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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
1章 そして、二人は巡り会う 【『アレクシス』捜索編】
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兵器『アレクシス』

「その翼、アンジエーラの翼だったのか!」

 確かに彼女のハーフツインの髪は、この辺りでは見ない薄水色をしている。見ない種族だとは思っていたが、それも当然だろう。アンジエーラ族とは、エリィの住まうこの国には居ないはずの存在なのだ。


 ザデアス間での争いがまだ激しかった頃、アンジエーラ族は力を持たないヒトを主に味方につけ、他のザデアスとの差別化を図った。争いに勝ち残ったアンジエーラ族は、その後も異なるザデアスとの共存を拒み続けている。

 現在のアルケイデア王国が、ミエーレ王国よりも小規模かつアンジエーラ以外のザデアスが殆ど住んでいないのはそのためだ。


 それ故現在もアンジエーラと他のザデアスたちの溝は深く、ミエーレ国にアンジエーラ族の者が近づいたという話はまず聞くことはない。

 アンジエーラ族の中では、異なるザデアスとの接触は禁忌にも等しいとさえ言われているようだという話を、エリィは聞いたことがあった。


「なんでそのアンジエーラが、この国に」

 困惑のままに言葉を発したエリィだったが、少女が気まずそうに泳がせた視線は、何を捉えるわけでもなく彼女の不安を更に目立たせている。


 そんな二人の様子に、ゲルダが困ったように笑った。

「こちらこそ、さっきは突然ごめんなさい。私たちも身を守らないといけないからね。私はゲルダ、そっちは幼馴染のエリィ。あなたの探し人、もしよかったら教えてもらえないかな?」


 戸惑った様子で顔を上げた少女に、ゲルダが笑いかける。その後ろでエリィが呆れ気味にため息を吐いて、しかし特に苦言を呈することもなく少女へと視線を向けた。

「アンジエーラなら、この国で自由に動くのは難しいよね。あなたの探している人がミエーレの人なら、もしかしたら私たちの知り合いかもしれない。そうしたら、力になれるかもしれないでしょ?」


 言葉を発することに躊躇いを見せる少女が、その薄い唇の間から細い息を吐く。人見知りなのか、警戒心が強いだけなのかわからないが、突然襲われたのはこちらだ。なぜこうも相手側に怖がられなければいけないのかとエリィが頭を掻いた。


「何を不安がってるのか知らねーけど、まあ安心しろよ。俺は魔女の使いだ。ジェシカの名前、聞いたことくらいあんだろ?」


「魔女の……ジェシカの、使い?」


 想像以上の反応に、エリィが頭を掻く手を止める。少女が驚きと興奮に息を飲んだのがわかった。

「なんだ?」

 少女が困惑した様子で視線を揺らし、そしてその薄い唇を動かす。


「その魔女、よ。私が、探していた人」


「……はぁ? ジェシカを探してんなら、なんでさっさとノブルに来ねーんだよ」

 まさか自分の主の客に、命を狙われる日が来ようとは。驚きのままに目を丸くしたエリィだったが、少女はどこか言い辛そうに視線を泳がせている。


「……ノブルという場所が、どこかわからなくて」


 更なる驚きに言葉を失ったエリィの代わりに、ゲルダがああ、と頷いた。

「そっか。ミエーレに来たのも、今回が初めてなんだね?」


 遠慮がちに頷いた少女にうんうんと髪を揺らし、ゲルダはくるりと振り返ってエリィを叱咤した。

「もう、エリィもう少し優しく! エリィだって突然アルケイデアに行ったら、わからないことだらけでしょ!」

 両手を腰に当てたゲルダのお叱りの言葉に、エリィが眉を寄せる。とはいえ目的があってミエーレに来るのならば、地図くらいは調べておくべきではないのかとも思ってしまう。


 しかしこれ以上エリィが何かを言えば、ゲルダは更なる言葉をぶつけてくるだろう。

 エリィはため息交じりに「わかったよ」と返すと、再び少女へと視線を向けた。


「そしたら、あんたの依頼を聞かせてくれよ。なんかしらの依頼があってジェシカを探してたんだろ? あんたの目的がはっきりしたら、この剣も返してやる」


 顔を上げた少女に、エリィが手にしていた剣を掲げて見せる。細見の剣が、夕日に照らされた。

 余程手入れが行き届いているのか、それとも殆ど使用されたことがないのかはわからないが、その刃は随分と美しく輝いている。


 尚もこちらへ不信感を向ける少女に、エリィは再びため息を吐いた。


「害がないって分かりさえすれば、今からお前をジェシカの元に連れて行ってやるって言ってるんだ。俺たちは『なんでも屋』だけど、流石に誰かを暗殺してくれだとか、死者を生き返らせろとかそういうのは受けらんねーからな。それとも、そう簡単に話せないような依頼内容なのかよ」


 少女は自身の中で、拭いきれない不安と葛藤しているようだった。エリィを見上げ、ゲルダへと視線を向け、再びエリィの手元の剣を見遣る。


「私は……」

 歯切れの悪い答えの後、少女は再び思考を巡らせ口を閉ざす。

 そんな依頼を届けに来たようには到底思えない。なにか他に言いにくい理由があるのだろう。


(俺がジェシカの使いだって、信じてねーのか……?)

 エリィは少し迷った後に、剣を持っていない手を少女へと差し出すと、ぐっと自身の手を握りしめた。

 彼の行動の意図が掴めずにその様子を見つめていた少女の目の前に、握りしめた手からはらりと一片の花弁が舞い落ちる。


 驚いた様子の少女の前でその手を開き、中から溢れた花びらを少女へと放り投げた。

「……っ」

 いくつもの花びらが少女の頭や肩に落ちる。広げた少女の両手の上に、何枚かの薄紫が乗った。その花びらは風に揺らめいて、やがて先ほどの少女の翼と同じように、空中へと霧散していく。


「魔、法……?」

「これで信用出来たか? 嘘なんかついてねーから、安心しろって」


 どこか不満そうなエリィに、ゲルダがふふと笑みを零す。本来であれば、もっと派手な魔法を見せつけたかったのだろう。

 しかしエリィの表情とは対照的に、少女は既に何も残っていない自身の手のひらを見つめ、その瞳を輝かせていた。


「確かにジェシカは変な奴だけど、信用だけは出来るぜ。もちろん、俺のことも信じてくれよ。変な事したらあのばばあに何されるか、わかったもんじゃねーからな」

 なぜこうも警戒するのだろうとエリィは首を傾げる。警戒心が強いのは種族の特徴なのだろうか。


「…………ごめんなさい、信用していない訳じゃないの」

 そんなエリィの行動に決意を固めたのか、やがて少女は顔を上げ、口を開いた。


「私はニーナ。とある兵器を探して、この国に来た」

 エリィは一度ゲルダと顔を見合わせて、再び少女ニーナの顔を見る。


「兵器?」

 なんだかキナ臭い気がしないでもない。危険な内容ならば、ああは言ったものの受け入れは一度考え直さなければならないが。そんな考えを起こしたエリィの気を知ってか知らずか、ニーナは彼の返答を待たずに言葉を続けた。


「『アレクシス』」


 彼女は小さく、呼吸を挟む。


「世界を破壊に導く、兵器『アレクシス』。その捜索と、破壊を依頼したいの」


 聞き覚えのないその名に、エリィは不思議な胸騒ぎを覚えるのだった。

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