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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
1章 そして、二人は巡り会う 【『アレクシス』捜索編】
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ドラゴンと天使

 季節は春を終え、夏を迎えようとしている。ゲルダはその日の診察時間が終わると同時に病院を飛び出し、早速エリィ、ヨルと共に目的地への道を歩いていた。

 このノブルはジェシカの本拠地であり「得意先」だ。ジェシカの元には日々多種多様な依頼が届けられるが、その半数を占めるのがこの街の住人たちからの依頼であった。


「なんでジェシカはこんなに信頼されてるんだかなぁ」

 魔女さんによろしく、と手を振ってくる人々に返事を返しながら、エリィはふとそんな疑問を呟いた。

「そんなの、ジェシカさんが頼れる『なんでも屋』さんだからだよ!」


 困りごとがあるのなら、魔女の元へ行けばいい。


 そんな言葉が人々の間に出回るようになったのは、このミエーレ国が成立し、彼女が住居を構えてからすぐのことであった。

 ジェシカは異常現象の対処に加え、人々の悩みをその魔法を用いて解決し、その報酬で生計を立てている。

 エリィが自我を持ち、ジェシカの手伝いを本格的に始めだした頃には、彼女は今現在とほぼ同じだけの信頼と立ち位置を確立していた。


「ジェシカさんは良い人だし、何より仕事が正確なの。エリィだって知ってるでしょ?」

 確かに彼女の仕事は的確だ。趣味の一環として日々繰り広げられる、彼女の「実験」あってのことだろう。ただしその被験者かつ被害者であるエリィには、ゲルダの言葉に頷けるだけの素直さは残されてなどいない。

 ゲルダのようにジェシカへと絶対的な信頼を寄せる人々へ、エリィは毎回のように苦笑いを浮かべるのだった。


「それで? 最近エリィはどうなの? ちゃんとジェシカさんのお手伝いしてる? バナナばっかり食べて昼下がりに日向ぼっこに明け暮れるゴリラみたいな生活してない?」

「いやどーゆーことだよ! そんなピンポイントに謎の心配してんじゃねーよ!」

「そう? あー、エリィはゴリラって言うより、うーん」

「何度も言ってるけど、俺はただの人なんだからな!」


 この少女の言葉は、一体どこまで本気なのかわからない。毎度のこととはいえ、並みならぬ想像力――と言えば聞こえがいいだろうか――には旧友であるエリィも驚くばかりである。

「えー? じゃあ日向ぼっこしてる虎とかならどう? かわいいよ、虎」

「あー、虎なら」

(良いんだ……)

 ゲルダの手の中に納まったヨルが無言のままに思う。「日向ぼっこに明け暮れる」という部分を否定する気はないのだろうか。そもそもかわいいと言われた点についてはどう考えているのだろう。

 ヨルは薄目を開けてエリィの表情を盗み見る。


「でも虎はバナナ食わねーだろ」

「じゃあやっぱりゴリラ?」

「いや、俺別にバナナ食ってねーし。やっぱ虎だな」


「…………」

 どうとも考えてなどいないようだった。


 街の中心部から離れていくにつれ、緑の数が目に見えて増えたように感じた。ノブルの南は、その殆どの面が巨大な森に接している。それは昨日、エリィが薬草を集めに向かった森だ。

 時は夕暮れ。少し西に傾いた太陽の光が、木々の葉に遮られ涼しさを覚える。梅雨を迎える前のこの時期には、日が伸びたこの時間の木洩れ日がなんとも心地良い。


「って、エリィが虎だとかゴリラだとか、どうでもいいんだって。私が聞きたいのは、最近どうなのって話」

「お前が始めた話だろ……。どうって、なにがだ?」

「魔法だよ」

 呆れたように眉を寄せていたエリィが、う、と言葉を詰まらせた。ヨルを撫でながらゲルダが笑う。

「その様子だと、まだまだみたいだね」

「うるせー。ババアの教え方が悪いんだ」


 彼女はエリィが、ジェシカの小間使いなどではなく「弟子」であることを知っている。そして今も尚、彼が魔法を上手く扱えていないということも。

「私はエリィの魔法好きだけどね」

 足を速めふいと前を向いてしまったエリィの背を眺めながら、ゲルダが言った。しかしエリィは喜ぶわけでもなく、ただ前へと進んでいく。

 あんなものは魔法ではない。何の役にも立たない魔法など、使えたところで意味がない。


「だって、誰も傷つけないじゃない」


 一向に話題に反応しなくなってしまったエリィに苦笑を浮かべ、ゲルダが「ねえ」とヨルに同意を求める。ヨルは小動物よろしくゲルダの手に頬を摺り寄せた。

「ふふ、大丈夫だよ『魔王様』。きっと時期が来れば、すぐに超特大魔法だって使えるようになるって! こう、バーンで、ドーン! ってね!」

 くるくるとその場で回転して手を振り回したゲルダの手に、ヨルが少し慌てた様子でしがみつく。

「それじゃなんもわかんねーよ」

 ちらりと振り返ったエリィが、呆れ半分で笑顔を浮かべた。


  * * *


 二人の会話は途切れることもなく、やがて辺りから建物らしい建物が消え、森が深くなる。

 規則的に並べられたレンガ道は途絶え、けもの道となったその先に低い建造物が顔を出した。

 白を基調とした石造りの教会だが、所々の外壁は欠け、蔦は絡まり苔が生えている。その様子が太陽光に照らされ、随分と神秘的に見えた。

 歴史的遺産となりつつあるその教会は、音もなく彼らを出迎える。


「久しぶりに来たなぁ」

 速足で近づいてその様子を眺めるゲルダの影に入るように、エリィが少し足の動きを遅くした。ここを訪れた目的をふと思い出し、再び表情を暗くする。

「……なあ、変な化け物とか居たら、どーすんだよ」

 ほんの少し声のトーンを落としたエリィに、ゲルダが数度瞬きをして口角を上げた。


「あっれぇぇぇぇ? もしかしてエリィ、お化けとかが居るんじゃ~とか思ってるのぉ?」

「ぶッ、は、はぁ? 居るわけねーだろそんなの! 俺はただ、俺たちじゃ対処できなかったらどーすんだって言ってんだよ!」


 慌てた様子のエリィに笑いながら、ゲルダが肩を竦めた。

「もう、何のために私が『魔女の使い』さんに依頼したと思ってるの! その時は、エリィが私たちを守ってくれればいーの! ねー、ヨルちゃん」

「お前、俺が魔法使えねーって知ってんだろ……っ!」

「えー? じゃあヨルちゃんに守ってもーらおっと!」

 突然話の矛先を向けられたヨルだったが、本人は至って我関せずである。麗らかな日差しとゲルダの手の温もりに、ヨルは重くなった瞼を閉ざした。


 聴覚の先で、エリィがなにか不満を呟いているのが聞こえる。

 二人が教会を離れる頃に目を覚ませば十分だろうと、ヨルは迫りくる睡魔に身を任せ肩の力を抜いていく。


「――あれ?」


 改めて教会の様子をじっくりと見ていたゲルダが、ふと目を丸くする。

「な、なんだよ! ビビらせようとしてんのか?」

「んもう、違うってば。うーん。誰か居るみたい。昨日の物音の原因かな。ここ、一応立ち入り禁止のはずなんだけど……。注意して立ち去ってもらおう。私たちも怒られちゃうかもだけど、まあジェシカさんのお使いってことで。早くも解決かな?」

「そ、そうか。人なら良いんだよ、人ならな」

 ふう、と冷や汗を拭ったエリィがゲルダの前に出ると、自分には見ることが出来なかった人影を探して教会へと近づいていく。


「誰だろうなぁ」

 当然そのすぐ後に続いたゲルダだったが、突然浮かべていた笑みを消してその足を止め、目の前を行くエリィの腕を掴んだ。


 不思議そうに自身を見るエリィへ、ゲルダは手の中のヨルを手渡す。ヨルは突然のことに戸惑いつつも、反射的に差し出されたエリィの手の中にすっぽりとその身を納めた。

「どうし――」

 すっと、細い指がエリィの口元に当てられる。ただ事ではないと察したエリィは、しかし彼女の行動の意図が汲み取れずに眉を寄せた。


 ヨルが顔を持ち上げて、辺りをぐるりと見渡した。人の姿を保っていない間は、体の重さが少ない代わりに感覚が鈍る。もどかしさを覚えつつも再び視線をゲルダへと戻すと、彼女はエリィの口元から離れた手で、今度は彼の体を後ろへと追いやった。


「…………」

 朗らかな気候とは対照に、空気がピンと張り詰める。

 ざく、と何かを踏みしめる音がした。

 ゲルダは体を捻り体勢を低く構え、エリィとヨルを庇う様にその体を前へと倒し、

「!」


 急速に自身の元へと迫りくる「相手」と激突した。



「なんだ……?!」

 聞き慣れない巨大な金属音に、エリィは腰を抜かす。その拍子に彼の手の中から零れ落ちたヨルが、その体を地面にたたきつけ小さな声を漏らした。

 その間にも衝突した二つは再度距離を取り、一瞬でその間を埋める。視界の端で座り込んだエリィの姿を捕らえたゲルダは、少しでも彼から距離を取ろうと教会の方へと駆け出した。


 移動の間にも、相手が攻撃の手を休めることはない。ヒールの低い靴を履いておいて正解だった、とゲルダは戦闘の最中考える。

「く……!」

 一旦目的の場所まで駆けると、ゲルダはようやく落ち着いて相手の様子を確認した。

 フードを深くかぶり、顔は良く見えない。得物は一振りの細身の剣。そのしなやかな動きや洗礼された剣捌きは、称賛に値するだろう。


 ゲルダの両の手は最初に相手と激突したその時から、その形を大きく変えている。鱗がびっしりと現れたその両腕は、まさにドラゴンのそれだった。

 巨大な鉤爪は彼女の普段の様子からは思いもしないような獰猛さを見せ、更には体の至る所にも、今までは無かった鱗が浮き出ている。瞳の色もどこか爛々と輝き、鋭さを感じさせた。


 相手は突然変異したゲルダの体に動じた様子もなく、引いては突撃を繰り返した。一国の騎士のような動きにも見えるが、この国の騎士団では見ない動きだ。

 生まれながらに持った戦闘の()()で戦うゲルダとは異なり、相手の剣は鍛え抜かれ洗練された()()の刃であることが、その太刀筋を見ればすぐにわかった。


 幾度目かの衝突音が響き渡る。

(このまま押し切れば……っ)

 弾き飛ばした剣の下へと滑り込み、ゲルダが右腕を構えた。目の前の腹部はがら空きだ。このまま拳を叩きこめば、一気に戦況が変わる。

 ゲルダが握りしめた拳は、しかし何かを捉えることはなかった。


「え――」


 驚きのままに視線を上げたゲルダが目にしたものは、空中へと浮かぶ相手の体と、その体を持ち上げる――、巨大な、純白の翼。

「きゃ……っ!」


 体勢を大きく崩したゲルダの背中が踏みつけられる。

 ぐらりとバランスを失った彼女の背中へと、その相手は真っすぐに剣を突きつけた。



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