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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
8章 愛されなかったこの世界で【ベテルギウス突入編】
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人ではない何か

 細い体が宙を舞う。床にたたきつけられた体が、瓦礫の中を転がった。

「あ……ッ!!」


 耐え難い痛みに体が軋む。それでも追撃を避けるために、ニーナは体を動かさなければならなかった。立ち上がり、倒れ込むように体を避ける。手をついた先に待っていた瓦礫で、彼女の手のひらが切れた。


 衝撃音と風圧の中で、ついさっきまでニーナが倒れ込んでいた土地がえぐれた。周囲の瓦礫をかき集め生成された巨大な杭が、一直線に空から落下したのだ。

 元の威力に重力が加わり、その杭に当たっていれば間違いなくニーナの体は粉々に砕けていたことだろう。


 ぞっとする暇もなく、ニーナの体には更なる危機が迫っていた。次は杭なのではなく、より神々しいなにかが彼女に向って飛んできていた。ニーナは力の限りを振りしぼり、手にしていた剣を構える。耳を割くような衝突音と、びりびりと体に走る衝撃。押し負けた皮膚が更なる亀裂を生み、どくどくと鮮血が流れ落ちていく。


 周囲を囲む炎の一部が、矢となってニーナに襲い掛かったのだ。何度もこうして防いできた攻撃だったが、遂にニーナの体力が尽きた。


「――ッ!!」


 弾き飛ばされた体が、再び地面を転がっていく。どうにか動きを止めたニーナは、その背に冷ややかな空気の流れを感じて戦慄した。

 振り返らずとも分かる。背の先にあるのは、この戦場の端。少しでも後退すれば、その体は地上へ向かって落下する。


 この場所が地上からどれ程の距離を持つのかなど、正確に把握出来ていない。

 だが、ここから落ちれば待っているのは死。意識を朦朧とさせたニーナでも、それだけは漠然と理解することが出来た。


「っく、ゲホッ、は……」

 こみ上げた不快感にせき込むと、彼女の口から溢れたのは紅だった。


「――――ッ」

 内臓がどこかやられたのだろう。全身に感じる痛みがどこからくるものなのかを、ニーナは判断することが出来ない。


「諦めはついたか」

 その体に近づいたダリアラが、吐き捨てるように問いかけた。


「……私の想定以上の時間が経過した。お前の健闘を称えよう」

 かすんだ視界の先に、金の双眸。その奥で燃え広がる赤、夜空を照らす丸い月。


「世界は終幕を迎える。だがその前に、『アレクシス』たるこの私の手で、お前を先に()()()()()やろう」


 ふわりと、頬に暖かな感覚を感じた。双眸が、近づいていた。

 美しい。そんな言葉が、不思議とニーナの脳内に浮かんだ。


「何してんだ、クソ兄貴!!」


 その声が、ニーナの意識を現実に引き戻した。その美貌に心を奪われていた一瞬の間は、体の痛みを忘れられていたというのに。


「っ、く……」

 目の前に在ったものは、鑑賞し、感嘆の吐息を漏らすべき彫刻などではない。

 体の意たるところからこみ上げる痛みが、ニーナにそう警告していた。


「お前、そいつがステラリリアだってわかってねェのかよ?!」

 少女のあまりに無残な姿を見て、ハイドラの顔面が蒼白を帯びていく。


「……私が、彼女を判別出来ていない、と?」

 ニーナから離れたダリアラが、ゆらりと振り返った。その姿に、ハイドラとその後ろに並ぶアルケイデア兵が息をのんだ。


「馬鹿なことを」


 決して美しいとかいう感情のせいではない。

 それが人ではないと、察したからだ。


「……これが、世界破壊兵器、『アレクシス』」


 階を上へと進む程に、フランソワは言い様のない威圧感が強まっていくのを感じていた。その大元を前に、その圧力が想像以上の物であったことに気づかされる。


「私は誰よりも、彼女を愛していた。彼女だけが、私の理解者だった」

「だったらなんで、そんな事してやがる!」


 喉が裂けるのではないかと心配になるほどに、ハイドラは声を張り上げ叫んでいた。

「お前が! なんでソイツを傷つけてんだよ!!」


 曇天が、一層彼らに近づいていた。

 何も答えないダリアラに、ハイドラはしびれを切らしていく。

 せき込むニーナは、細く開いた視線の先で、ダリアラの背と、その先のハイドラの姿を捉えていた。


「ハイドラ殿下! 攻撃を開始します!」

 ニーナの姿を一度たりとも見たことのない兵はこの場に居ない。一人のアルケイデア兵が、苛立ちを隠せていない様子で声を荒げた。


「かつては主君だったとしても、奴は最早祖国の敵! 我々は殿下の意向に従い、ダリアラ・アルケイデア・アンジエーラの討伐へ動きます!」

 彼に続くように、兵士が次々と剣を構えていく。

「そうです! これ以上の対話は望めません!」

「仲間と祖国の仇、取らせて頂きます!」


 ハイドラの前に進み出たのは、アルケイデアの兵だけではない。

「この刃、我が祖国のため。そして、共に戦場に立った、隣国に生まれし戦友のために!」

「ダリアラ殿下。我々もまた、我々がここへ来た目的を果たさねばなりません!」

 兵士達に並ぶように足を進めたのは、ミエーレの騎士たちだ。


 中でも血の気の多い一人のアルケイデア兵が、剣の先にダリアラの姿を捉える。

 動こうとしないダリアラに苛立ちを覚えたのか、その兵士が一歩足を進めた。彼の顔に、フランソワは見覚えがあった。


 アルケイデア城へ偵察に向かい、そのまま帰ることのなかった仲間を、一番に探しに向かった兵士だ。

 この場に居る誰よりも先に、彼らの死体を目にした男。


「御命、頂戴致します!」


 その体から感じる殺気は、フランソワでさえ身を固くする程。精鋭部隊に残った上、ハイドラへ進言出来うる彼の剣の腕前は、フランソワも良く知る処だ。それでも。


「っおい、待――!」

 ハイドラが静止の声を上げた時には、彼は既に地面を蹴っていた。


「やあァァァァァっ!」

 素早い動きと、迷いのない太刀筋。

 その剣はまっすぐにダリアラの懐に入り、その腹部を一刀両断にした。


 息を呑んだのはハイドラだけではない。

 斬った。誰しもが確信した。


 剣を握った本人にも、その感覚があった。


 はっきりと、両手に感じていた。


 まさか、こんなにもあっけなく――。



「後ろだ!!!!」



 声を張り、フランソワは手を伸ばした。

 瞬時に変形したその手の平が空間を押し、風圧は空気の弾丸となって彼の背を押し飛ばす――はずだった。


「    」


 彼は、断末魔の一つも発せられなかった。


 彼が切り裂いたダリアラ「だったもの」が、色素を失い崩れていく。

 誰もがダリアラだと信じて疑わなかったそれは、瓦礫が積み重なって出来た――紛いものだったのだ。


 そんな確認すら、彼は行うことが出来なかった。


「脆いな……、人間」


 本体ともいうべきダリアラは、突如兵士の後ろへ姿を現し、その頭部を払いのけた。

 倒れていく。

 頭を、脳を失った、首から上のない――()()()()()()が。

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