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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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変わり果てた祖国

 シンハーを先頭に、連合軍は空中都市ベテルギウスの内部へと進んで行く。

 地面の終わりが見えなくなれば、見える周囲の景色は地上と何ら変わらない。地表こそ衝撃に耐え切れなかったのか荒れているが、空気やそこに立つ感覚は、ここが空中に浮いているのだということを忘れてしまいそうな程に穏やかだった。


 ある程度進んだところで、シンハーが馬を止めて眉を潜めた。

「こりゃ……」

 兵騎士たちの前に出たハイドラが、その様子に息を飲む。

 変わり果てた街並みが、そこに在った。


「なんだよ、これ」

 亀裂の走った道と崩れた建造物の壁。中には街路樹や街灯に押しつぶされ破壊された民家もある。辺りはシンと静まり返り、そこに以前ハイドラが目にした活気は少しも残されていなかった。

「ひどい……」

 そんなゲルダの呟きに同意するように、エリィがぐっとその肩を掴む手に力を込める。

 この街の普段の様子を、彼が目にしたことはない。それでも、エリィはその見たことのない景色を、想像してしまう。


 ミエーレの物とはまた違った様式で作られた民家の一つ一つから、暖かな明かりや団らんの声が聞こえてくるようだった。

 人の気配はない。にもかかわらず、どこからともなく感じる殺伐とした空気に、エリィは視線を動かし続けていた。


「……王子?」

 聞こえた声に顔を向けると、崩れた民家の間から、ふらりと一人の少女が顔を出しているのが見えた。ここへ来て初めて出会う人の姿に、エリィはどこか安堵を覚える。

 まだ七つ程少女は土に汚れた顔を上げて、馬の上に座るハイドラの姿を見上げていた。


「メリッサ!」

 ハイドラは少女の名を呼ぶと、馬から飛び降りて彼女の元へと駆け寄った。驚いたシンハーが、すぐ傍に居たアルケイデアの小隊長へ視線を向ける。

「王族か?!」

 しかしその小隊長は、どこか言い辛そうに、しかしほんの少し口角を上げて首を振った。


「いいえ、恐らくはこの街の民でしょう。王子はよくこの街へ、足を運んでおりましたから」

 更に驚いた様子のシンハーは、再びハイドラの姿をその瞳に捉える。その先の少女は彼を王子と呼ぶものの、彼へ向ける視線は親しい間柄の相手に対するそれだと分かった。


 その後ろから、フランソワもまたその様子を遠目で観察する。

 彼が王座を継ぐに値しないとされた最大の理由は、まさにその点にあったはずだ。

 勝手に城下へ下っては適当な遊び仲間と共に過ごす、そんな自由気ままな第二王子。国民からは親しみやすい王子と言われる反面、立場を理解できていない残念な王子とも言われ、その支持率は半々だったと聞いている。


「無事か? 親父さんは? この街はどうなった?」

 視線を合わせるようにしゃがみ込んだハイドラが、メリッサの薄い肩に手を乗せる。伝わってきたのは、冷たい体温と小さな震え。

 肩に感じた強い温もりに、メリッサはぐしゃりと顔を歪ませた。

 いくつもの言葉を形成しかけて音にならずに終わったその声が、震え交じりに言葉を成していく。

「王子、あのね」

 溢れた涙が、薄汚れた頬を伝い落ちる。

 真っ赤に染まった鼻の先に、ハイドラが奥歯を噛み締めた。


 そして少女の言葉を聞くよりも先に彼へと襲い掛かったのは、びりびりと空気がしびれる感覚だった。


「――!」

 ただならぬ気配を感じ取ったハイドラが、小さなメリッサの体を引き寄せる。

 短い悲鳴を漏らしたメリッサを抱き止めながらハイドラが尻餅をつくと、その頭上からヒュッと空を裂く音が聞こえた。


「総員警戒しろ!」


 それは異変を感じ取り、すぐさま彼らの元へ駆け付けたシンハーの剣が奏でた音だった。ハイドラが顔を上げる。

 シンハーの攻撃を避けた『何か』が、そこに居た。


 兵騎士たちが次々と馬を降り、剣を抜いていく。彼らはフランソワを中心に陣を取り、周囲へ剣先を向けた。

「なんだ……?」

 状況がつかめないエリィへ、ゲルダが周囲に意識を向けながら答えた。

「エリィは馬から降りないで。……なんだかとっても、嫌な気配がする」


 同じように馬の上から周囲の様子を探っていたニーナが、ハイドラの先に見えた『何か』に目を凝らす。

 白い毛並みを持った獣のようだ。凡そ人一人分の大きさを持った、何かだ。


「…………」

 メリッサを抱きしめたまま、ハイドラがその異物を睨みつける。

 こんな生物は、見たことも、聞いたこともない――。


「どうしたの……?」

 腕の中で首を回したメリッサが、困惑したように声を漏らす。

「見るな、メリッサ!」

 腕に力を込めて声を上げたハイドラに反応し、突如その異物が飛び掛かった。


「キャアァァァァァァ!!」

 ハイドラの制止も聞かず、ちらりとその様子を見てしまったメリッサが悲鳴を上げる。すぐ脇を駆け抜けたシンハーが、その異形を思い切り薙ぎ払った。

「っらァ!」

 体の芯を揺さぶるような、けたたましい雄叫びが響く。

 そんな声に反応するように、周囲から同じようなうめき声が響いた。


「嫌ぁ……!!」

 混乱するメリッサを抱きかかえ、ハイドラが立ち上がる。目の前の異形が動きを止めたことを確認すると、シンハーと顔を合わせ駆け足で陣へと戻った。

「フランソワ!」

 馬に飛び乗ったハイドラの意図を組んだのか、同じく騎乗したままのフランソワが、話も聞かずに答えた。

「任せよう」


 片手でメリッサを抱え、片手で手綱を掴んだハイドラが息を吸う。

「総司令官ハイドラより、各員へ緊急指令を通達する! ミエーレ第四部隊、並びにアルケイデア第三部隊はここに残り周囲の危険を排除しておけ! 残りは俺と共に市民の保護に向かう!」

 ハイドラの指示に従い、一部を除いた兵騎士は再び馬の上へと飛び乗った。


「メリッサ。みんなが居るところを教えてくれ」

 胸の中で震えるメリッサに優しく声をかける。赤い鼻を啜りながらハイドラの顔を見上げ、メリッサがどうにか答えた。

「路地裏の、地下シェルター……」

「ゲンの家の方だな? よし、行くぞ!」

 手綱を引いたハイドラの後を、シンハーを先頭に兵騎士が追う。

 一つの大きな動きに感化されたのか、突然周囲の影から現れたいくつもの影が、一斉に彼らへと襲い掛かった。

 応戦する騎士や兵士の間をすり抜けるように、隊が動いた。


「なんだあれ……!」

 驚きのままに言葉を漏らしたエリィへとゲルダが声を張る。

「捕まっててエリィ! ここは騎士さんたちに任せよう、一気に駆け抜けるよ!」

 ぐらりと揺れた体をどうにか支えながら、エリィがゲルダの肩を思い切り掴む。駆け出した馬のすぐ傍を、異形の爪が切り裂いた。

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