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お先まっくら

作者: ゆづる

殺人の表現があります。ご注意ください。息抜きにでも読んでいただけると幸いです。

 俺は新卒者ではない。

 去年の今頃は大学生だったが、就職先を選り好みし過ぎて就職を逃してしまったのだ。まあ、なんとかなるだろう。何の根拠もないその楽観と甘えが、未だに俺が無職たる所以だ。

 去年の俺はことごとく堕落していた。就活よりも合コン、面接よりも旅行や遊びを優先していたのだ。我ながらどうしようもない体たらくだ。そして、優良企業に内定が決まっていると吹聴した合コンで作った彼女には、今年に入って早々に振られてしまっている。俺好みの胸を持った女の子だった。今思い返しても、あの胸が非常に惜しい。

 今更ながら、俺は死に物狂いだ。去年はこんな就職難に遭遇するとは思わなかった、そんな陳腐な言い訳を繰り返しながらひたすら就活に励んでいる。一つ年下の成績優秀な後輩が、今話題の内定取り消しをされたと聞いたときは、同情よりも焦りが俺のか弱い心をかき乱した。 そういう訳で、最早どんな会社でも構っていられない。営業は出来ないとか、フレックスタイム制希望とか、そんな事は言ってられないのだ。ただ、輸出産業が厳しい代わりに輸入なら景気が良いだろう。そんな安易な推測を元にして片っ端から面接を受け続けた。


「お願いですから、命だけは」

 おそらく一歳年下の、新卒であろう男が鼻水を垂らしながら土下座の状態で額を床にこすりつけている。後ろ手に拘束された腕がぴんと伸びて滑稽だ。

「い、いえに、かえ、帰してくださいぃ」

「仕方がないですね。くじが外れたんですから」

 抑揚の少ない、呆れを含んだ声が土下座男を絶望へ突き放した。がちゃりと不吉な音を立てながら銃口が旋毛に押し付けられる。

「いやだぁぁあ。うち、うちにぃー」

 土下座男はがたがたと大袈裟に体を震わせた。綺麗に磨かれた革靴は水浸しになっている。失禁したのだ。既に失禁している者は何人も居るから、最早匂いに顔をしかめる気は毛頭起きなかった。

 引き金に掛けられた人差し指は、迷い無く男の頭を打ち抜いた。ばしゅ、と静かな迫力を持った音と共に、土下座していた上半身が崩れる。

「あぁ……」

 誰もが沈黙に沈む中、俺の右隣の男が気の抜けた声を出した。


 ところで、俺は状況を説明しなければならない。今はとある貿易を生業とする企業の面接中だ。会場には、二人の助かった人間と今十五体になった死体。面接の順番待ちの十二人に、面接官が三人立っている。

 受験者は全員手足を拘束されていて、胸ポケットには年末ジャンボ宝くじが一枚ずつ入っている。くじは会場に入って受付の際に配られた物だ。


「皆さん、はじめまして。株式会社M&A代表取締役の田崎です。この会場に居る全員に宝くじを配っていますが、本日の二次試験は面接とくじで行います」

 茶色がかった短髪にグレーのスーツを着た男、田崎は開口一番そう言った。三十代半ば程に見える彼は、若さの割には貫禄を備えた精悍な表情をしていた。他の面接官の二人は、肉付きのいい背の低い男と、少しがっちりとした体型の女だ。


 それから面接の一貫と、言われるがままに受験者全員が手足を拘束され、何故か田崎は自らの左腕に注射を打った。

 代表取締役の定まらない黒目を見た時、全員が事態の異常を察知したが最早手遅れだった。先ほどの注射器の中身が合法の薬では無い事は、薬の知識を持たない素人目にも明らかだ。

 だいたい会社名からしてちょっとおかしいし、求人票やホームページにもきちんとした業務内容すら記載されていなかった。まあ、そういう会社を受けてしまっている俺も少し問題がある。

 背の低い面接官がこそこそと何かを田崎に手渡した。彼はそれを受け取ると大仰に頷いた。

「面接した上でくじに当たれば採用となりますが、外れれば、」

 受け取った『何か』が、がちゃがちゃと音を鳴らした。

「死んで下さい」

 そう言った田崎は拳銃を掲げて、中毒者らしい顔でへらりと笑った。

 少し問題がある奴らが集まった会場を、水を打ったような静けさが支配した。


 それからは面接と殺しの繰り返しだった。始めは、悲鳴と怒号が飛び交った場内も、今は葬式のようにしんみりとしている。

「はい。じゃあ次は松宮さん、どうぞ」

 田崎がやたら面接官然として言った。縛られているのにどうぞも何もあったもんじゃない。彼は少し薬にやられているようだ。

「あぁ……」

 右隣の男がまた声を上げた。少し先ほどよりも大きい声だ。


 気づけば『松宮さん』は左隣の女性だった。田崎が俺の斜め前、松宮さんの目の前に立つ。見上げると、邪な威圧感を感じた。彼は何人もの人を殺した拳銃を左手に握っている。彼女の次は俺の番だ。

「松宮さん、どうしました?」

 田崎が松宮さんを覗き込む。辺りは血まみれの死体だらけなのに、どうしたも何もあったもんじゃない。

 彼女は二人の人間が死んだあたりからだらりと首を垂れて動かない。おそらく失神しているのだろう。

「松宮さん、面接は棄権ですか?一応、くじを確認しましょう。失礼」

 田崎は松宮さんの胸ポケットからくじを抜き出した。女の面接官に渡すと、面接官はそれを手持ちの書類と見合わせた。

「ああぁぁぁ……」

 右隣の男が声を上げた。今度は感極まったような声だ。ふと男を見ると、漆喰みたいな白い顔をして唇をぶるぶる震わせている。

 ふと、考えた。

 こんな状況なのに俺はやけに落ち着いている。全く自慢にならないが俺は心が折れやすく、すぐに傷付いたり動揺してしまう傾向があった。きっと、新卒とそうでない者の差に違いない。卒業後、親にも頼れず赤貧の暮らしをしているのだ。ある意味、日頃から死に直面しているとも言えなくもないだろう。新卒者はそういう経験をしていない分、甘さがあるに違いない。

「うああぁぁ……」

 右隣の男が今度は縛られた足を踏み鳴らした。パイプ椅子ががたがた音を立てると同時に、左からずしりと重みががかった。

「おぉっ」

 我ながら間抜けな声だ。松宮さんが俺の肩に寄りかかっている。彼女が殺されたのが分かった。

 香るシャンプーの仄かな匂いに思わずどきりとする。もう何ヶ月も女の子と触れ合っていないから、思わずラッキーだとか思ってしまった。しっかりしろ、俺。死体だぞ。

「松宮さん、残念です」

 なんとなく残念そうな声音で、田崎は告げた。微かに火薬のような匂いがする。

「さて、次は」

 女の面接官が名簿を渡すと田崎はそれを眺めた。女の面接官が俺のすぐ前に立っているが、はちきれそうなタイトスカートから出た足を見て、急に豚足が食べたくなった。人間、死に直面すると食欲が増すのかもしれない。

「はい。兼田さんどうぞ」

「はい」

 変わらず面接官然とした田崎に、思わず返事してしまった。最も本人は立派に面接官のつもりなのだろうが。目の焦点が定まらない面接官はそう居ないだろう。

 今になって焦燥感が背筋を駆け回った。やっぱり俺は死にたくない。生きる為に苦しい思いをして就活しているのだから。

「はい。兼田さん。では当社への入社を希望された志望理由をお聞かせください」

 志望理由が死亡理由と聞こえて思わずびくりとした。『松宮さん』の上半身が肩から滑り落ちて俺の膝の上に収まる。

 志望理由、志望理由を答えなければ。考えてきた作文のような文章は頭からすっぽりと抜け落ちている。きっと抜け落ちているのはそれだけではすまされないだろうが。そもそも、この状況で志望理由も何もないだろう。誰が入社を志望するのだろうか。

「就職先に困って、藁にも縋る思いで貴社への入社を希望しました」

 本音だ。仕方がない。だってもう考えられない。死体だらけの会場で死体が膝に乗った状態で、志望理由の模範解答を考えられるほど俺は図太くない。

「なるほど、正直ですね」

 田崎は口だけでうっすら笑った。

「あああぁぁぁ……」

 最早恒例の右隣の男だ。うるさいな。よだれが垂れてるぞ。

「はい。では兼田さんの趣味は何ですか?」

 しゅみ?趣味なんかあるだろうか。強いて挙げれば、

「合コンです」

 これに尽きる。俺の生きがい。ああ、死んだら合コン出来ないな。それは悔やまれる。成仏できないぞ、俺。

「合コン……ですか。なかなか正直な回答ですね。稀有な人材だ」

 何故か褒められた。お前の方がよほど稀有な存在だよ、という言葉をなんとか飲み下した。田崎はどことなく上機嫌に見える。

 それから、意味のない質問と回答のやり取りを幾度か繰り返した。何故真面目に答えているんだ、俺は。薬中相手に。

「じゃあ、最後にくじを見せて下さい」

 きた。

 途端に恐怖が俺を飲み込む。いくつもの死体が転がる中、俺が当選している可能性は万に一つもないような気がした。

 膝に違和感を感じて下を見ると、『松宮さん』の頭が取れたての小魚みたいにぴちぴち跳ねている、と思ったらそれは俺の足が震えているせいだった。

「社長、質問は」

 女の面接官が横から口を挟む。

「ああ、そうだったね。すまない。兼田さん、先に何か質問はありますか?」

 質問だと。聞いて無駄な事なら山ほどある。何で試験がくじ引きなんだとか、外れたからって殺す必要あるのか、面接中に非合法の薬を打つ意味、質問する気も起きない事ばかりだ。

 田崎を見ると、まるでプログラムされたかのような一貫した笑みを浮かべている。そして、彼の胸ポケットには宝くじの一端が覗いている。そういえば彼は言っていた。くじは会場の全員に配っている。

 それを見てふと思った。

「あの、田崎社長」

「なんだい」

 笑みを貼り付けたまま、田崎は女みたいにしなっと首を傾げた。

「田崎社長のくじは当選しているのでしょうか」

 すると、首を傾げたまま考えるような表情をした田崎は、胸ポケットからくじを取り出した。

「さあ、まだ見ていなかった。照合してくれ」

 隣の女面接官はくじを受け取ると、書類を見て照合を始める。

「どうだったかな」

 田崎が女面接官の手元を覗き込むと、彼女は少し眉間に皺を寄せ、言った。

「はずれです、社長」


「それは残念だ」


 田崎は持っていた拳銃の銃口を自らのこめかみに押し付けると、何の戸惑いもなく発砲した。

 バランスを無くしたジェンガの塔みたいに崩れ落ちる体を、女面接官は自然に移動して避ける。たちまち代表取締役の田崎は、床に転がる死体の中の一つになった。

 あまりに潔い田崎の死は意外だった。俺は、権力者は生に執着するものだと思い込んでいた。この潔さが田崎の社長たる所以だったのかもしれない。

「はああぁぁ……」

 左隣の男が溜め息混じりの声を出した。と、同時に『松宮さん』の上に倒れ込む。つまり俺の膝の上だ。二人分の体重に足の震えも治まらずを得ない。

「兼田さん」

 女面接官が威圧的に俺の前に立つ。

「失礼します」

 彼女は少し屈んで胸ポケットの俺のくじを取った。胸の谷間がちらりと覗いたが、気分は少し萎えた。社長が死んでも続けるのか。

 女面接官はくじを照らし合わせた書類を見たまま、何故かマネキンみたいに固まっている。お世辞にもマネキンみたいな体型だとは言えないが。

「どうしましたか」

 背の低い男面接官がやってきて、社長の死体を跨いだまま女面接官に話し掛けた。

 女面接官は震える手で俺のくじを男面接官に差し出した。

「い、」

「い?」

「い、一等です」

 男面接官もマネキンになった。同じくこちらも、お世辞にもマネキンみたいな体型だとは言えない。

 とりあえず、死刑は回避されたらしい。俺は長い溜め息をゆっくりと吐き出した。

 二人の面接官は、ゆっくりと、壊れたブリキの玩具みたいに揃って首をこちらに回した。二人の首からぎりぎりと音がしそうな動作だ。

「兼田さん」

 女面接官が言った。

「はい」

「我が社の代表取締役に就任願います」

 今度は男面接官だ。

「は」

 何を言われたのか理解できず、阿呆みたいに口を開けて二人を見た。膝に死体と失神したおかしな男を乗せたまま。

「これから宜しくお願いします」

 女面接官は体をこちらに向き直して、恭しく頭を垂れた。男面接官もそれに続いた。

「ご就任おめでとうございます、兼田社長」


 ああ、俺の人生はやっぱりお先まっくらだ。




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