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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
8章 愛されなかったこの世界で【ベテルギウス突入編】
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蚊帳の外だった少女


「偵察班合流! 応戦します!」


 合図を受け取ったハイドラ・フランソワ率いる小隊は、アルケイデア城で例の獣と交戦していた。

 彼らとて、ただエリィの目覚めを待っていた訳ではない。多大な数の負傷者は気合で体力を回復し、再び前線に立っている。


 彼らの原動力ともなっている感情は、この世界を守らんとする正義感だけではない。今も尚、城内に残された仲間の遺体を思えば思う程、彼らの動きは獰猛に、強力になっていく。


「聞け! 絶対に、とどめを刺すな!!」

 最前で剣を振るうハイドラが、偵察班に対して声を放った。

 一瞬の動揺を見せた兵に、近くで戦っていた騎士が首を振る。その男もまた、腑に落ちないといった顔つきだ。


「ただし、どうしようもない状況になったら――、自分の命を最優先に動け! その時は、俺の言葉は忘れていい! 躊躇わず、息の根を止めろ……!」


 ハイドラの声に眉をひそめた兵士だったが、誰一人としてハイドラに苦言を呈す者はいなかった。彼の声からは、悲痛にも似た感情がにじみ出ていた。

 今は言えない事情があるのだろう。それを問いただすのは、全てが終わってからでも充分だと。進み続けた兵騎士には、そう考える余裕さえあった。


 いや、決して彼らに余裕があったのではない。

 そう考えることで、無理やりにでも余裕を感じようと必死だったのだ。


 荒れ狂う空の下で、この先の未来に希望を持たなければ、彼らの足は今にも止まってしまいそうだったのだから。


「障害、撃破!」

「進むぞ!」


 意識を失い足元に倒れ込んだ獣を後目に、ハイドラは駆けだした。

 彼に続く小隊の殿は、フランソワが受け持っていた。


「申し上げます、王子。やはり殿は、わたくしが受け持ちます」

 わざと前の兵士から距離を取った一人の騎士が、やや言いにくそうに隣に並んだフランソワへと告げる。


「危険だから、かな?」

 返り血を浴びた顔に笑みを浮かべたフランソワの姿に、騎士は静かに背筋を凍らせた。


「大丈夫だよ。そんなことは、この部隊のどこに居たって変わらないし。なにより、僕は君より強いからね」


 フランソワよりも年齢を重ねた騎士であっても、そんな言葉を前に、否定など口が裂けても言える訳がない。当然、フランソワもそれを理解した上でこう答えているのだ。

「失礼致しました」


 うんうんと頷いたフランソワに背を向け、騎士は前を進む小隊の中にまぎれた。

 フランソワはその姿を見届けると、血液の匂いに眉を寄せ、足元に視線を向ける。真っ白な毛並みを紅に染めて、三体の獣が床に接吻していた。


(あばらを数本。……足と鼻骨、あっちは鎖骨もいってそうだ)


 即座に、そして淡々と検視結果を並べながらも、フランソワがその足を止めることは無い。

 ハイドラの言葉に対して兵騎士が浮かべる疑問の答えは、彼だけが持っている。


(言ってしまえば楽なのに)

 同じ言葉を、フランソワは出撃前のハイドラへと投げつけていた。

 しかし彼は首を横に振り、「知らなかったとはいえ、彼らが仲間を殺した事実を知る必要はない」と答えた。


 大広間で息の根を止めた獣の数を、フランソワは覚えていない。

 一方で、大広間を出た先の廊下に残されていた遺体の数は、その一人ひとりの顔と名前でさえ、鮮明に記憶していた。


 今、目の前に倒れ込んでいる獣は、三体。

「三体……」

 数えてしまう。獣の姿が、人の姿に見えて仕方がないのだ。


 進行方向には力の抜けた獣の腕。フランソワは長い足を上げ、その腕を跨いで行く。


「……失礼」

 名も知らぬアルケイデア兵。

 一言小さく呟いて、その続きの言葉は心に落とした。


   * * *


 一方、アルケイデア城から少し離れた民家の玄関に、そわそわと城を見つめるゲルダの姿があった。


「う~ん」

 意気揚々と軍に続こうとしたゲルダへ、ここに残るよう指示したのはフランソワだった。万が一エリィやニーナがここへ戻った時、現状を伝える役割を担ってほしいと。


 重要な役割だと説得されゲルダは快諾したが、今となってあの時頷いた自分を呪っている。

 エリィもニーナも、ヨルやジェシカでさえ、彼女の前に姿を現すことは無い。加えて獣による襲撃や隕石の落下が近場で起こるわけでもなく、ゲルダはただこの場で立ち尽くす事しか出来ないのだ。


 これでは自分がここまで来た意味がないと歯がゆく思う一方で、エリィたちだけではなく、城から逃げてきた負傷者の手当を担うためにも、自分が最前線に加わる訳にはいかないのだと。現状に納得しようとする自分もいる。


「こんなことになるなら、もう少し薬品を持ってくればよかった……」


 近くで手に入る限りの木の枝や、民家内に保管されていた衣類は一か所に集め終わっている。しかしこの荒れ果てた土地で、薬草のような物を発見するには至らなかった。

 そんな中でも、出来得る限りの準備を終えた今。ゲルダはただ、戦場に立つ彼らを想って、無事を祈る他に出来ることは無い。


 『アレクシス』として世界の存続を争う、エリィとダリアラ。それを止めようとするニーナ。国を守るために剣をとる二人の王子。エリィを守るために戦うジェシカとヨル。


 どの勢力にも、自分が入る隙は無いように感じた。

「……そもそも私は、この戦いに直接関係がある訳じゃないしなあ」


 無理を言ってついてきたことは百も承知だった。一人になって戦火から離れた今、落ち着いてここ数日の記憶を思い起こせば、自身が部外者とも言える立場に居ることを改めて思い知らされる。


 自分に出来ることは、戦う彼らの帰りを待つことだけ。

 その場所が、彼らから遠いか近いかの差でしかないのだろうか。


 世界滅亡なんて現実味のない話に、自分が関わる隙なんて――。


「本当に、そう思う?」

「っ」


 突然の声に幻聴を疑うが、現実に聞こえた声のようだった。暗闇の中から、不思議な気配を感じる。

 ヨルだろうか。明らかに声色は異なっているのに、ゲルダは最初、不思議とそう思った。


 目の前にふわりと降り立ったのは、桃色の髪の少女だった。


「こんにちは。『マリー』により近いヒト」

 本能的に、ゲルダは彼女から距離をとった。後ろに跳ねた彼女の背を、誰かの両手が受け止めた。


「誰!?」

「あの、突然すみません……!」


 ひやりとした感覚が、その声の主が人ではないことを示している。振り返った先には、少女によく似た顔を持つ、少年の姿があった。


 ゲルダは双方から距離をとるようにゆっくりと後ずさり、その両手の形をゆっくりと変化させていく。

「……私に、何か用?」


 不可解ばかりだ。彼らは何か、『マリー』が何なのか、ゲルダは何も知らない。

 それでも、体内で震える程に警報が鳴っていた。

 全身の毛が逆立つような、否応にも膝を折りたくなるような、不快感。


「怖がらないで!」

 無邪気に笑みを浮かべる少女の足は、地表から離れふわふわと浮遊している。


「ボクたちは、君を殺したりしないからさ!」


 いつの間にか少女の顔から、笑みが消えていた。


   * * *


 誰も居ない民家に、額に汗を浮かべたヨルが飛び込んだ。早まる心拍が、次第に収まっていく。

 生命を感じた。同じ種族を、ここで感じた。


 残り香がある。ここに、あの双子が居た。ヨルは確信していた。


「……」

 様子を見る限り、軍は既にここを発っていたらしい。最悪の事態は逃れたと胸を撫でおろすが、内部の状況にヨルは眉を寄せていた。


 彼はエリィに、この世界の先を託している。だからこそこの世界の未来に、『アレクシス』の手ではなく、人の手でもない力が介入することが、ヨルは何よりも許せなかった。

 だからこそ自分やジェシカは、これまでの間、必要以上に『アレクシス』へ関与しなかったのだ。


 不自然に積まれた木の枝と、破って包帯のように整えられた衣服。

 そしてその傍に置かれた小さなバッグに、ヨルは見覚えがあった。


『今度また、私の栄養満点おにぎりあげるからね!』

 そう言った彼女が、いつも自作おにぎりを詰めていたカバンだ。


「……まさ、か」


 嫌な予感とは当たるものだ。ジェシカはよく、そう言っていた。

 その言葉が脳裏をかすめた時、頭が考えるよりも先に、ヨルの体は動いていた。

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