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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
6章 真実を求めて 【ベテルギウス突入編】
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空中都市攻略作戦、始動。

 二日が経過した。慌てふためく国民たちへの対応に当たっていた兵士たちが、ようやく城へと戻ってきた姿を、エリィは部屋の窓から見下ろしていた。


 この日カトに終結したミエーレの駐屯兵を除く、全兵騎士より選ばれた精鋭約五百人程度から成る、ミエーレ・アルケイデア連合軍の再編成が完了。空中都市ベテルギウス攻略作戦が決行された。

 総指揮官はフランソワ、ハイドラの連名だが、事実上作戦の指揮はフランソワが、現場での緊急時の対応はハイドラがそれぞれ担うこととなっていた。


 カトを出発した連合軍はミエーレ最果ての街にて一晩の休息をとった翌日、国境を越えてアルケイデア領土内へと進軍した。ベテルギウス直下に出来たクレーター部分へ到着次第、総指揮官を含めた精鋭部隊は、魔女ジェシカの力を借り上空に浮かぶベテルギウスへと乗り込むことになっている。ここが、今回の作戦における一つ目の山場だった。


 ハイドラ、フランソワは肩を並べて馬を走らせ、その後ろをニーナが追う。彼女の隣を走るゲルダの馬に、エリィは同乗していた。当然、その肩には子鼠の姿もある。


「全軍止まれ!」

 ミエーレ軍の副指揮官として先頭を走っていたシンハーが声を上げる。軍は進軍を止め、ゲルダもまた手綱を引いた。エリィが慌ててゲルダの腰を掴み、振動に耐える。


「……あれが」

「ベテルギウス……」


 ハイドラ、そしてフランソワが、空を見上げて息を飲んだ。太陽の光すら遮る程の、巨大な都市が浮いている。シンハーの報告通り、周囲に支えや紐のようなものは見当たらない。

 浮いているのだ。あの土地が。


「…………」

 彼らと同じように馬の上からベテルギウスを見上げたニーナの手が、ギリと手綱を握りしめた。


「待っておったぞ」


 そんな大軍を、ジェシカが片手を腰に当て出迎えた。馬から降りたフランソワが、彼女の元へと歩いて行く。

「やあジェシカ。現地集合だと聞いた時には驚いたよ」


 ゲルダの背から顔を覗かせたエリィが、フランソワの向こう側に立つジェシカの姿を捉えた。

 あの日から二日間、ジェシカは再び彼の前から姿を消していた。野暮用があると、彼に言い残して。


 ジェシカはそんなエリィの姿を認めると、すっとその目を細めて視線をフランソワへ向ける。


「お主らが全員空中都市にたどり着いた後、妾はお主らの作戦への一切の干渉をせぬと、改めて伝えておこう」


 なぜそうも頑なに、とフランソワは心の中で首を傾げた。しかしそんな様子など一切表に出さないまま、彼は頷いて答える。

「君が居なければ、ベテルギウスの攻略は疎か調査さえ出来そうにない。これ以上は何も望まないよ」


 ジェシカが一度頷くと、ぽっかりとくぼんだクレーターの中心部へ、高いヒールの存在など気にならない程真っ直ぐに進んで行く。

 以前彼女の魔法を間近で目にしたミエーレの騎士も、初めて目にするアルケイデアの兵士も。同じように、目の前で始まろうとしている出来事に、目を奪われていた。


「総員、下がれ」

 シンハーの声に、恐る恐る周囲の者たちから馬を後退させていく。

「ゲルダ」

 エリィの声に、ゲルダが頷いた。周囲の動きに逆らう様に、ゲルダは馬を進ませる。


 その様子を驚いた顔で見ていたニーナが、その後を追おうと手に力を込めた。

 しかし。

「…………」

 握りしめた手綱を、再び振るうことが出来ない。動かない両手を見つめるニーナの隣に並んだハイドラが、黙ってそんな彼女の様子を横目で捉えていた。


「おい、あんた等」

 前に出たゲルダとエリィの乗る馬に、シンハーが声をかける。辞めておけとその顔は言っているが、余計なお世話だろうかと考えたのか、それ以上なにかを言うことはなかった。そんな彼らの様子を見ていたフランソワは目を細め、自身の愛馬の元へと戻って行く。


「衝撃に備えろ!」

 そんな主人の姿に従う様に、シンハーは再び周囲の騎士たちへ声を上げた。

 クレーターの中心部には程遠いが、ジェシカはある程度の場所まで歩くとピタリとその動きを止めた。両の手を胸の前で組み、小さく息を吐く。


「…………」

 一度瞳を伏せ、天を仰いだ。まるで協力な磁石のように密着した自身の手のひらを、力の限り離していく。地響きが聞こえ、ジェシカを中心につむじ風のようなものが起こる。周囲を土煙が舞い上がった。


 肌をびりびりと刺激する感覚に、エリィは唇を噛み締めた。今ならわかる。これが、魔法の感覚なのだと。そしてその感覚は彼自身の内側からも、まるでジェシカに共鳴するように湧き上がってくる。

 慣れない感覚のはずなのに、嫌と言うほど興奮する。


 ジェシカの真っ赤な唇が開いた。

「始めよう……。明日の日の出を守るべく」


 周囲の空気が、気配が、彼女に魅せられていく。


 空間が、動き出す。


「きゃ……!」

 突然の圧力にゲルダが目を瞑った。どうにか馬の興奮を抑えながら周囲に目を向ければ、彼女と同じように衝撃を受けた兵士や騎士たちが、動揺の中でどうにか手綱を手にその場に留まっていた。


「エリィ、大丈夫?!」

 ごうごうと響く風の音にかき消されないようにと、ゲルダが声を張り上げる。

「……エリィ?」

 無い返事に疑問を覚え、ゲルダがどうにか振り返った。

 エリィはただまっすぐに、天空に浮かぶ島を見つめていた。


 ジェシカを中心に空へと巻き上がる風が、一つの柱となって周囲の土を巻き上げていく。やがてそれは一つの道となり、いくつもの曲がり角を形成しながらベテルギウスへと伸びていく。


「スゲェ……」

 その様子を見つめていたハイドラが、思わず声を上げた。既に異常現象は体験済みではあるが、改めて魔法というものを目の前にすると感動のようなものさえ覚える。あの道はやがてベテルギウスと繋がり、自分たちはその上を進んで行くのだろう。そう思うと、このような事態の中ではあまりに不謹慎だと言われかねないが、幼心を擽られるような気分だった。


 ジェシカの両手のひらは完全に離れ、小指も離れた。親指、薬指、中指が離れたところで、ジェシカはふとその動きを止める。

 視界の先に浮かぶ巨大な島が歪んだように見えて、ジェシカは一度眉を寄せた。

「なんじゃ……?」

 違和感はすぐに形になって表れる。

 体の内部に、電撃が走ったようだった。奥歯を噛み締め、溢れそうになった声を押し殺す。人差し指の先が、いつまでも離れない。


「ジェシカ?」

 いつまで経っても、道はベテルギウスに届かない。いち早く事の異常さに気付いたエリィが、目を凝らして空中の島を見上げた。

 その道は島に到達する寸前で、見えない何かに弾かれているようにも見える。


 頭上から押し潰されるような圧力に、ジェシカの細いヒールが地表に穴を開けていく。彼女を中心に起きる風で巻き上がっていた銀の髪が、その圧力に従い不可解な動きを見せていた。


「様子がおかしい……!」

「え……っ、ちょっとエリィ!」

 馬から飛び降りたエリィが、ゲルダの制止も聞かずクレーターの中へと進んで行く。ジェシカを中心に生まれた風圧が、エリィの足の進みを阻んだ。


「エリィ、これって……」

 その肩に捕まったヨルが、全身の毛をなびかせながら声を上げる。異常を感じ取ったのはエリィだけではなかったのだ。

「わかんねーけど、絶対おかしいぞ……ジェシカ!」

 ごうごうと響く風や土の音に負けないように、エリィが大声を上げる。徐々に詰まるジェシカとの距離と比例するように、エリィは心の底から何かが溢れ出すような感覚を覚えた。


「っく、エリィか……!」

 血管の浮き出た細い両腕に、エリィは息を飲む。これほど険しい表情をしたジェシカの姿を見るのは初めてのことだった。

 なぜそんなにも苦しそうにしている? なにに手こずっている?

 一人で何でも成し得てしまう、天下の大魔女ではなかったのか。

 大丈夫なのか、このままで――。


「ここは危険じゃ! 早く戻れ!」

「っ!」

 突き返す様な言葉に体が揺れる。

 沸々と湧き上がる苛立ちに、エリィは眉を寄せた。


「馬鹿言ってんじゃねーぞ!」


 回り込むようにジェシカの前に立つと、エリィは力んで震えるジェシカの両手へ、自身の両手を包み込むように重ねる。

 驚きのままに長い睫毛を瞬かせたジェシカを見上げ、エリィはギリと奥歯を噛み締めた。

 苛立ったのは彼女にでは無い。

 一瞬でもただ心配するだけで終わらせようとした、自分自身にだ。


「俺だってなァ!」

 瞬間、ぐんと二人を押さえつけるような圧が強まった。

 まるで地面に吸い込まれてしまいそうな力に、エリィはグゥと声を漏らす。どうにか両足を開き、踏ん張るように両手へと力を込めた。


「や、れば……ッ! 出来るんだよッ!!!!」


 ぶわり、と。

 彼を中心に、いくつもの花弁が舞い散った。上空に延びる道の最後の一欠片が、薄紫で埋まっていく。


 一度の経験で、コツは掴んでいた。

 あとは、同じように意識を集中するだけだ。


「もう少しだ……!」

 肩の上で声を張り上げたヨルに答えるように、ジェシカの両手を握りしめエリィが息を飲み込む。


「ンググググググググ」

 声にならないうめき声が漏れた。吐き気はない。しかしそれ以上に、体中の筋力の全てを両手につぎ込んでいるようだ。一瞬でも気を緩めれば、どこか世界の果てまで体が飛び散ってしまいそうな圧。彼の声に答えるように溢れる薄紫は、そんな彼の感じる圧をもろともしないと言う様に、空へ空へと上がっていく。


 そんなエリィの様子に目を丸くしていたジェシカが、やがて困ったように息を漏らした。

 自然に上がった口角の隙間から、優しい声が溢れる。


「この……馬鹿息子め」


 再び力を込めた両手の指先が、かすかに離れて行くのを感じた。

 吹き荒れる。体中の血液が、沸騰しているようだ。


 エリィの視界が白んだ。飲み込まれそうな感覚が、どこか遠い。

 吹き荒れる。動き出す。魅入られる。


 破裂する。


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