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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
7章 未来は君のためにある 【ベテルギウス突入編】
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魔女と魔法使い

 数回ノックをした扉の奥から聞こえた声は、予想とは異なるものだった。

ゆっくりと扉を開けた先に見えたのは、この家に二つしかないベッドのうち、一つの上で眠るエリィの姿。そして、その脇に座り込んでベッドに頭を埋めるニーナの姿だった。


「エリィの様子を、見に来てくれたのかえ?」

「わっ」


 突然隣から聞こえた声に、思わずフランソワの肩が揺れる。

視線を向けた先で、銀の髪が揺れた。


「心配は要らぬぞ。良い寝顔じゃ。ほれ」


 彼女が顎で示した先で眠るエリィの表情は、確かに安らかだ。

「……やあ、ジェシカ。アンジエーラの少女も、ぐっすりのようだね」

 ジェシカが意味深げに笑う。


「そうじゃろう、そうじゃろう。妾が調合したハーブティのお陰じゃ。まあ、入っているのはハーブでは無いんじゃけど」

 ハーブティとは一体なんだったかとフランソワは一考するが、答えは出そうに無かった。


 ベッドの棚には、どこから用意したのかセットのティーカップとポットが置かれていた。カップの中にはまだ彼女の言うハーブティが残っているのか、ほのかに湯気が登っている。

「あの子も限界じゃったろうに、無理をしようとするからのう。妾が快眠へと導いたのよ」


 思わずニーナの傍へ静かに近寄ったフランソワだったが、彼女の肩が規則正しく上下に動いていることを確認し、小さく安堵の息を吐いた。


「大魔女ジェシカ。今なぜ君がここに居るのかは、最早聞く必要もないだろう。其の理由がなんであれ、現状僕たちが君に助けられているのは、変わることのない事実だからね」

 ニーナの体から、ふわりと花のような香りがした。ハーブティとやらの香りだろう。再び視線を向けた先で、魔女は言葉の続きを待っていた。


「僕からの質問は、『君は一体何者なのか』だ」


 ジェシカの表情は変わらない。

「君の昔話や、『アレクシス』との関係には、正直興味がなくてね。君もしゃべりたくは無いようだし」


 数歩フランソワが彼女へと近づくと、その紅の瞳が輝いた。

「『アレクシス』ではない君は、一体何者? ザデアスの希少種? それとも……」


 近づけば近づく程、その瞳は輝きを増す。高いヒールの上に立つジェシカのその瞳は、フランソワのそれと同じ高さにあった。


()()、なのかな」


 立ち止まった先の魔女に、フランソワは問いかける。

 しばらくの沈黙。やがてジェシカは、その唇を薄く開き、笑い声を漏らした。


「すまぬ。……そんなに真剣な顔をすることはないじゃろう。妾、恥ずかしい」


 白い手で口元を覆い、ジェシカはしばらくの間笑っていた。その様子をただ黙って見ていたフランソワへ、やがてジェシカが向き直る。


「『神』か」

 ひとしきり笑ったジェシカだったが、その笑顔が偽物であることに、フランソワは気付いていた。

「もしも妾が『神』であったならば、この世界は今、どうなっていたろうか」


 どこか遠くを見るように天井を仰ぎ、ジェシカは普段の表情に戻った。


「……妾は神でもザデアスでもない、()()()()じゃよ」


 疑う様に眉を寄せたフランソワへ、ジェシカは反論の隙を与えずに続ける。


「妾の魔法の師が、『神』じゃった」

「っ?!」


 思わぬ回答に、フランソワは一瞬思考を極限まで動かした。

「……それは、あの鼠くんのこと?」


 導き出した彼の答えに、ジェシカは今度こそ心からの笑いを浮かべた。

「不正解じゃ。あやつは妾が拾った使い魔よ。神としての生を捨てながらも、この世の終わりを見届けんとする健気な子鼠。言わば堕神かのう」


 フランソワが彼女の笑い声に怒りを持つ必要は無い。今度は黙って、ジェシカの回答を待つことにした。


 再びフランソワと視線を合わせたジェシカが、薄く唇を開く。

「妾の師は、500年は前にこの世から消えていったわ」


「!」

 神と人の離別は、現代からそう遠くない過去の話。

 それでも、人の生を考えれば、それは遥か昔の出来事だ。


「妾の師は他の神と比べ、人に対し友好的じゃった。まだザデアス同士の抗争が激化しつつあった当時、師は捨て子であった人の妾を拾い、魔の弟子としたのじゃ。人もまた、戦う力を持つようにとな」


 それは、人という種族がザデアスに負けないように、という神の計らいなのかとフランソワは思う。しかし現代、ジェシカの様に()()()使()()()()()()は稀有だ。そして、彼女ような存在が居なくとも、人は生存を続けている。


 フランソワの心情を読み取るように、ジェシカが頷いた。

「妾のような存在は、世界には不要の産物だったようじゃのう」


 彼女が師と仰ぐ神の杞憂で生まれた、人でもザデアスでも、神でもない存在。それが、ジェシカたち『魔女』なのだ。

 そしてその存在が、人にとって、世界にとって不要な存在であったという認識は、比較的早く神々に浸透したのだろう。


 だからこそ今、この世界に、魔女はそう居ない。


「まるで、実験台みたいだ……」

 実験を繰り返す森の魔女は、神によって生み出された実験台だったのだ。

「そう憐れむことは無い。妾はこうして魔の力を得たことに、大した不満は無いのじゃよ」


 ジェシカの視線に気づきながらも、フランソワは俯く。

「『魔女』となり長寿を得たからこそ、こうして、最愛の息子にも会うことが出来たのじゃからのう」


 魔の力が、人に長寿を与える。彼女の話が真実であれば、ジェシカも、その弟弟子であるディアナという男も、500年は優に生きているのだろう。想像し、フランソワは絶句した。

 それほどの時を、一体どのような感情を持って生きればいいのかと。


「事実、この世の全ては、神の実験台じゃよ。そうして実験失敗を悟った神が、『アレクシス』を生み出し、失敗作であるこの世界を破壊し、無かったことにしようとしておるのじゃ」


 薄々感じてはいた。目の前で起きている事象は、その全てが自分の考えていた以上に壮大で、意識の及ばない領域にあるのだと。フランソワは再認識し、息を飲む。


「もう理解しているとは思うが、『魔法』と呼ばれる力は、神の力。つまり、お主らザデアスの持つ特殊な能力もまた、一つの『魔法』に数えられる」

 ジェシカが指さした先に、フランソワの鋭い耳。


「そしてザデアスの名を持たず、後天的に魔を得た妾たちのことを、神はこう呼んだ」

 三日月を描くジェシカの唇が、可笑しそうに、自虐的な笑みを浮かべていた。


「神の力を得た、魔の使い――、『魔法使い』と」


 それはフランソワがディアナと出会ってから、ずっと疑問に思っていたことだ。魔法を扱うだけならば、男であるディアナが『魔女』を名乗る必要は無い。

 ジェシカが今言ったような、『魔法使い』を名乗れば良いはずなのだ。


「神々は、妾たちを己の使いと呼んだ。困ったものじゃろう? 妾の師は、人の力になるようにと、妾たちに『魔』を与えたはず。それでも異なる神々は、我が師の意思を良しとしなんだのじゃろうな」


 それでも彼らが、その呼称を名乗らない理由は、ここに在るのだ。

「師は妾たちを庇おうともしたが、結局妾たちの前から姿を消した。その後は、まあ何度か別行動もしたが、妾とディアナとで共に悠久とも感じる時を過ごして来た」


 この一言に、どれほどの長く苦しい過去が抱擁されているかなど。全ての話を聞かない限りは、誰が知り得ることだろう。

「…………」

 フランソワは『魔法使い』である彼女へ、何も言わずに敬慕の念を向けた。


「これで、妾の正体は全てじゃ。満足したかの」

「ああ、十分理解したよ」

 十分すぎる程だ。ジェシカが『アレクシス』ではないと分かった時から、気にかかっていた個人的な疑問。こうもわかりやすく解説されると、今まで一人で考えていた時間はなんだったのかとさえ思う。


 しかしこの内容は、確かに大人数の前で話すには相応しくない。

 ミエーレ城でジェシカが必要以上に語らなかったのは、こういった過去があったからなのだろうか。


「では。妾は引き続き、ここでエリィの様子を観察していよう。見守り役を眠らせてしまった責任があるからの」


 ジェシカは壁に背を預け、腕を組む。

 その視界の先にエリィを捉えると、すっかりフランソワは彼女の視界から外れてしまった。エリィのことは心配いらないから、早く行け。そういうことだろう。


 頷いたフランソワは、ベッドで眠る二人に気遣うように静かに扉を開ける。廊下に出た直後、締まりゆく扉の間をすり抜けるように、一匹の鼠が部屋の中へと駆け込んだ。

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