幸運にも生き延びた男
「ぅ……ん……? ……はっ!?」
跳ね起きると、そこは見覚えのある、暗くて狭い室内。
学校のプールを管理する機材だけが置かれた、ただそれだけの部屋。
配管の一部から水が漏れていて、床に大きな水溜りができている。
その一部は俺の下半身にも届いているし、全裸な事もあってだいぶ寒い……って!
「なんで全裸ッ!?」
自分の置かれた状況を思い出して、慌てて口を閉じる。
……よくわからないこともあるし……とりあえず、基本的なことから1つ1つ思い出していこう。
まず、俺の名前は佐藤浩二。特別頭がいいとか、運動神経がいいとか、実は武道の英才教育を受けた達人とか、そういうことは一切ない、ごく普通の高校生。水泳部だし、泳ぎや潜水はエースクラスではないけれど得意な方。体力はそれなりにあると思う。そしてここは俺の学校の、プールの準備室。
どのくらい時間が経ったか分からないけど、世界中で突然、漫画やゲームに出てくるようなモンスターが現れるようになったらしい。しかもそのモンスターたちはあっという間に日本中で暴れまわり、社会を混乱させた。
俺も当時、授業を受けていたら学校に多くのモンスターが現れて、たくさんの被害者が出た。特に生徒を守ろうとしていた先生方は全滅……幸運にも俺は生き残ることができたが、同じように生き残ったのは生徒ばかりで、統率が取れなくなった。
それでもお互いに協力して生き抜こうと言う、リーダーシップを持つ奴はいた。
そしてそいつを中心に状況を立て直そうという動きもあった。
だけど、そこでさらに問題が起きた。
それは、生き残った奴の中から、次々と“ステータス”に目覚める奴が出てきたこと。
連中は同時に“職業”と、それに対応した“スキル”を手に入れたそうで、モンスターに対抗できるようになった。
その情報を聞いた時こそ、絶望の中に希望の光が見えた気がした。
けれどそれは長くは続かなかった。
全ての人間がステータスに目覚めるわけではなかったから。
そして、目覚めたやつの全てが協力的なやつではなかったから……後はお察しだ。
そして肝心の俺は残念なことに、ステータスに目覚めなかった。
自然に目覚めるタイプと、モンスターを倒して目覚めるタイプがあるようで、協力的なステータス持ちに手伝ってもらって頑張ってはみたが、駄目だった。
そうこうしているうちに、反乱が起きて……
「負けて、捕まって、とりあえず繋がれてたんだよな……」
後ろを見ると、機材についたパイプに手錠がかかっている。
敵には銃を持っていた奴もいた覚えがあるから、警察官から奪ったか盗んだんだろう。
……やっぱり記憶に間違いはなさそうだ。
意識を失う前、最後に覚えている自分自身はここに繋がれたまま、何日も放置されて、トイレもそこらにするしかなくて、死にそうだった……でも服は着ていた。
でも目を覚ましてみたら、手錠は外れているし、服やらなにやらは一切消えているし、ついでに空腹や喉の渇きもない……
「もしかして」
奴らが助けるはずがないし、考えられる可能性は1つ。
祈りを込めて、ステータス持ちがやっていたように、
「ステータス……!!」
目の前に四角い半透明の、いかにもなステータスが浮かんだ!
「やっぱり、目覚めてたのか……ジョブ、スキルは?」
早く確認して逃げなければ、連中の誰かが来てしまうかもしれない。
職業は――?
「“異端者”?」
俺の知っている職業は剣士とか魔法使いとか、ゲーム的で分かりやすいものだ。
たしか殺されたリーダーは先導者とかいう職業だったけど……それでもまだ理解できる。
けど俺の“異端者”とは?
「職業に触れば、詳細が見れるはず……出た」
“異端者”
異端なる者。常識では考えられない行動をとった者に与えられる職業。
異端者の職を得た際の行動を反映したユニークスキルを対象に1つ与える。
該当行動:スライムを決死の覚悟で噛み殺し、捕食した。
「……ああ」
思い出した、そういえば俺、気絶する前にスライム食っていた。
外から入り込んで来て、腹が減って死にそうで、ゼリーみたいにうまそうだったから。
どうせ死ぬならと思って……それが原因か!
と、とにかく職業の理由は分かった。ならスキルは?
「“スライム化”……詳細確認」
“スライム化”
ユニークスキル。スライムへの変身が可能になり、“スライムの種族特性や能力”を得る。
人間の体でも一部の力は使用できるが、十全に発揮するにはスライムへの変身が必要。
“スライムの種族特性と能力”
半透明・不定形の体内に核を持ち、核が壊れない限り体はいくらでも再生する。
半透明・不定形の体はありとあらゆる物を溶かし、養分として吸収する。
環境への適応力が非常に高く、呼吸不要。少しの養分と水があれば生存できる。
外敵の気配に非常に敏感。条件を満たすことで進化可能。
力は非常に弱く、移動速度は非常に遅い。防御力はないも同然。
「……なるほど」
スライムは知っている。
弱いし遅いし、ステータスに目覚める前の人間には狙い目だったから、俺も何度も倒した。
そんなスライム化ということで一瞬、だいぶガッカリしたけれど……
「条件付きでも再生能力に、呼吸不要、敵の気配に敏感で、少しの養分と水で生きられる。しかも養分はありとあらゆる物。つまり人間の食料に限らず、何でも溶かして吸収できる? ……普通に強くね?」
直接的かつ逼迫した問題はモンスターや他のステータス持ちの“敵”だけど、社会が混乱している以上、食糧確保も生きていく上での問題だった。
スライム化は戦闘能力こそ期待できないけど、食糧問題は解決。
さらに再生や気配察知ができるなら十分役立つはずだ!
「これでなんとかなりそうだ。いける。まずはここから出よう」
前向きな言葉を口にして、立ち上がる。
……そして自分の状態を思い出し、座った。
……やっぱ勢い任せに出て行くのも危ないよな。これは仕方ない。
とりあえず能力を十全に使えるように、変身を――!?
「うわっ!?」
試そう、と思った瞬間。手や足、体の先端から骨がなくなったように崩れていく。
だけど痛みや不快感はまったくない、不思議な感覚。
立ったままだったら頭を落として危なかったかもしれない。
そんなことを考えているうちに、スライム化は成功したらしい。
しかし、ここでまたひとつ驚いた。
(周りの様子が分かる!!)
今の自分は頭まで溶けて、目も耳も無くなった。
実際に視覚や聴覚は無くなったみたいだ。
だけど、それを補って有り余るほどの感覚が1つ。
(これが気配? 周りに水があるとか、段差があるとか、扉が歪んでいるとか、生き物でない事も分かる……不思議、だけど今はいい)
便利な分には良しとして、気になったのは……気配が多い。
感知できる範囲にいるだけで、明らかに記憶にある生き残りの数を超えている。
まさか、どこかで生き残っていた集団と合流した?
……いや、ここで生き残りにそんな協調性があるとは思えない。
ならどこかの生き残り、あるいはモンスターに拠点を奪われたか……ん?
(ん~! 遅っ!?)
ちょっと出口に近づきたかっただけなのに、移動が超遅くて一苦労。匍匐前進よりも遅い。
(変身解――ああ、人間に戻った……」
そして普通に歩ける。良かった。本当に良かった。変身と変身解除は数秒を要するけど、念じてすぐに使えるみたいだし、移動は人間の姿でやった方が良いな。間違いなく。
「さてと……っ」
気配を探ってみるが、スライム状態とは明らかに範囲も精度も落ちている。
スライム状態を10とするなら、今は1くらいか……少し先の曲がり角までが精々だろう。
これで何とか脱出を考えないと……
俺はもう一度スライムに変身。
気配を最大限に感じられるようにした状態で、作戦を練る……
■ ■ ■
そんなことがあってから、1ヶ月が経過。
しかし俺はまだ学校のプールの機材がある部屋にいる。
なぜなら、いくつかの注意点を守りさえすれば、学校での生活は外に出るよりも安定していたから。
この1ヶ月で分かったことだが、現在この学校を占拠しているのは、かつての仲間に“子鬼”とか“ゴブリン”と呼ばれていた、緑色の人型モンスターの群れ。
このモンスターは個々の戦闘能力はさほど高くない。……とはいえスライムよりは圧倒的にすばしっこいし強いのだけど、油断しなければステータスなしの状態でも囲まれなければまだ勝てる相手だった。
注意しなければいけない点は数が多いこと。
1匹1匹は弱くても、数の暴力で攻められるとどうにもならない。
おそらくここにいた生き残りは、そうやって連中に殺されたか、拠点を放棄したんだろう。
俺は閉じ込められていたことが逆に幸いした。
幸運だったのは、場所的な事もそうだ。
ゴブリンの大群が学校に巣を作っている、と気づいたときには焦ったけれど、よく観察すると奴らはプールの周囲に近づかない事に気づいた。たまに近づいても水を飲もうとしてやめたり、口に含んでも吐き出して帰っていく。
これは推測だが、消毒用の塩素の匂いが嫌いなんじゃないかと思う。少なくとも人間や動物の飲用には適していないはずだ。
さらにゴブリン以外のモンスターは大量のゴブリンを警戒してか、学校には入ってこないようだし、そのゴブリンも夜になると、見張りと思われる少数を除いて、ほとんどが1箇所に集まり動かなくなる。どうも人間と同じように寝ているようなので、夜間は比較的安全に活動可能。
そこで俺は夜な夜なこっそりと、見張りに見つからない範囲で校舎を徘徊し、緊急時の逃走経路を確保や必要な物資の回収。そしてモンスターの群れにもいじめがあるのか、傷だらけで孤立した奴を見つけたら狩って力をつけることにした。
少しずつだが前よりも戦えるようになってきたし、何よりもう全裸ではない。
今は演劇部から手に入れた時代劇用の着流しと、技術準備室で見つけた安全靴を着用。
さらに校舎には、まだまだ放置された物資や武器・防具になりそうなものが沢山ある。
いつの間にかステータスに“幸運”という称号が追加されていたりしたが、本当にその通り。
モンスターの巣に間借りしている割に、安全で安定した生活が送れている。
この先、世界がどうなるかは分からない。
だけど、希望を捨てるにはまだ早そうだ。
主人公はある程度安定した生活を確保できました。
しかし、彼には今のところ、目的らしきものがないようだ。
さて、今後どうなる……?