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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
7章 未来は君のためにある 【ベテルギウス突入編】
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旅の終わり


 やがてその居心地の悪さが消えると、ディアナはすっくと立ちあがり、闇へ溶けていく。


 怒らせてしまったろうか。

 揺れ動く赤に意識を向けていると、再び背後からディアナの気配を感じた。


「なあ」

 肩を叩かれ、振り返った先に、目一杯のオレンジが映り込む。

 驚いた僕の視界の中。しゃがみこんだディアナと思わしき顔が、オレンジの先に見えた。


「コレ、なんだかわかるか?」


 これだけ近距離で見れば、視界の焦点も合わせやすい。しかし僕には、そのオレンジが花であるということしか判別することが出来ない。


 おそらく彼は、そんな答えを望んでいるわけではないのだろう。

「……申し訳ありません。僕は知識不足です。その花は華麗ですね」


 朧げなディアナの表情が、ふっと曇ったように見えた。

「……ディアナ?」

 どうも僕はまた、彼を怒らせてしまったらしい。謝罪の言葉を述べると、ディアナは違うんだと首を振った。


「お前は今、アレクシスなんだな」


 そんな言葉の意図を、僕はくみ取り切れなかった。首を傾げ疑問を唱えたつもりだったが、僕の問いかけに、この晩彼が答えることはなかった。


   * * *


 三日が経過した。僕たちは、とある大陸にたどり着く。賃金を渡し乗った漁船の漁師へ感謝を述べ、すでに海岸を歩いていた僕とディアナの元へ、ジェシカが駆けてきた。


「さて、もうすぐかえ?」

 ジェシカの問いかけに、僕は頷いた。


 僕が目指していたのは、この世界で最も魔力が充満しているらしい土地だ。僕も彼らも、その土地を知らない。それでも、僕はその場所を()()()()()


 方角、距離、高度。地形とそこに住まう生物の種類と数。

 『アレクシス』として、初期から持ち合わせていた知識だ。


 日が落ち昇る度、早く向かえ、早くたどり着けと心が騒めく場所。おそらく、僕はそこで、この世界を壊すのだろう。

 それは確信にも近い予感だった。


「はい。僕はこの大陸で、間違いないと考えます」

 身が震える。この大陸からは、混沌と血の匂いがする。これまで歩いてきた道のりの中で、最も淀みを感じる。間違いない、ここが世界の綻びだ。


 僕の言葉に従うように、ジェシカとディアナが歩を進めていく。

 この先に、僕の生まれた意味がある。そう思うと、まるで人のように心が躍った。



 ここから僕たち三人は、丸二日の旅を続けた。


 しかし近づく旅の終着点に、ディアナは不思議と表情を曇らせていく。申し訳ない。やはり彼は、世界を終わらせること(旅の目的)に乗り気ではなかったのだろう。


「……おはよう、アレクシス」


 日の出前の空を背景に、ジェシカはこちらを見下ろしていた。

 目を覚ました直後、視界がクリアなのは初めてのことだ。僕は、自分が眼鏡をかけたまま眠っていたことに気づいた。


 ディアナと話したあの夜の後、彼から受け取った度の強い丸眼鏡。

 珍しいことだった。自分のことながら驚いた。


「おはようございます、ジェシカ」

 起き上がった僕の頬に、ジェシカの手が伸びる。


 今日は首をならしていないはずだが。身を固めた僕の頬に触れたジェシカの指は、ゆっくりと眼鏡の下に潜り込んだ。

 驚いた僕の前で、ジェシカは微笑みながら僕の目元と頬をなぞっていく。


「どうか、しましたか」

 動揺した僕の言葉に、ジェシカは静かに首を振った。


 やがてジェシカの白い手が離れていくと、視界の隅からディアナが歩いて近づいて来るのが見えた。

 今日は二人とも早起きだ。


「おはようございます、ディアナ」

 僕が体を動かし顔を上げると、ディアナは「おう」とだけ答えた。


「……?」

 よそよそしく見えるのはなぜだろう。答えを求めてジェシカを見るが、彼女もまた困ったように肩をすくめたのだった。


「聞いてきたけど。どうやらこの辺りは、特にザデアス同士の抗争が激しいらしい。中でもアンジエーラとデーヴァとかいう有翼族の争いが、ここ数十年続いてるんだと」


 ディアナは、近くにあった集落に足を運んでいたらしい。

 ザデアス同士の争いは、ここまでの道のりで幾つも目にしてきた。それでも、この地に蔓延る死とは比べ物にならない。


 おそらく、ザデアスではない人間まで巻き込まれている。

 数十年でその二種族は、引くに引けないところまで来てしまったのだろう。


「理解出来ました。僕は感謝を伝えます」

 立ち上がった僕は、改めて目の前の二人へ視線を送る。

「そして今までの労力に、僕は二人へ感謝を伝えます」


 僕からの依頼は、ここで達成された。これ以上、僕の傍にいる必要はないのだ。

「二人の任務は、完遂されました。この後は、『アレクシス()』が仕事をします。それでは、ありがとうございました」


 足を動かす。もう数時間後には、僕の命は終わる。そして同時に、この世界も終わる。

 その数時間くらいは、彼らに自由があっても良いだろう。


「何言ってんだよ」


 手首を掴まれ、振り返る。苛立った様子のディアナが、僕の手首を掴んでいた。

「今更別行動なんて、出来るわけねーだろ」


 眉を寄せてしまう。どうしてそこまで、この暇つぶしに拘るのか。

「二人には、自由があります」

「それならば。妾たちはその自由とやらを、お主と共にあることに使おうぞ」


 ディアナの隣に並んだジェシカの言葉に、僕は返す言葉を失う。

 そんな、無駄なことを。


「連れて行けよ、その終焉とやらに」

「…………」


 人間というものは、まったく理解の及ばないことを言う。


   * * *


 神の創造物であるにも関わらず、僕は完全無欠の機械ではなかった。

 五感は満足に働かず、記憶も途切れ途切れ。


 どうして。


 せめて、僕の全てである彼らとの時間くらいは。

 全て抱いて、消えるくらいは良かろうに。


   * * *


 死に覆われたこの地では、今も二種の有翼族による争いが行われていた。

 そこらかしこから香る血液の香り。その中を駆け抜ける僕たちを、彼らが放っておくはずもない。


 危険を冒してでも、終焉を目指して走るしかないのだ。夜を待ち、確実に進むには、僕の命は短すぎる。


「ジェシカ!」

 ディアナの叫びに振り返ると、地面にしゃがみこんだジェシカの姿が見えた。

 強く鼻をくすぐるジェシカの匂い。彼女の足元は深紅の海。流れ弾が足に当たったのだ。


「構わぬ、早く行け!」

 青空の下で美しく輝くはずの銀の髪が、砂ぼこりと血液で汚れている。

 背後から聞こえたジェシカの声に、僕の脳内が渦巻いた。


 なんだ、この感覚は。


「クソっ!」

 立ち止まり周囲に目を向けたディアナの姿に、僕の足も止まりかける。


 だめだ。何をしようとしている?

 僕は『アレクシス』なのだ。このまま、目的の場所へ駆けることが使命なのだから。


「ディアナ、行くのじゃ!」

 幸い、先ほどまで僕たちを追っていた人影は既に見えない。加えて、周囲近くに人の気配もない。

 しかし、いつまでもここに立ち止まっていたならば話は別だ。


 ディアナがここに残るのであれば、それで構わない。

 脳ではそう言葉が浮かんでいるというのに、僕の口は動かなかった。


 ついに、顔面の筋力まで衰えてしまったのか。


「……チッ、行くぞ!」

 熱い手のひらが僕の背中を押す。動かない足は、僕のものだった。

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