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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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剥奪

 光が実態を持ち、剣を象りダリアラが振るう。ニーナが受け、弾き返す。生まれた隙にエリィが潜り込み、指先を切りながらもその剣を花へと昇華する。


 何度繰り返したことだろう。受け止めきれなかったニーナを庇い、エリィがその身を挺して攻撃を受けたことも何度かあった。ニーナの反撃はダリアラが生み出す光の盾に弾かれ届かず、エリィの力では彼に攻撃を加えることが出来ない。


 一方的な防戦。止まらない攻撃。

 これは最早、戦いではなかった。


「キリがねえ!」

 エリィが苦言を呈するのも無理はない。消耗する精神と体力。一向に変化の見られないダリアラの涼しげな表情。心が折れてしまいそうだ。


「でも、諦める訳には……っ!」

 ニーナが必死に声を出すが、飄々と首を傾げるダリアラへ、いつかは剣が届くかもしれないという希望すら抱くことができない。


「健気だね、ニーナ。そんなところも、大好きだよ」

「――!」


 ニーナは必死に首を振った。こうして時折聞こえる兄の声に、耳を貸してはならない。

「私は! あなたを止めると決めたの!!」


 駆け出したニーナの剣先は、生み出された光の盾に弾かれる。何度見た光景だろうとエリィは奥歯を噛み締め、ニーナへ向けられた剣を握る。


「い……ッ!」

 最早新たな痛みなど感じないだろうに、エリィは手のひらの刃の感覚に声を漏らしながら、意識を集中させた。その刃は柔らかな花弁へ変貌し、ひらひらとその身を舞わす。


 そのままニーナの体を無理やりに押し、ダリアラから距離を取った。

「はァ、はァ……!」

 荒れる呼吸が、集中力をかき乱して苛立たしい。そんなエリィの様子を見て、ダリアラは両手を広げた。


「何……?!」

 慌ててエリィを庇う様に前へ出たニーナだったが、どうやら杞憂だったらしい。新たな脅威が生み出されることは無く、しかしダリアラは高々と笑い声をあげた。


「ああ……! 本当に可愛い!!」

 突然の大声に、ニーナとエリィが眉を寄せる。

 玉座の前に立ったダリアラは、その手で顔を覆い暫く笑い続けた後、慈愛の籠った瞳で二人の姿を見下ろした。


「諦めずに頑張れば、全ては上手く行くと。そう信じて疑わず、私に抗い続けるお前たちの姿が……。私は、愛おしくて仕方が無い!」


「?!」

 広げたダリアラの両手の平から、眩い程の光が生まれる。思わず目を閉じたエリィが、体内から湧き上がる途方もない吐き気にうめき声を漏らして膝を付いた。


「エリィ?!」

 口元を手で覆いしゃがみ込むエリィに、慌ててニーナが寄り添った。しかしエリィは、彼女へ「大丈夫だ」と伝えることが出来ない。

 溢れる冷や汗と渦巻く視界。呼吸を続けるだけで精一杯だ。

 心臓が潰されそうな圧力。沸騰したように熱を帯びた血液。


 この、感覚は。


「ありがとう、エリィ。やはりお前の『力』は、私の持つソレの何十倍も巨大だ!」


 ダリアラの両手から、エリィの魔法を模倣したかのような花弁が溢れる。

 しかしその色は薄紫ではない。まるで日光のように明るく、月光のように妖艶な山吹色。


 それはまさしく、ダリアラの魔法だ。


「エリィの魔法を、奪っていたの……?!」

 不思議だとは感じていた。ダリアラは自分へは攻撃を加えるが、エリィに対して直接剣を向けなかった。更にエリィが剣を花へと変化させる時も、一切反撃する動きを見せなかった。


「お前たちのやったことは、私への協力に過ぎなかった。そういうことだ」

 わざと受けていたのだ。わざと、エリィに魔法を使わせていたのだ。


 考える時間もないまま、この瞬間を迎えてしまった。

「お前が諦めずに続けようと、エリィを奮い立たせたからだよ」


 ダリアラの優し気な声に、ニーナは戦慄する。

「違……」


 そんな、つもりじゃ。


「どんなに頑張ってもね、ニーナ。私の運命(シナリオ)には、抗えないのだよ」

「――――!」


 言葉が出ない。

 苦痛にもがくエリィを腕に抱きながら、ニーナはその場に崩れ落ちた。どうにか青い顔を上げたエリィが、揺れる視界の中に立つダリアラの姿を捉える。


「今度こそ、始めよう」

 溢れんばかりの山吹色を手のひらの上に抱き、ダリアラが二人に背を向けた。ステンドガラスが、割れていく。窓の外が、暗がりに染まっていく。


 割れたステンドガラスの破片が、闇夜に照らされ舞い落ちる。山吹色の花弁が、ステンドガラスの破片と共に舞い踊る。


 窓枠の外に見える上弦の月が、少しずつ、その輝きを増していく。


「今度こそ――。この世界を、終わらせるのだ」

 信じられないものを目の当たりにした。


 ニーナの瞳に映る上限の月が、満月へと変貌してゆく――。


  * * *


「満月だ……」


 驚きのあまり、ヨルがそれ以上の言葉を失った。同じようにその視線を満月へと向けるジェシカの隣で、ディアナが嗤った。


「ようやく! この時が来た!」

 ジェシカはその姿を視界の隅に捉え、落ち着き払った声で答える。


「最後の異常……。天変地異が始まったか」

「もう誰も! 『マリー』を止められない!!」


 ヨルはディアナの声に思考する。

 マリー。その名前には聞き覚えがある。


 初めて彼と交戦した時。彼の口から、同じ名前を聞いたはずだ。


「……エリィと王子は、どこにいる」

 鎌を握る両手に力が籠る。

 震えるヨルに、口角を上げたままのディアナが答えた。


「謁見の間だろうな。ここから一つ階を超えた先にある。気になるのなら行ってやればいいぜ」

 ヨルが視線を向けた先で、ディアナの瞳孔が開いていく。


「……ただし! お前らの大切なエリィとやらが、生きてるかは知らねェけどなァ!!」

 その声を聞くが早いか、ヨルは振り返って廊下の先へ進んでいた。

 背後から再びディアナの高らかな嗤い声が聞こえる。しかし彼は振り返らなかった。

 逸る気持ちを抑えながら、急いで階段を上がっていく。


 新たなフロアに足をつけると、全ての神経を耳に集中させる。五月蠅い自身の呼吸をどうにか潜めながら人の気配を探った。


 方角に当たりを付け、目に付いた扉の明け放たれた部屋に飛び込む。

 そこに、エリィは居た。


「…………!」

 なんとも不可解な部屋だった。


 床に散乱する色とりどりのガラスの欠片と、山吹色の花弁。ガラスの無い窓枠から見える満月。


「おや。こんにちは」

 情景に似合わぬ人当たりの良い声に、身の毛がよだつ。


「いや……こんばんは、だったか」


 笑みを含めたその声の主が、満月の下で笑っている。


「マリー!!」

 背後から、『彼』を呼ぶ声がした。

 ヨルの隣を走り抜け、彼の手を取ったディアナが膝をつく。


「…………」

 無言のまま彼へと微笑んだマリー、もといダリアラの姿に、ディアナは涙を零す。


「ああ、ようやく……。ようやく、お前の願いが叶う……!」

 元より長い髪が更に伸びていた。その背からはアンジエーラのそれとも、デーヴァのそれとも異なる、禍々しくも澄み切った一対の翼が生える。幾何学模様の浮かび上がった肌が、月明りに輝いている。


 まるで人ではないその姿は、まさに『破壊兵器』の名に相応しい。


「エリィ……?」

 ヨルが視線を落とすと、床に倒れ込むエリィと、その体を抱きかかえるニーナの姿が見えた。

 だらりと下がった腕からは、生気が感じられない。


「あ……」

 振り返りヨルの姿を捉えたニーナが、助けを乞う様に口を開く。

 ヨルが急いでその傍に寄り、エリィの額と胸へと手を当てた。


 息はある。辛うじて。

「……っ」


 しかしすべては、時間の問題だと解った。

 こうしている今も、少しずつエリィの呼吸は浅くなっている。


「ジェシカ!」

 魔女の名を呼ぶ。


「手を、貸して!」

 ヨルの後に続いていたジェシカは、腕を組み、扉に背を預けて立っていた。


 その声に驚きながらも顔を上げたニーナが、ジェシカの姿を見る。一時期は共に行動もしていたはずだというのに、その姿は不思議なほどに新鮮だった。


「……ジェシカ、さん」


 震える少女の声が、魔女を呼ぶ。

 長い睫毛を上げたジェシカの瞳に、薄水色の長髪が映り込んだ。


「お願い……! エリィを、助けて……!!」


 高いヒールが床を蹴る。ちらりと向けた視線の先に、二人の男の姿。

 ジェシカと視線を合わせたダリアラが、ゆっくりと目を細めた。どうぞと言わんばかりだ。どうやら、邪魔をするつもりはないらしい。


「――――ゆくぞ」

 ニーナの腕の中からエリィの体を奪い、抱き上げる。ニーナは横炊きにされたエリィの姿を目で追った。ジェシカの細い腕のどこにそんな力があるのかと、感心する余裕はない。


 その視界の隅で、警戒の視線をダリアラへ向けながら、ヨルがジェシカの後ろを追っていく。

 残されたニーナもまた、慌てて立ち上がる。

 鉛の様な足をどうにか動かして、ニーナは部屋の扉へ向かった。既に先を行く二人の姿は見えない。


 扉に手をかけ、息を飲む。


 手のひらが汗ばんでいくのを感じた。

 数秒の間に気が遠くなる程に思考を巡らせ、やがてニーナは部屋を出た。


 向けられていた視線に気づいたまま、振り返ることなく。

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