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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
8章 愛されなかったこの世界で【ベテルギウス突入編】
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強欲の双子

 ジェシカの元で修行を積み、結果として得た唯一の魔法。

 大嫌いだったこの力が、エリィにとって最大の武器だったのだと気づいた。


 何が出来るのか。どこまで出来るのか。

 誰よりも、この力を理解しているのは自分だ。


(これだけは、誰にも負けねえ自信がある)


 師匠(ジェシカ)でさえ、扱うことの出来なかったこの力が。

 魔力を花へと変える、この力が。


 限界を感じたことなど、一度として無い。


「これが、俺の『進花』だ」


 無数の花弁が、曇天の下で舞った。

 薄紫の中から、少女を抱きかかえたエリィが立ち上がる。


「そんな……、ボクの、力が」

 ピアンタは、既にその少女が自身の手中にないことを知覚していた。

 彼女の中から、自身の力が消えていることを、知覚していた。


 完全に意識を手放したらしいゲルダの両手は、既にドラグニア族としての臨戦態勢を失っている。しかしそれだけではない。


 彼女がドラグニア族であることを示すはずの証が、ない。


 有り得ない。そう理解しているのに、ピアンタの神としての五感が、いや、第六感ともいえる感覚が、()()()()()()()()と告げている。

 正しくは、ピアンタはこの現状を理解出来ていないのだ。

 有り得ないはずの出来事が、目の前で起きている事実を。


「ま、さか……」

「エリィ!!」


 第三の声に、誰よりも過剰反応を示したのはピアンタだった。

 全力で駆けて来たはずの彼の足音が聞こえなかったのは、彼の体が子鼠のそれだからだ。


 この見慣れた姿を目にして、ここまで安堵感を覚えたことは無い。エリィは息を呑み、駆けつけた相棒の名を呼んだ。


「ヨル!」

「ペルドゥ……?」


 しかしそれと同時に、ピアンタもまた、彼の名を呼んでいた。足を止めたヨルは、小さな目をぐるりと動かして状況を把握する。

 彼もまたピアンタと同じように、エリィの腕で眠るゲルダの様子に、多少の違和感を覚えたらしい。

 しかし彼には、ゲルダを労わる時間など無かった。


「ペルドゥ、ねえ、やっと、来てくれたんだ?」

 今にも泣きだしそうなその声に、先ほどまでの怒号が嘘のように感じてしまう。それでも、エリィは警戒を解かずに、まっすぐにピアンタの姿をその瞳に捉え続けた。


「あのね、ボク、頑張ったんだよ」

 地面に足を付き、ピアンタは覚束ない足取りで、ゆっくりと子鼠の元へと歩いていく。


「ペルドゥがね、全てが終わったら、なんて言うから」

 一歩、また一歩と。まるで、初めて一人で歩く子供のように。


「だからボク、少しでも早く、終わらせようと、思って」

 あれほどまでに脅威に感じたはずの少女が、小動物を前にしゃがみこんだ姿は、あまりにも不思議な光景だった。


「なのに、みんなボクの言うこと、聞いてくれないんだ」

 違和感こそあれど、しかしエリィにはその姿が()()()()()()のようにも見えた。


 子が親に許しを請うような。いや、褒めて欲しいと、すがるような。

 それはただ単純に、自己肯定を求める幼い少女の姿のようで――。


「でも、ペルドゥが来てくれたなら、ボクは……!」

「ピアンタ」


 そっと、子鼠の小さな手が、地面に突いたピアンタの指先に重なった。

 その声が、氷のように冷たい。


 多少距離のあるエリィでさえも、その一言に体の芯から震えあがった。

 ピアンタの顔が、引きつった。


 指先から力が奪われていく。そんなことは構わない。そんなことを理由に、その手を振りほどくことなど、したくない。いや、絶対にするものか。

 無理やりに口角を上げたピアンタは、次の瞬間、この決断を心の底から後悔した。


「一言だけ言わせてもらうよ」

 人型を得たヨルの隻眼が、ピアンタの体を拘束して放さない。

 血色のないその顔が、怒りに染まっていた。


「『余計なお世話だ』」


「――――!」

 言葉にならない感情が、ピアンタの心を揺さぶった。そんなわけがない。そんなことを、言われるはずがない。

 だって自分は、自分が欲しい者の為に、ただ動いていただけなのに――。


「なん、で? なんで、なの、ペルドゥ」

 縋るように握った青年の手が、ピアンタの手を握り返すことは無い。

 静粛に、冷酷に、彼はただ、ピアンタを見下ろしていた。


 困惑、遺憾、萎縮。そして、畏怖。

 感情が溢れて止まらない、この感覚は、まさに。


 彼が、ペルドゥオーティ()であった証だ。


「……お前の、せいだ」

 こんなにも近くに、彼は居るのに。

 彼が、帰ってくることは無い。


「お前が、ペルドゥを変えた!」

 予想もしなかった行動に、ヨルさえも対応が一歩遅れた。


 ピアンタは目にもとまらぬ速さで空を駆ける。目指す先に居たのは、ゲルダを抱えたエリィだ。


「返せよ! ボクたちの、ペルドゥを!」

 ピアンタの手の中に、突如大鎌が姿を現した。禍々しく光を放つその大鎌に、エリィは既視感を覚える。


「エリィ!!」

 ヨルの声に、はっと意識を戻す。ピアンタの振り上げた鎌の刃が、目の前に迫っていた。

 避けられないと、本能が悟っていた。


「返せ! ボクの神様を――!!」


 ぐっと瞳を閉ざした瞬間、エリィはゲルダを守るようにその身を捩った。

 冷ややかな無機物が、空間を切り裂いていく。

 エリィの前髪が揺れる。痛みを覚悟するだけの一瞬はあった。


 しかし、そのタイミングを過ぎて尚、覚悟していた痛みがエリィを襲うことは無い。

 目を閉ざした暗闇の世界で、まるで時が止まったかのような刹那が過ぎていく。


「俺たち神が、人間を直接殺すことは禁忌です。忘れたんですか?」


 エリィの耳に届いたのは、ピアンタの声でも、ヨルの声でも、ましてやゲルダの声でもない。


「何のために、そこの女性を操るなんていう、面倒な行為をしたと思っているんです」


 現状は分からないが、脅威は去ったらしい。

 ゆっくりと、エリィがその瞳を開ける。 


「もう良いでしょう、ピアンタ」


 ピアンタと同じ顔をした、桃色の髪の少年だった。その手には、ピアンタが握るものと同じ大鎌を携えている。

 違いがあるとすれば、その刃の色が、朱である事。


「――がは」

 ピアンタの口から、その朱と同じ色が溢れた。少年が鎌を引く。ピアンタの体は、糸が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。


「え……?」

 事の異常さに、エリィの理解が追い付かない。唯一つわかる事と言えば、少年の鎌の色が朱なのではない。

 たった今、朱に染まったのだ。


「どうしてわからないんです」

 少年はその手から鎌を消し去ると、倒れているピアンタの体を抱き上げて、その額に優しく口づけた。


「ぺルドゥが居なくたって、貴方の傍には、俺が居るのに」

 まるで絵画のような情景が、エリィの視界に収まった。その美しさが、恐ろしい。


「……スッピナ」

「俺はね、ペルドゥ」

 ヨルの言葉を拒絶するように、スッピナは矢継ぎ早に言葉を重ねた。


「ピアンタの喜ぶことなら、なんでもすると決めていました。だから、ピアンタが貴方を欲しがるのならば、必ず手に入れなければと思っていた」

 胸部から血を流し続けるピアンタの顔から、スッピナは目を離さない。


「だけど、俺は気づいたんです。ピアンタの望みが、ピアンタの幸せにつながる訳じゃないのだと」

 頬を摺り寄せるように、スッピナはピアンタの顔へ自らの顔をうずめた。


「……ペルドゥは、俺たちの元へは戻らない。そうなんでしょう?」


 立ち上がったヨルが何かを言うより先に、スッピナは彼の疑問に答えていく。


「全てが終わったら、と言いましたね。それはこの世界や、そこの『アレクシス』がどうこうなる日のことではなくて――。貴方が死ぬ、その日を指していた。違いますか?」


 数日前、彼らと顔を合わせたあの日。ヨルは自分の言った言葉を覚えている。

「僕は、君たちと一緒にどこへだって行くよ。……ただし、全て終わったら――、ね」


 なんとも曖昧で、ずるい言葉だった自覚はある。それでもヨルは、その解答が最善であると判断した。

 まさか、このような結果になるとは思いもしなかったが。


 拳を握り締めたヨルは、何も答えない。スッピナが自嘲気味に笑った。


「ペルドゥがはっきりと拒絶してくだされば、ピアンタはペルドゥを諦めると思っていました」

 でも違った。

 ようやく顔を上げたスッピナは、吐き捨てるようにそう呟いた。


「最初から、こうしてしまえばよかった」


 だくだくと流れ続ける血液を救い上げ、スッピナは自身の頬に当てる。

「苦しかったでしょう、ピアンタ。もう大丈夫ですよ」


 外気に晒され、温もりを失った双子の血液に頬を染め、スッピナは恍惚とした笑みを浮かべていた。


「これでもう二度と。君の悲しい顔を、見ないで済む――」

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