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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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無責任を羨む

 フランソワとハイドラを中心に各部隊の隊長を含めた軍議の末、周囲の街にて生存者を探し護衛するための部隊を編成、聖都内へ進行する部隊とは別行動をとることとなった。

 生存者捜索班は既に当てられた場所へ向かい、フランソワ、ハイドラ率いる本陣はその数を三十近くにまで減らしていた。最悪は、エリィさえハイドラの元に向かうことが出来れば良いのだというフランソワの提案だ。この数では心許ないという意見もあったが、生存者の救出が第一だというハイドラの言葉に、それ以上の反論は出なかった。


 軍の騎士たちが準備した野営場の隅。軍議を終えたハイドラは、無造作に前髪を上げ、一人丸太の上に座っていた。

「よう」

 足音で接近には気づいていた。ハイドラは振り返らずに、その声の主を迎え入れる。

「隣、座るぜ」


 許可も得ず、エリィはハイドラと肩を並べるように丸太の上に腰かけた。普段よりも随分と近い空を見上げて、腕を伸ばしながらエリィはふうぅと息を吐く。


「……あ」

 ちらりとハイドラの様子を盗み見ようとして、エリィはその視線がこちらへ向けられていることに気付く。わざとらしく体を逸らせていたことが気恥ずかしくなり、エリィはぐるりと黒目を動かした。

 そんなエリィの様子に、ハイドラの表情がほんの少し和らいでいく。


「……お前って、マジで変な奴だな」

「は?! な、なんだよ突然」


 思わず体を起こしてエリィが抗議する。ハイドラはその様子を鼻で笑いながら、小さな子供をからかう様に指を動かした。

「ウルセーな、大声出すなウゼェから。魔女の使いだか魔王だか知らねーけど、あまりにも馬鹿だって言ってんの」


 突然の悪口にエリィがわなわなと唇を動かす。

 そんな彼の様子に更にハイドラは可笑しそうに笑って、わざとらしく息を吐いた。


「ちょっと、羨ましい」


「……え?」

 思いもよらない言葉に、エリィの動きが止まった。まだ淡い月明りの下で、ハイドラの横顔がぼんやりと照らされている。


 改めて見れば、随分と整った顔だ。あまりにも適当に染められた黒の髪さえも、そういうファッションなのではないかとさえ思ってしまう。

 初めて会った時のようなマスクは付けておらず、服装はアルケイデア軍の総司令官らしく正装だ。それが余計に、彼の美形さを引き立てているのだろう。

 フランソワとはまた違う、男らしい格好良さとでも言うべきだろうか。


「あの、さ。……悪かったな」

 向けられた視線に、エリィは目を丸くする。思わず数回瞬きを繰り返し、思い出すように首を傾げて記憶を掘り起こした。


「ああ、切ったり蹴ったりしたことならもう気にすんなよ! 大した傷にもなってねーし」

「違ェっての! いや、違くねーか、それもそうだけど……いや、あれはお前がナメた口きいたからで……って、そんな話をしてェわけじゃねぇ!!」

 声を荒げたハイドラをどうにか落ち着かせようと両手を上げ、エリィは眉を寄せる。


「お、怒るなよ」

 心当たりが無いと困惑した様子にエリィへ、ハイドラがため息交じりに頭一つ振ると、どこか気恥ずかしそうに視線を逸らして口を開いた。


「だァから! ……お前が、なんも出来ねぇって言ったことだよ! ウゼェな!!」


「八つ当たりすんなって……!」

 足を組んで後頭部を向けたハイドラへ思わず声を上げたエリィだったが、彼の言葉を一度飲み込むと、あの日彼から受け取った言葉が鮮明に蘇ってくる。


 ――マジでなんも出来ねぇのな、お前。


 絶望と自責の中で見た、こちらを見下ろす冷ややかな瞳。


「……あ~~~~」

 苦々しい記憶に視線を泳がせながら、エリィはなんとも言えない声を漏らす。

「確かに、あれは……その、結構キたというか」

「う」


 正直な話、ジェシカの言葉とニーナのリボンの支えが無ければ、ここまで立ち直れてなどいなかったかもしれない。そうでなくとも、一人であの異常を抑えるためにと動くことは出来なかっただろう。

 苦虫を嚙み潰したような表情のハイドラに、エリィはわざと恨めしそうな視線を向け、そして笑った。


「別にいいよ。本当のことだったしな」


 意外な返答に驚いたらしいハイドラの隣で、エリィは開いた自身の手のひらを見下ろした。

「実際、俺はなんも出来ねー。いっつもジェシカの後ろをついて歩くだけだった。魔法もロクに使えねーし、あん時だってきっと、ジェシカの種とあんたらの手助けがあったからどうにかなっただけだ。今もう一回やれって言われたって、きっと出来ねーよ」


 ずっと目を逸らしていた。

 自分はまだ本気を出していないだけ。そんなありきたりな台詞を無意識に呟いて、知らないふりをしていたのだ。

 自分に力はない。そんな自覚は、あったはずなのに。


「そんなこたァわかってんだよ」

「はァ?!」


 あまりにも予想の上を行くハイドラの言葉に、エリィは思わず立ち上がった。

「お前なぁ、俺が寛大な心で……ッ!」

「阿呆、最後まで話は聞くもんだぜ」


 ぐっと口を紡いだエリィが、ふてぶてしい表情でハイドラを見下ろす。

「俺が言ってんのは、お前の魔法使いだか魔王だかの力の話じゃねーって言ってんだよ。お前んとこのジェシカとか、にーちゃんに付きまとってるディアナとかのことは、ただのザデアスの俺にはさっぱりだからな」

「じゃあ、何の話……」


「お前は、俺に出来ねェことが出来る」


 見下ろした先の王子の瞳が、どこか遠くを見ている。

 しかしその瞳は間違いなくエリィと視線を交わしていて、その矛盾に言葉が詰まった。

 ニーナと同じ、空色の瞳。


「出来ねーこと?」

 心当たりが無いという様に眉を寄せたエリィへ、ハイドラがふっと笑みを零す。

「例えば、さっきのメリッサのこととかだ」


 ハイドラの脳裏には、エリィがメリッサへ向け口にした言葉がありありと蘇っていた。

 全部解決する。心配は要らない。

 なんと、無責任な言葉だろうか。


「ゲンたちが見つかるかなんて、わからねェ。この島を、地上に戻せるかなんてわからねェ。……にーちゃんと話し合えるかなんて、わからねェ」


 立場があるから。自分は、王子だから。

 そんな考えは、城下に初めて下ったその日に、街のごみ溜めへと捨て置いたつもりだった。


「俺だって、言ってやりたかった。安心しろ、俺に任せておけってな」

 城下に下った彼と共に居た民たちは、皆彼を王子ではなく、一人の人間として接していた。そういう人間を選んで、共に居た。

 だからこそ彼は、安心して冗談を言い合った。任せておけよと、笑いあった。


 しかし今はどうだ。

 アルケイデアの王子として、次期王に成るべく動いている今は。

 ミエーレとの連合軍の、総司令官として動く今は。


「俺は俺のはずなのに。結局俺は、俺自身の体裁を気にして、言いたいことも言えねー男になっちまってたんだ。民一人の不安だって、拭い去ってやることも出来ねェで……。何が、王だよ」


 考えてしまった。

 ここで無責任なことを言えばどうなるか。

 国民から自分へ向けられる評価は、一層下がってしまうのではないかと。

 彼らに「お前は王には相応しくない」と、そう言われてしまうのではないかと。


「結局俺も、自分のことばっかりだ」

 だからこそ、あの時のエリィの言葉に、ハイドラは驚きと共に安堵さえ覚えた。

 彼が、どこまで深く考えていたのかはわからない。しかしエリィという立場の人間が、彼らへあの時そう告げることには、大きな意味があった。


 エリィという少年は、ハイドラと肩を並べて立てるにも関わらず、アルケイデアの者でなければミエーレ軍に属する者でもない。

 言ってしまえば、ハイドラにとって一番「切り捨てやすい」存在なのだ。


 どれ程無責任なことを言ったところで、どれ程信頼を失うような発言をしたところで。

 後に自分は、そんな彼を簡単に切り捨てることが出来る。


 そしてそんな考えを抱いた自分自身に、ハイドラはギリ、と歯を噛み締めていた。


 反吐が出そうだ――と。


「……だから、その。……感謝する。あいつらを、安心させてくれたこと。俺に言えねーことを、変わりに言ってくれたこと」

 エリィの言葉に、メリッサは笑顔を取り戻していた。彼女の父もまた、彼に本心の言葉で答えていた。


 ハイドラは、それが、羨ましかった。

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