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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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待っていた者たち

 サーベルの柄を握る両手に力を込める。全身で感じたその重みを弾き飛ばす様に、ハイドラは腕を動かした。

 サーベルから離れた獣が、床へと倒れ込んでいく。


「終わったか」

 呼吸を正したハイドラは、サーベルに付着した血液を振り落とす。辺りを見回し、フランソワと視線を交わした。


「動ける者は負傷者を運べ! 城を出るぞ!」


 ハイドラの言葉に従い、傷の浅い者たちが部屋の隅に待機していた負傷者の元へ駆ける。

 被害は最小限に抑えたと言えるだろう。ここに残った兵騎士の内、一人で歩けない程の負傷者は三人。死者は一人も居ない。


「俺は、周囲を確認してから後を追う。先に行け」

 兵士に声をかけたハイドラが、サーベルを鞘に納めることなく、獣の近くにしゃがみ込んだ。


「っ、王子様たち、大丈夫?」

 大広間から出ていく兵騎士たちの波に逆らう様に、少女が扉の内部へと駆け込んでくる。ゲルダだ。


「ああ、君も無事みたいだね」

 フランソワの返答に胸を撫でおろしたゲルダが、周囲の様子を気にかけながら二人の王子へ近づいた。


「エリィたちは?」

 そんなフランソワの問いかけに、ゲルダは自分が知っている限りの情報を伝える。別れてからの二人の動向は、彼女の知るところではない。

 大広間から兵騎士が居なくなると、その様子を見届けたフランソワがハイドラの傍に歩み寄る。


「なにか、気になることでも?」

 そんなフランソワの問いかけに、ハイドラはようやくサーベルを鞘に納めた。ゲルダもまた、不思議そうにハイドラの姿を見下ろす。


「……この獣は、アルケイデアには存在しなかった種族だ。こいつらの動きを見る限り、ダリアラが生み出したとしか思えない。……でも」


 サーベルの柄から離した手のひらで、ハイドラは獣の毛並みを逆立てるように撫でる。

 その手が少し震えを帯びていることに気付き、フランソワが眉をひそめた。


「ハイドラ王子?」

 ゲルダに答えたのはハイドラではない。聞こえたうめき声に体を固め、ゲルダとフランソワは瞬時に振り返る。


「敵だよ!」

 立ち上がっていたのは、一体の白い獣。


「クソ、まだ――」

「待ってくれ!」


 再び戦闘の構えを取った二人を、ハイドラの声が制する。怪訝そうな表情を浮かべたフランソワを牽制し、ハイドラが数歩獣へと近づいた。


「…………」

 睨みつけるハイドラを見つめる獣が、やがて体を曲げて膝をつく。

「え――」


 驚きのあまり言葉を失ったゲルダの前で、ハイドラが静かに舌打ちを漏らした。

「おかしいと思ったんだ」


 ハイドラが、ゆっくりと獣へと近づいて行く。

「確かに俺は、国内勢力のほぼ全てをミエーレ進軍に参加させた。……だからと言って、この城の警護隊や街の駐屯兵の全てを総動員させた訳じゃねェ」


 例えアルケイデアに問題が生じたとしても、国民を守るだけの戦力はあったはずなのだ。それなのに、ここへ来るまでの間、ベテルギウスの中で見た国民の傍に兵士は居なかった。そしてこの城の内部にも、それらしき姿はない。


 例の獣に皆殺しにされたのかとも考えた。それは考えうる最悪の事態だとも。

 しかし、どうやら事実は更に残酷だったらしい。


「こいつらは、アルケイデアの兵だ」


「――――ッ」

 ゲルダが戦慄し、フランソワが言葉を失う。そして同時に、彼は納得さえした。


 驚くほどに統率の取れた獣の攻撃。この狭い空間で、不可解なほど善戦した事実。アルケイデアの兵士たちは、獣の攻撃を早々に見切っていたのだ。

 それが、自分たちの会得した戦法だからなのだと気づかぬまま。


 ハイドラは鞘に収まったサーベルを振り下ろし、頭を垂れた獣のうなじ部分を殴りつける。既に体力を消耗しきっていた獣は、その一撃で意識を飛ばした。


「……許せねェ」

 倒れ込んだ獣を見下ろして、ハイドラが力任せにサーベルを床へと投げつける。


 音を立てて大理石に叩きつけられたサーベルを拾い上げ、フランソワがハイドラの震える背中を見つめていた。


   * * *


 ダリアラの先導のまま足を踏み入れたのは、高い天井とガラスの壁、そしてステンドグラスで出来た窓が開け放たれた巨大な広間だった。部屋の奥には数段の階段があり、その上には無人の玉座。


 本来ならば、その玉座に腰かけたアルケイデア王が待つ、謁見の間。

 何の説明もないまま連れられたこの部屋で、遂にダリアラは足を止め二人に振り返った。


「さあ。広さも充分にある。情景も悪くない。物語を締めくくるには、申し分ない場所だろう」


 南中に差し掛かった太陽の光が、ステンドグラスに透けてなんとも神秘的だ。その輝きが、まるで翼のようにハイドラの背に映える。


「ニーナ。お前は、まだ間に合う、と言ったね」

 慈愛に満ちた双眸に、ニーナが遠慮がちに頷いた。ダリアラは一度長い睫毛を伏せ、ふふと小さく笑って見せる。


「だとしたら、どれ程素敵なことだろう」

 ダリアラが手を伸ばすと、ステンドグラスの輝きの中から、同じ色を持った一振りの剣を生み出した。

 まるで光の中から色を抽出したかのように美しいその剣は、彼の手でしっかりとその柄を握られている。


「間に合うも何も――。私が生まれたその時には、全てが遅すぎたのだよ」


「うわッ!!」

 ニーナの髪が揺れると同時に、すぐ隣からエリィの叫び声が聞こえた。今まで見ていたはずのダリアラの姿が、視界から消えている。


「ッ、エリ――!!」

 エリィの名を呼ぶ前に、ニーナは反射的に抜いた剣で襲い掛かる脅威を受け止める。至近距離で見えた。その姿は、間違いなく。


「ダリアラ様……ッ!!」

「もう、理解は望まない」


 弾き合った二つの影は互いに距離を取り、剣を構え合う。その間に居たエリィが立ち上がり、静かに息を整えた。


「役者は揃ったようだからね」


 胸部に鈍痛を感じるが、出血はない。剣ではなく、肩で突撃されたらしい。

 その場から動けと、言わんばかりだ。


「そうだろう? 『ステラリリア』」


 その名は、ニーナの王女としての名前。ニーナは、今度こそ悟ってしまった。

 今は、彼に最も近い存在ではなく。

 民を守る王国の王女として、一つの決断を下したのだと。


 そしてもう二度と、前の関係には戻れないのだと。


「さあ、かかってきなさい」

 彼の戦意は――、いや、殺意は、ニーナ、エリィの双方に向けられていた。


「この手で、信愛なるお前たちを――、あるべき姿に還してあげよう」


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