柔らかな香りがオレを包み込んで体の芯まで癒してくれる。あの数十分後やっと子供たちから解放されてヘトヘトになっていたオレを明のお母さんが迎えに来てくれた。気さくな人で明の知り合いというだけのオレを気にかけてくれる。家への帰り道が分からないことに面食らっていたところだったので助かった。


「ごめんね、急に授業参観に行かせたうえにシチューまで作ってもらっちゃって。今日大変だったでしょ?」

明のお母さんがお詫びのつもりか小さなアンパンを差し出してきた。

「いえ、まぁ、少し。子供のパワーには負けますね。」

オレは苦笑いした。

「それで、ちゃんと思い出した?」

「懐かしかったですよ。オレもあの学校通ってたんで。」


貰ったアンパンを齧ってみる。あれ?このアンパン…

「なんでオレが餡子苦手だって知ってるんですか?」

アンパンに餡子が入ってないのを不思議に思って尋ねたが明のお母さんは優しく微笑んだだけだった。


リビングにある薄型テレビからアナウンサーの無機質な音声が聞こえてくる。自動車の衝突事故から3ヶ月。母親が死亡、父親が重体。17才の息子だけがほぼ無傷だったようだ。『2020年4月14日、事故発生』となっている。2020?きっと誤植だろう。どこに行っても暗いニュースは入ってくるものだ。


「えー、すごーい。このシチューきっちゃんが作ったの?」

いつの間にか明はオレの横の椅子にちょこんと座ってまだ床に着かない足をパタパタさせていた。いただきまーす、と上機嫌でシチューにかぶりつく。

「おいしいー!あー、きっちゃんの家もシチューに枝豆入れるんだー。おれんちとおそろいだね。」

あーんしてあげようか、とスプーンを押しつけてくる明にぶっきらぼうにいいと言って押し返す。むきになった明がまた押し返してくるのでオレも自分のスプーンで応戦する。オレたちのこぜりあいを明のお母さんは楽しそうに見ている。

「いいねー、なんか兄弟みたいで。わたし兄弟も従兄弟もいなくて寂しかったから羨ましくなっちゃう。」


その言葉にオレは一瞬手を止め銀色に光るスプーンの淵を目でなぞる。それじゃあ、オレが明の親族である線は薄いってことか。明の異常なほどのオレへの執着心は血縁関係があるからかもしれないと思っていたのだが。明にとってオレが何者なのかますます分からなくなってしまった。


隙をついた明がオレの口に乱暴にスプーンを突っ込んだ。

「やったー、勝った勝った。」

スプーンが突き刺さった歯茎から血が滲み出る。ヒリヒリする。痛そうに歯茎を手で押さえているオレを見て明はお菓子箱から何かを取り出した。

「おれのアンパンをお食べ」

「いらん!正義の味方がけがさせてどうすんだ。」 

オレは傷口を舐めて痛みを紛らわす。こいつはどういうつもりでオレをこの家に連れてきたんだ。

「アンパンマンになるんだからやっぱり顔をアンパンにしないとダメだよね。というわけできっちゃん、おれの顔がすっぽり入るくらいのおっきなアンパン作ろう!えい、えい、おー!」

明よ、もう少しお前のせいで負傷したジャムおじさんを思いやってくれ。

「みんなを元気にするためにアンパンは十分条件であって必要条件じゃないと思うけど」

横を見るともうすでに椅子はもぬけの空となり、騒がしい声は台所から聞こえてきた。

「きっちゃん、はやく〜」

無視ですか。オレはしぶしぶと重い腰を上げる。


アンパンマン、ねぇ。オレにもそうやって正義の味方を夢見たことがあっただろうか。記憶を探ると頭がふわふわとした感覚に襲われ見つかかった答えもすぐに消えていってしまう。


「きっちゃーん」

「今度は何?」

「おれ、あんこ嫌いだか入れなくていいよー。」

軽くため息をつくとわかったと返事をして苦戦している明のエプロンを結んでやった。


いいように振り回されていると思う。でも、初めて会ったあの日、嫌なこと続きで落ち込んでいるオレのところに現れた明はまるで光のようにオレを照らしてくれた気がして、彼を拒否する気にはなれなかった。


それは数日前の学校帰りのことだった。



「おれはアンパンマンになる!」

…は?


一人夕暮れの河原で美しい花を眺めていたとき、オレの目の前に突然一人の少年が現れた。そして彼は確かにオレにそう言ったのだ。風に吹かれて少年のふさふさした黒髪が揺れる。

「おれは明。お兄ちゃんと一緒に夢を叶えに来たの。」

明には初めて会ったはずなのになぜかどこかで見たような、懐かしさを感じた。

「オレと…?」

「うん、お兄ちゃんと。お兄ちゃんじゃないとダメなんだ。」 

そう言って戸惑っているオレの手を無理やり引いて歩いていった。

「どこに連れてくつもりだよ!」

焦ったが相手があまりにも幼いので強引にその手を振りほどくことは出来なかった。

「どこって、家に帰るんだよ。お兄ちゃん、名前は?」 

「…」 

黙っているオレを明は不満げに見上げた。

「教えてくれないならオレがあだ名つけちゃおー。じゃーあ、『きっちゃん』にする!飼ってる金魚の名前あげるよ。」 

金魚と同じ名前か。なんと不名誉なことだ。無邪気に笑う明にオレは無抵抗のままついて行った。


こうして明の夢を叶えるために奔走する生活が始まったのだ。


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