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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
1章 そして、二人は巡り会う 【『アレクシス』捜索編】
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アンジエーラの少女

「ゲルダ!」

 エリィの声が響く。ゲルダが地面に手を付くよりも先に、第三の刃が空を切り裂いた。

「……!」

 突如現れた殺気に、その相手は剣を引き後方へと飛ぶ。

 ほんの少しの反応の遅さが、深くかぶったフードの端を切り裂いた。


 着地した相手は翼もそのままにその顔を露わにし、恨めしそうに第三の刃であった鎌の持ち主――ヨルを睨みつける。


 溢れ出した長い髪と淡いクリスタルの瞳を持った、エリィと同じほどの年の少女だった。

「ゲルダ、こっちだ!」

 座り込むゲルダの元へと駆け寄ったエリィが、形状を普段の状態に戻した彼女の腕を掴んだ。状況を理解しきれていないらしいゲルダに大丈夫だと頷いて、半ば無理やり彼女を立ちあがらせる。

「あの人は?!」

「ヨルだ! あいつの人の姿を見るのは初めてだったな、説明は後で!」

「えぇっ?!」


 宙に浮く青年の背中を動揺の中で見つめながら、ゲルダはエリィに連れられるがまま教会の影へと駆け込んだ。

 少女の姿を面倒そうに見つめながら、暗い表情のままヨルは深いため息を吐く。太陽は未だ地上を照らし、近くにジェシカはいない。エリィの魔力は頼りにならないこの状況で、ヨルは人の姿を維持するだけで体力を必要以上に消費してしまう。


「僕、こういうの苦手なんだけど……」


 しかし、そんなヨルの様子などお構いなしだと言うように、少女は再び地面を蹴った。彼の懐に潜り込むように低い姿勢を保つが、残念なことに彼の体は空を自由自在に動くことが出来る。

 ヨルは質量を失ったように細い体を少女の頭上まで持ち上げ、足を振り上げて少女の肩に片手を置く。大きく回転しつつ彼女を飛び越えると、その体勢のままで手にしていた巨大な鎌を右から左へと薙ぎ払った。


 少女は瞬間的に足を開いて膝を曲げ、地面のギリギリまで上半身を下げた。少女の翼を鎌がかすめ、いくつかの羽根が舞う。

 少女視線が空へ向いた直後、その鼻先をヨルの鎌が通っていく。脅威が去った途端、少女は再びヨルへと飛び込んだ。

 今度は空中戦だ。


 ヨルは自身へと突き出される剣先を空中で華麗にかわしながら、相手の動きを観察した。どうやら空中を持ち場とする相手との戦闘は、まだまだ経験が少ないらしい。ゲルダとの戦闘中よりも明らかに動きの鈍い少女の様子を、ヨルは冷静に認知していく。

 大道芸のようなヨルの動きに翻弄される少女の剣捌きは、少しずつ焦りでその正確さを失っていった。

 ここまでか、とヨルは相手の限界を感じ、鎌を握る手に力を籠める。両腕で力の限り振るった鎌の衝撃は、ついに少女の手から剣を弾き飛ばした。

 その衝撃に驚いた少女が地面に尻餅をつき、数メートル先に落ちた剣を目で追った。


 その隙が、命取りだった。

「――終わり、だよ」

 ヨルは少女の首へと鎌の刃を掛けた。今ヨルが鎌を引けば、少女の首は永遠に胴体と決別することになる。

 勝敗は決した。


「あなた……」

 得体の知れないものを見るように、少女が眉を潜めてヨルの顔を睨む。ヨルは視線を天に向け、困ったように二度目のため息を吐いた。


「終わったか、ヨル!」

 少し遠くから、エリィの声が聞こえる。ヨルは「うん」とエリィに聞こえるギリギリの声の大きさで答えた。陰から様子を見ていたエリィはヨルの返事を聞くと、呼吸を整えたゲルダを連れて二人の元へと近寄る。途中、草に埋もれた少女の剣を手に取りながら。

「僕もう、無理……」

 その様子を確認したヨルの手から、鎌が消え去っていく。ぐらりと空中で保たれていた彼の体が崩れ、やがて小さな鼠がぽとりとその場に落ちた。


「ヨルちゃん……!」

 エリィの影から駆け出したゲルダが、鼠姿に戻ったヨルを両手で抱き上げる。多少苦しそうな表情ではあるが、その呼吸は正常だ。眠っている様子のヨルに、ゲルダはほっと胸を撫でおろした。

 自身を縛り付ける脅威がなくなった今も、刺客である少女はその場で座り込んだまま動かなかった。

 ただその視線だけは、小さくなったヨルではなく、自身の剣を持つエリィへと向けられている。


「…………」

 揺れる瞳に捕らえられたエリィが、ごくりと生唾を飲み込む。それは殺意ではない。なにか、もっと不思議な感覚を向けられているのだと分かった。

 今も尚その存在を主張する純白の翼が、彼女の正体を露呈している。


「……コレ。返してほしいなら、俺達を襲った理由を言えよ」

 手にした剣を見せつけるように前へと差し出しながら、エリィは細心の注意を払いつつ少女へと問いかける。少女が突然何かしらの方法で自身へ攻撃を仕掛けても、初手を避けられるだけの距離を保ちながら。

「俺達をつけてたのか? 狙いはゲルダか、それとも俺か?」

 警戒の視線を向けながら、ゲルダが手の中のヨルを庇いつつもエリィの傍に寄る。


 少女の体全てを覆うようなフード付きの布の下からは、美しく仕立てられたドレスのような、それでいて激しい運動にも対応出来そうな服装が覗いていた。実年齢よりも随分と大人びて見えているのだろうが、その凛とした顔立ちは強さに加えてゲルダやジェシカとは異なる美しさを兼ね備えている。


「なんか言ってくんねーと、俺もわかんねーんだけど」

 そう言ったエリィが、ふとその少女の異変に気付いて眉を潜める。その華奢な肩が、小刻みに震えていた。

「お前……」


「人を探していたの」


 ぐっと両手を握りしめて、少女はそう言った。毅然とした態度を装ってはいるが、その不安げな様子は隠しきれてなどいない。

「ごめんなさい。危険な存在かと、思って」

 先ほどまでの果敢な姿とは打って変わった少女の様子に目を丸くしたエリィが、振り返ってゲルダと視線を合わせる。ゲルダもまた、驚いたように長い睫毛を瞬かせていた。

 俯き震える少女に、ゲルダが数歩近づいた。止めようとしたエリィを片手で制し、ゲルダは普段と変わらない声色で少女へと声をかける。


「あなた、アンジエーラ族……だよね?」


 驚いた様子の少女は、自身の背でその存在を主張する一対の翼の存在を思い出す。

 立ち上がった少女は一度瞳を閉じ、深呼吸をする。その背から生えていた翼が、霧散するように消えていった。


「アンジエーラ……?」

 エリィが彼女の言葉を反復する。 

 それは昼間三人の話題に上がったばかりの隣国、アルケイデアを統治するザデアスの名だ。


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