けじめ
時を同じくして、二人の魔女は再び相まみえていた。
夜風に晒されていた顔をもたげて、ディアナがゆっくりと立ち上がる。
「見物は終いか?」
頭上から聞こえる怒号や衝撃音が、数刻前から始まった交戦の激しさを物語っていた。人と神の、世界をめぐる一方的な争いは、すぐそこで繰り広げられている。
ディアナはその戦場には現れず、わざとその場から少し離れたこの城の一角で、この来客を待ち構えていた。
「言ったはずじゃ。見届けに来たと」
来客は答える。艶やかな銀の髪に、彫刻のような白い肌、そして深紅の瞳を携えて。
「お主こそ良いのかえ? 大切な『アレクシス』から離れておって」
「あんな雑魚共に、俺のマリーがどうこう出来る訳ねェだろ。俺とマリーにとって一番の障害は……、ジェシカ、テメェだ」
魔女ジェシカは腕を組み、ディアナを見つめ返した。
「成程のう。確かに、お主の言い分も一理あるやもしれぬ」
ディアナの腕の中のぬいぐるみが、五十年前までの彼との生活を、ジェシカの脳裏にありありと思い起こさせる。
平凡とは言い難い、それでいて当たり前だった五百年。その先で、彼と完全に袂を分かつ原因となったあの日の出来事を、一度として忘れたことなど無い。
「じゃが、勘違いされては困る。妾とて、身勝手な理由でマリーを止めた訳ではない」
「止めた、だと?」
ディアナの瞳孔が、怒りに揺れた。
「俺はこの目で見た。勝手に真実を捻じ曲げてんのは、テメェの方だろ」
成人男性の一歩幅の分だけ、二人の距離が近づく。
「テメェはマリーを、その手で『殺した』んだ!」
耳を裂くような怒声に、空気が震えた。
「テメェがマリーを殺したから! こうしてまた、あいつは同じ苦しみを繰り返してんだろうが!」
この五十年の間、ジェシカは何度も、何度も自問した。
本当に、正しかったのだろうか。
あの時の選択は、本当に、マリーの為だと胸を張れるものだったろうか。
「あの時、世界は終わるべきだったんだ。あいつの事が少しでも大切だったなら、少しでも罪悪感があるんなら! テメェは今、俺の前に立つことなんて出来ねぇはずだ!」
見届けに来たとは、よく言ったものだ。自分の発言ながら、ジェシカはその滑稽さに嘲笑した。
彼女はその目で、見なければならなかった。この現実から、逃げるわけにはいかないのだ。
「マリーが大切じゃったよ。だからこそ、妾はマリーの意思を尊重したのじゃ」
繰り返される未来を、ジェシカはあの日、確かに予感した。
ここで世界をつなげても、きっと次の『アレクシス』が現れる。
「その選択が、更なる苦しみを生むと知っていて尚、あやつは死を望んだ」
当然その予感は、マリー本人も抱いていたはずだ。
近い未来、運命は流転し、同じ出来事が繰り返されると。
「じゃからこそ、妾もまた。その苦しみの中を生き、マリーの決断の、その結末を見届けると決めておる」
ジェシカは、怒号の飛び交う上空を一見し、その長い睫毛を瞬かせて、ディアナに再度向き直った。
「例えそこまでの時間が、どれ程過酷なものであったとしても」
「それが、この五十年の中で出した答えだってのかよ」
「これはけじめじゃ。五十年前から、少したりとも変わってはおらぬ」
今度こそ、傍観すると決めていた。
この世界の行く末を傍観する。自分が先延ばしにした結末を、この目で見届ける。
神の兵器たる『アレクシス』の望むままに、進む世界を受け入れること。
それが五十年前、マリーを手に駆けた自分に課せられた、責務なのだと言い聞かせていた。
その結果、五十年前の自分の行動が、否定されることになったとしても。
それが、神の示す運命を討った、ジェシカにとってのけじめだったのだ。
「それなら話は終わりだ、ジェシカ。今、『アレクシス』として動いてんのはアンジエーラの王子。そうだろ?」
ディアナが荒々しく、顎で頭上を示す。
「あいつは、この世界の終わりを強く望んでる。エリィにも止めらんねェ程の意思でだ」
数奇な運命は、再びジェシカを『アレクシス』と引き合わせた。人の姿をした赤子として。マリーとしての一切の記憶を持たない、赤の他人として。
再び現れた『アレクシス』が、この世界に何を望むのか。その決断に、自分の存在が影響を与えることを、ジェシカはどうしても避けたかった。
だからこそ彼女は、エリィに『アレクシス』についての一切の話をしなかったのだ。
このまま運命に気付くことがないのであれば、それはそれで良いと思っていた。
何も知らないまま、平穏な日々の先で、彼と共に新たな結末を迎えることが出来るのであれば。それはそれで、幸せなのではないかとさえ考えた。
「二人目の『アレクシス』……アンジエーラの王子は、マリーとは違う。あいつは、兵器としての使命を全うする」
結果として、エリィが『アレクシス』の因果から逃れることはなかった。
「これが、テメェの求めてた結末だ」
だからこそディアナの言うように、このまま『アレクシス』が世界を終わらせるのであれば、それはそれで構わない。ジェシカは確かに、そう思っている。
「邪魔する気が無ェってんなら、今すぐ消えろ。俺と、マリーの前からな」
それはかつて、家族という関係性を築いたはずの相手に向ける視線ではなかった。顔も見たくない。そんな意思が、彼の冷え切った瞳から伝わってくる。
互いに思い出語りをするような性格ではなかったが、それでもこの瞬間、ジェシカは改めて一つの事実を痛感した。
過去の思い出には、すっかり別れを告げなければならないのだ、と。
自分のことも、ディアナのことも。五十年前に置き去りにした、マリーのことも。
この世界諸共、全てが無に帰して、それで終わりだ。
「結末、か」
そう。このまま、誰も動かずに。
全てが、終わるのであれば。




