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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
1章 そして、二人は巡り会う 【『アレクシス』捜索編】
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隣国アルケイデア

「そうだなあ、エリィ。もし目の前に二つの林檎の木があったとしよう」

 クッキーを口元に運んだエリィの傍で、ヨルが短い手を動かして説明を始めた。


「片方は味が保証されていて、豊作も期待できる立派な木。でも、その木はほんの数年で枯れてしまうことがわかっている。もう片方の木は余程のことがない限り、この先数十年と林檎が取れる。だけどその木からとれる林檎の味は、最初に言った方の木の林檎と比べて格段に落ちると言われている」


 エリィがヨルの話の意図が分からず眉を寄せた。空中に小さく二つの木を描いた後、ヨルが視線をエリィへと向ける。

「どちらか一つだけ選べるとして、エリィはどっちを選ぶ?」

 実体のない二つの林檎の木を見比べながら、クッキーを平らげたエリィが顔を上げた。


「短い方を選んで、枯れたらもう一本をもらう!」

「話、聞いてた?」


 呆れたように両手を下げたヨルの向こうで、仕事を終えたゲルダが苦笑を浮かべた。エリィの後ろ側の棚に進み、事前に用意していたティーポットを持ち上げ紅茶をカップに注ぐ。

 どうやら彼女はヨルの問いかけの意図を汲み取っているらしい。二つのカップをテーブルに置いて、ゲルダはエリィの向かい側の椅子に座った。

「どちらか一つだけって、僕言ったでしょ」


「俺は両方欲しい!」


「……」

 わざとらしくため息を吐いたヨルが、懇願するようにゲルダを見上げる。


「ヨルちゃんが言った二つの林檎の木は、アルケイデア王国の二人の王子様のことを言ってるんだよ。頭が切れて人柄も良い、でも寿命が短いと分かっている第一王子様と、健康体でこの先の数十年間王座を安定させることが出来るけど、ちょっと性格に難がある第二王子様」


 エリィが話について来ていることを確認して、ゲルダは話を続けた。


「本来なら、そんなこと関係無しで第一王子様が次の王様になるはずだった。でも王の死後、第一王子様本人が王位継承権を破棄したいって言ったんだ。その体質を理由にね」

「そこで、病気がちだった彼をあまりよく思っていなかった一部の権力者たちが、第二王子を推薦した」

 ね、と顔を上げたヨルに、ゲルダが頷く。しかしエリィの表情は晴れなかった。

「だったら第二王子がさっさと王になりゃ解決だろ?」

 ゲルダが困ったように腕を組んだ。


「確かにこの流れのまま行けば、第二王子様が王になって話は終わり。でもさっきも言った通り、第二王子様の性格には難があった。第二王子に国王は任せられないって言う人たちも多くて、そんな人たちはみんな第一王子様の味方についたの。第一王子が王座についている間に、新たな跡継ぎが生まれることを願ってね」


「二人の王子はそれぞれ一長一短。どちらが王になっても問題は残る。アルケイデア国は今、建国以来最大の選択を迫られているんだ」

 ヨルがゲルダの言葉を受け継ぎ、講師のように短い腕を動かしながら言った。

 既に何枚目かのクッキーを飲み込んだエリィが、未だ湯気の上がる紅茶を喉の奥へと流し込んだ。一息ついたゲルダに一枚のクッキーを差し出して、再び疑問を口にする。

「うちの国だって、数年前に王様変わったばっかだったよな。流行ってんの?」

 カップケーキを抱え込むようにして噛り付いたヨルの頭を撫でて、ゲルダが受け取ったクッキーを口元に寄せた。

「ミエーレとアルケイデアは、建国した年が一緒だからね。でも、今回の代替わり時期が重なったのは偶然。アルケイデア王の死は唐突だったんだって。代替わりの話がしっかりと固まる前に亡くなってしまったから、余計に城内は混乱してるらしいよ」

「ふぅん」


 エリィがクッキーを咥えたまま、話に飽きた様子で指遊びを始めた。親指と人差し指を擦り合わせたその間に、ひらりと一片の花弁が生まれる。

 その様子を見て、ゲルダがふっと笑みを零した。



「さて、この話はもうおしまいでいいよね。今度は私の話を聞いてくれる?」

 指遊びをやめ、エリィが顔を上げる。

「エリィ……ううん、ジェシカさんのお使いさん。お願いがあるの」

 エリィは彼女のその表情に見覚えがあった。その笑顔は、なにか良からぬことを企む子供のそれだ。

「とある場所を調査してほしいんだ」

「調査?」


「ノブルの郊外に、今はもう使われてない教会があるのは知ってる?」

 エリィは記憶を頼りにその存在を思い出し、頷いた。ジェシカの屋敷よりも、更に街の中心から離れた場所にある教会のことだろう。周囲には人も住んでおらず、郊外と呼べる場所に位置しているかも危うい場所だったはずだ。

「昨日ね、何日か前から隣町に出かけていた知り合いの商人さんと、偶然会ってちょっと話をしたんだ。そしたらその人が、あの教会を復興でもするのかって聞いてきたんだよ」

「なんだ、そんな予定があったのか?」

「ないない!」

 ゲルダは首を振った。


「だから驚いて、どうしてって聞いたの。そしたらね、夜にたまたまその近くを通ったら、中から何か物音がしたんだって」

「も、物音ぉ?」


 エリィがごくりと生唾を飲み込んだ。教会周辺に人が住むような家はなく、街灯も少ない。特に夜間であれば、人がわざわざあの周辺に出向くような理由などないはずだ。

「あの教会、古いけど造りは頑丈だし、地下もちゃんと作られているから壊さずにとっておいてあるんだって。一応街の物だし、変に荒らされてるのって良くないと思うの」

 ゲルダがずいとエリィの前に身を乗り出した。勢いに押され背を逸らしたエリィが、そんなゲルダの輝く瞳に苦笑いを浮かべる。


「だからエリィに、その教会の調査をお願いしたいの! 大したことじゃなければそれで良し。でももし変な人が教会を荒らしてるんだとしたら大事件じゃない? ……もちろん、私も一緒に行くからさ!」


 成程な、と心の中で呟いた。彼女の性格はエリィも良く知るところだ。活発で社交的。その顔の広さは尊敬に値する。

 そして何よりも、彼女の好奇心は誰にも劣らない。

 この輝く瞳は、そんな彼女の好奇心が最高潮に達したその証拠だ。

 カップケーキを平らげ膨らんだ腹を晒したヨルが、ふうと息を吐くのが見えた。彼もわかっているのだ。こうなってしまっては、誰がなんと言おうと彼女の意志は曲がらないということを。

 エリィが小さくため息を吐いて、頷いた。


「……わかったよ、ゲルダ。その依頼、魔女の使いが請け負った」


 そしてその好奇心の道連れとなる相手は、昔からエリィに変わりない。ぱっと目を輝かせたゲルダに、エリィは笑みを零すのだった。

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