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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
7章 未来は君のためにある 【ベテルギウス突入編】
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意志を持った兵器

「マリー!!」


 僕の肩を、誰かが力強く抱く。

「しっかりしろ、なあ!!」


 狭まった視界に、誰かの顔が映った。その顔は傷だらけで、髪も随分とぐちゃぐちゃだ。それでも、僕の肩を抱くその両手は、執拗に僕を締め上げていた。


 痛みは、感じなかった。


 『マリー』。

 その言葉が、僕の意識の全てを捉えて離さない。


 それは名前だ。

 彼は、誰を呼んだ?


 それは僕だ。僕の名前だ。


 違う。僕はアレクシスだ。

 僕は。僕は僕は僕は僕は。


「!」

 背後に、人の気配を感じた。


「――――」

 僕を刺した張本人だ。彼女は、『アレクシス』を止め、世界の破壊を阻止したのだ。それでも彼女は、何一つ喜びの言葉を発しない。


 なぜかと、考える必要はなさそうだった。


 この行動は、僕のためなのだと知っている。

 僕が、彼女に、頼んだのだ。


   * * *


「僕を、『アレクシス』を、殺害するようにと、僕はジェシカへ依頼します」


「胸部の臓器を、破壊するように依頼します。その結果、人間と同じように『アレクシス』は停止します」


「僕は、二人を、二人が生存する、この世界を――」


「消し去る未来を、望みません」


   * * *


 ぐるぐるぐるぐると。回る、湧き上がる。


 なんだ、この声は。これは、僕の声だ。

 覚えている。思い出していく。


 欠落した、幾つもの記憶が――。

 そうだ、僕は。僕は。


「妾に任せておけ、マリー」


 欠落したんじゃない。僕が、『マリー』が、しまい込んだのだ。




 草原で、彼らを利用していることを謝った。


 何度も、ディアナに家族だと言われて喜んだ。


 船の上で、これから起こる未来に不安を覚えた。


 この大陸に来て、僕は二人との別れが近づいたのを感じて――泣いた。




 僕が眼鏡をかけていた朝、ジェシカの指がが僕の頬をなぞったのは、その痕があったのだろう。

 ディアナが日に日に気分を害していたのは、きっと僕のマリーになる頻度が増えていたことを懸念していたのだろう。


 いくらでも溢れてくる。思い出す。

 これはすべて、僕が自我を持ってから、今この瞬間までの全ての記憶だ。


 まるで事細かに書き記した、絵日記を読んでいるかのように。

「――ぁ」


 そうだった。

 忘れようと努力し、実際に思い出せないようにしたのも、自分自身だ。


「マリー……!!」

 僕は、その名前で呼ばれることが、大好きだった。……今も。


 どうして忘れていたのだろう? どうして『マリー』としての全てを、しまい込んでいたのだろう。

 簡単な答えだ。


 アレクシスである僕は、生まれた意味を果たすため、この短命の意味を示すため、この世界を破壊したい。

 体験した死の香りを、これ以上生まないために。

 この世界の人との関係を諦めた、神の意志を示すために。


 それでもマリーは、彼らが大切だった。

 この世界を、彼らの居場所を、壊したくはなかった。

 でも、そうしたら。


 僕は一体、何のために――?


「あ、ぁ……」

 だから僕は『マリー』を封印したのだ。何度も表面に現れ彼らと会話をしては、そのすべてを消し去って『アレクシス』に戻る。


 僕が、『兵器()』であるために。


「……ディア」

 そこまで言って、喉奥からこみ上げる何かに咽てしまった。口内に広がる生暖かさが、僕の体を震わせる。


「いい、喋るな!」

 その言葉に甘えるつもりは無かったが、僕は彼に従うしかなかった。改めて言葉を発せば、次に溢れるのは血液だけでは済まないかもしれない。


「クソ、どうにか、どうにかなんねーのか!」

 意識こそ朦朧とするが、この程度の傷で神は死なない。

 彼もまた神を師に持つ男だ。そのくらいは、知っているだろうに。


 ……どちらにせよ、僕はもうすぐ死ぬはずだったのだけれど。


「くそお……ッ!」

 自分の衣服を破って、僕の胸元に押し付けてくる。止血のつもりだろうが、背部から溢れる紅には対応出来ていない。


 なんて、無意味だ。


「マリー!!」

 僕にはもう、この世界を壊す力は残っていない。

 それでも、このまま消えてなくなりたくはない。


 ジェシカは、一歩遅かった。『アレクシス』は、破壊の扉を開けてしまった。

 ほんの少し、鼠一匹さえも通ることの出来ない隙間から、終焉が溢れる様子が見えた。


 この先も、彼らが生きるこの世界に。こんな中途半端な破壊を、残したくはない。


 だが、その前に。

 僕は今ある力を振り絞って、顔を背後に立つ人間へ向けた。

 真正面から彼女を見ることは出来ない。それでも視界の端にどうにかその銀髪を映して、ゆっくりと、唇を動かした。


「……!」

 ジェシカの表情を、もう、僕は見ることが出来ない。


「ッ、マリー……?」

 ディアナは『マリー』の意志をくみ取って、『アレクシス』に協力してくれた。

 記憶をしまい込んで、兵器の使命を全うしようと決意した『マリー』に。


 そんな彼を裏切るような形になってしまう。

 僕の意志が、弱かったばっかりに。


「…………っ」

 どうして声が出ないのか。僕は、神なのに。


 もしも僕が、ただの人間としてこの世界に降り立ち、彼らと出会っていたら。

 もっとずっと、彼らと共に、生を楽しめただろうか。


 アレクシスではなく、マリーとして。


「嫌だ、マリー……!!」

 それでも僕は今、『アレクシス』であることに喜びさえ抱いている。

 だから、泣かないで欲しい。


「ァ、って……」

 だって、だって。



「俺が『アレクシス』だったから、二人を守ることが出来たんだ」



   * * *


 隣に立つマリーがほほ笑んだ。


「そう。僕はこの時初めて、『アレクシス』であることを誇りに思いました」


 隣で、赤い髪が揺れている。

「僕は神である誇りを放棄したけれど、その代わりに、彼らに人としての喜びを教えてもらいました」

「……お前のことは、よくわかったよ。でも、なんで俺を呼んだんだ?」


 腕を組み、エリィはマリーに向き直った。

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