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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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人の居ない聖都

 夜が明ける。この日も心地の良い晴天だった。

 異形であったものを弔う時間はない。連合軍は三つの部隊に別れ、遂にアルケイデア王国の聖都であった場所へと足を踏み入れた。


 エリィ、ヨル、ゲルダ、そしてニーナの四人は、フランソワ、ハイドラ率いるアルケイデア城への突入部隊に同行していた。シンハーやアルケイデア軍の上位兵士は、周辺に蔓延る異形の討伐、並びに生存者の保護にあたっている。


 城内へは先に数名の精鋭部隊が送り込まれており、エリィたちはその後を続く。

 本作戦の最重要人物であるエリィが、少しでも早く、そして安全にダリアラの元へ向かうための最良の手段であった。


 聖都アルケイデア内部に人の姿は無く、あまりの静まりようにエリィは凍えていた。

 本来ならば、この場所がどれ程の活気に溢れているのか。ミエーレのカトを思い出せば容易に想像が付く。

 彼らの足音、建造物に当たる風の音さえも、人のいない空間に反響し空気が震えていた。


「……さっさと進むぞ」

 そのあまりの変貌にすっかり言葉を失っていたハイドラだったが、やがて意を決したようにそう呟くと、自ら隊の先頭へと進み出た。


 ゲルダの背が真っ直ぐに伸び、馬が揺れる。エリィは細いゲルダの肩に手を添えながら、ちらりとニーナの様子を盗み見た。一人馬に跨り手綱を握るニーナからは、明らかな失意が感じ取れる。当然だろうとエリィは思った。


 もしもあの場に居たのがダリアラではなくジェシカだったらと思うと、言葉にならない絶望感に喉奥が鳴る。

 そしてそれは、恐らくハイドラもまた同じはずだった。


「妙だな」

 そんなエリィの視線に気づかないまま、ハイドラは馬を止めて眉を寄せた。その後ろに続いていたフランソワもまた、彼に同意するように馬を止める。

「妙?」

 ゲルダの呟きにハイドラが振り返り頷いた。


「連絡役が来ない。俺たちが城へ辿り着く前に、あいつ等から連絡を受ける手はずだったんだけどな」

 あいつ等というのは、一足先にアルケイデア城内へ突入した先行部隊のことだ。エリィがゲルダの背から顔を出す。アルケイデア城は最早目の前だった。


「そうだね……、君と、君。確認してきてもらっても良いかな」

 すぐ傍に控えていた騎士二人が、フランソワの言葉に従って馬を走らせる。万一のための二人体制だろう。

 しかし、ただでさえ少数の部隊。二人欠けるだけでも随分と物寂しく感じた。


 不可解な状況は相も変わらずだが、全てが未知とかしたこの場所で、少しの前情報も無く敵の本陣に足を踏み入れることだけは避けたい。騎士の背を見送ったフランソワの表情は、何時にもなく硬かった。


 突入部隊は一度馬を降り、厳戒態勢を取りつつ偵察役の帰りを待つ。

「……なんだか、嫌な予感がするね」

 顔を引っ込めたエリィの肩の上から、ヨルがそんな呟きを漏らした。


 彼らが血相を変えてフランソワの元へ戻ってくるまで、一時間とかからなかった。


  * * *


 二人の騎士と再合流してから一時間後。

 エリィは目の前の惨事に、ただ言葉を失っていた。


「遺体をライヴォル隊長と断定。反応、脈拍共に無し。……生存者、居ません」

 死体を大理石の床に丁寧に寝かせ、赤く染まった手を胸の上で組ませる。立ち上がった騎士は、遣る瀬無い様子で目を閉ざしたかつての同僚を見下ろし、そう断言した。


 城の外壁の外で馬を降りたエリィたちは、精鋭部隊が使用していたと思われるいくつもの馬の死体が無残に転がる中庭を通り過ぎ、城内へと足を踏み入れた。

 そこは、想像を絶する光景だった。


「……全滅、か」

 血の海という言葉は、正にこの場に相応しいだろう。重々しいフランソワの短い声が、朱に染まった大理石に落ちていく。


 部隊の奮闘の痕跡は、城内の傷跡に加え、点々と目にした異形の死体からも見て取れた。

 隊員数の三倍以上もの死体の数。おそらくはそれ以上の異形と、彼らは交戦したに違いない。


「大丈夫? 見なくて平気だから」

 エリィを背に回しながら、ゲルダが囁いた。医者である彼女は血の匂いに慣れているはずだが、この惨状を前に顔色が悪いのも当然だろう。


 ゲルダの言葉に反発しようと口を動かすものの、エリィは口元に当てた手を離すことが出来なかった。

「……っ」

 少しでも声を発しようものなら、その口内から溢れ出るのは声ではなく胃の中身だ。


 鼻につく生臭い鉄の香り。どこに視線を向けても映り込む朱色。無残に切り裂かれた死屍累々。


 絶望だった。地獄、悪夢。そんな呼称で、到底言い切れるものではない。

「…………」


 それでも、目を逸らすことは出来なかった。

 これは全てダリアラの、自分の半身が起こしたことなのだ。


「……弔いは後だ。今は先に進もう。彼らの仇も、取らないといけなくなったからね」

 フランソワの言葉に、周囲の騎士が頷いた。

「先導する」

 短く通るハイドラの声。部隊は彼の後ろに続き、アルケイデア城を進んで行く。


 足を進める度に、ぺたぺたと足元から音が聞こえた。それが靴の底に付着した血液によるものだと分かり、エリィは喉奥に再び胃酸を感じる。どうにか気分を落ち着かせようとゲルダの袖の裾を掴むと、ゲルダは小さく笑みを浮かべ、その手を握りしめた。

「……っ」


 彼女の手もまた、小さく震えていた。

 はっと顔を上げたエリィに、いかにも平気そうな様子でゲルダは首を傾げる。不甲斐なさに肩を揺らし、エリィが力強く彼女の手を握り返す。


「ごめん、ゲルダ」

 そんなエリィの言葉にゲルダが目を丸くし、そして再び口角を上げた。

「ううん、大丈夫。エリィが頼ってくれるの、嬉しいなってずっと思ってるから」

「……なんだよ、それ」


 幼馴染はほんの一瞬だけ記憶の中と寸分違わない笑顔を浮かべると、再び前を進むハイドラへと顔を向ける。エリィもまた、それに倣った。


 周囲を警戒しつつも場内を進んで行く。異形の姿は無く、ひっそりと静かだ。

 曲がり角を進んだ先に階段が見えた。ここから上階にも、地下にも行けるようだ。


「階段を登った先、三階には大広間がある。ダリアラの部屋は五階、謁見の間は九階だ。あいつが居るとすれば、このうちのどっかだと俺は踏んでる」


 広い城内の一部屋一部屋を確認していくことなど不可能だ。これ以上被害を広げないためにも、今日というこの日のうちに、ダリアラの元へ辿り着かなければならない。

 本来であれば手分けすべきなのだろうが、恐らくダリアラの元にエリィが辿り着かなければ意味がないだろう。異形を止め、ダリアラを止め、そしてこのベテルギウスを、在るべき場所へ戻さなければ。


「……なるほどね。それじゃあ、五階を目指そう」

 フランソワの判断に同意を示したハイドラの先導で、隊は階段を登り始めた。


 不気味なほど、城内は静かだった。

 続く階段を登り切ると、そこは三階の廊下だった。これより上の階に行くには、別の場所に作られた階段を登る必要があるとハイドラは説明した。


 いくつめかの扉の前にたどり着くと、ハイドラは目配せでこの先が大広間なのだと伝えた。緊張の走る中、息を潜めた兵騎士たちが、扉を挟むように陣を組む。


 一人の兵士が扉に手を当て、ハイドラの指示を待った。

「……」

 エリィはゲルダ、ニーナと共に、フランソワの傍でその様子を睨むように見つめている。周囲の準備が整ったことを確認すると、扉のすぐ傍に居たハイドラが三本の指を立てた。その指は等間隔で一本ずつ折り曲げられていく。


 無言のスリーカウント。

 やがて一本になった指が、すっと扉を指した。


「ッ!」

 寸分も遅れることなく、兵士が扉を全力で押す。

 開け放たれた扉から、ハイドラを先頭に一斉に部隊が大広間へと駆け込んだ。抜いた剣を広間の中へと向けながら、エリィたちを囲むように半円を作る。

 同じようにサーベルを抜いたハイドラが、険しい表情で広間の中を探る。ダリアラの姿はない。


「…………」

 ハイドラがゆっくりとサーベルを下ろすと、それに従う様にエリィを囲む兵騎士たちが警戒を少しずつ解いていく。


「外れか」

 エリィのすぐ後ろで、腕を組んだフランソワが呟いた。


「なら、早く次の目的地へ行こう。……ハイドラ?」

 早々に踵を返したフランソワだったが、ハイドラの表情から険しさは消えない。そしてそれは、ニーナも同じだった。


「おかしい」

 そう呟いたハイドラが、再びサーベルを構える。彼の視線の先には、誰も居ない大広間が広がっている。そしてその壁に均等に設置された、廊下へと続く巨大な扉が。


 その扉は、全て開け放たれていた。


「……なんで、奥の扉が開いてんだ」

 彼らが先ほど開けた扉を除いた全ての扉が、エリィたちが来るよりも前から、開いていたのだ。


 ニーナは、記憶の中のアルケイデア城を思い出す。それらの扉は、この大広間でなにか催しごとが無い限り、厳重に鍵が掛けられていたはずだ。

 この、正面入口から最も近い扉を除いては。


 ピリリと感じた違和感は、やがて聞こえた空気を裂く程の咆哮によって確信に変わっていく。

「まさか……っ」

「総員、厳戒態勢!!」


 ハイドラの声に答えるように、異形の雄叫びが大広間へと木霊する。

 開け放たれていた扉から、次々と白の獣が姿を現した。まるで、エリィたちの入場を待ち望んでいたかのように。

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