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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
5章 運命は再び動く 【『アレクシス』捜索編】
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その兵器を止める方法


 ニーナの唇が震え、ゲルダの瞳が見開いていく。

 ハイドラは言葉を失い、険しい表情のフランソワが腕を組んだ。


 ただ、ジェシカとその傍に立つ男、そしてニーナの手の中でその様子を傍観していたヨルだけが。

 その言葉に動揺を示さない。


「『アレクシス』は二つあった、ということだ。……彼には、その自覚は無いようだが」


 渦中の人となったエリィが、恐ろしい程に愛おし気にこちらを見下ろすダリアラを見上げる。彼の言葉が、上手く飲み込めない。


「私を殺すのが難しくとも、この子を殺せば『アレクシス』は止められるかもしれない。……さあ、やってごらん?」


 ニーナへとエリィの体を突き出したダリアラの声は、決して冗談などではないとわかる。

 彼は本気で、エリィを殺してみろと言っている。


「テメェ……。ステラリリアに、人を殺せって言ってんのか?」

 ニーナを庇う様に、ハイドラが彼女の前に立った。まるでニーナの視界から、ダリアラと、その手に捕まれたエリィの姿を消し去るように。

「全部知ってて、こいつを騙してたのかよ!!」


 ダリアラは小さく首を傾げた。

「元より私は『アレクシス』が人ではない、などと言った覚えはない。もちろんそれを理解した上で、ニーナは私の願いを聞き入れてくれていたのだと思っていたのだが」


「この……っ! クソ野郎が!!」

 サーベルを抜き駆け出そうとしたハイドラの腕を、フランソワが掴んで抑えた。


「っ、何しやがる!」

「今君があの男に切りかかったら、誰が怪我をすると思ってるのかな」


 あくまでも冷静さを装った声に、ハイドラが息を飲む。既に力の限りを尽くしたエリィの体は、恐らくハイドラの攻撃を避けることなど出来ないはずだ。ダリアラは彼を盾にして、その身を守るだろう。


「奴が何を考えているのかはさっぱりだけどね。このまま君が切りかかれば、それこそあの男の思うつぼだってことくらいはわかるはずだ」

 力んだハイドラの腕から、小さな震えが徐々に消えていくのをフランソワは感じ取った。


「これ以上、良い様に使われるのは嫌だろう」

「……ッ!」


 まるで全てを知ったような口を利く、とハイドラは苛立ちに歯を噛み締める。

 しかしフランソワの言葉を否定することは、今の彼には出来なかった。


 彼の言葉を全て信じるのであれば、空に浮かぶアルケイデアは、ダリアラの仕業とみて間違いないだろう。アルケイデアを手薄にしたのは、全勢力を戦場となるはずだったこの場所へ連れ出したハイドラだ。

 動きやすくなったと言った彼の言葉は、恐らくこの事実を指している。


『もう我慢ならねぇ!』

 一向に動こうとしない兄との口論にもならない口論の末、自身が発した言葉が脳裏に蘇る。

『わかったよ、お前が意地でも動かねェってんなら、俺が動いてやる! 俺が、この国の王になる!』

 そう言い切ったハイドラへ、兄は満足そうに目を細めていた。


 その会話から現状まで。全てがダリアラの描いたシナリオ通りなのだとしたら。


「……クソが…………ッ!」

 握りしめたサーベルの柄が、ギリ、と音を立てた。

 フランソワの手を乱暴に振りほどき、ハイドラは抜き掛けのサーベルを納める。


 そんな二人の様子を眺めていたダリアラが、興ざめだと言わんばかりに首を振った。


「つまらないな。……まあいい。正直、この状況は私の予想していた範疇の外にある。全部が全部君の言う様に、私の思い通りという訳ではないということだ」

「……何が目的かな、アルケイデアの王子様」

 ハイドラの動きを抑制するようにその前に立ち、フランソワが問いかける。


「君の行動は矛盾だらけのように感じる。僕たちにもわかるように、この状況を説明して欲しいのだけれど」

 ダリアラはにこりと口角を上げると、答える気はないと告げるようにその視線をフランソワから離した。


 再び冷ややかな指先で頬をなぞられたエリィが、先ほど体験したものとまったく同じ眩暈に体を揺らす。そんなエリィの反応を嬉しそうにさえ見つめながら、ダリアラは彼の体を再び地面へ下ろした。


「私は、もう少しこの物語の続きを見たくなった」

 ダリアラが視線を向けた先で、男が舌打ちした。

 時間切れを悟った男が、ジェシカを一瞥しつつ傍に落ちていた熊のぬいぐるみを拾う。


「考えを改める気はないのか」

 そんな冷ややかなジェシカの声に、男の動きが止まった。


「……次は無い」

 男は返答にならない答えを呟き、速足でダリアラの傍に寄る。その足元にしゃがみこむエリィへ、悲しみと慈悲を向けるように目を細めて。


「ニーナも今はまだ、動く気は無いようだからな。お前たちには、しばし時間を与えよう。……続きは()()()で話そうか」

 傍に寄った男へと、彼を受け入れるように肩を寄せ、ダリアラはほほ笑む。


「なに、この物語の全容は、なにも私ばかりが全知である訳ではない。どこからでも、いくらでも話を聞くと良い」

 そして意味ありげに視線をちらりとジェシカへ向け、エリィから手を引いた。


「さあ諸君。私たちはあの天空の城へ戻り、君たちの――エリィの到着を待とう。全てを知った後、君たちの答えを聞かせて貰いたい」


「っ、待てよ、おい!」

 ダリアラの肩を抱いた男が瞳を伏せると、彼らを中心に空間が歪んでいく。駆け出したハイドラの足元が、ぐらりと揺れ動いた。

 これ以上の接近は不可能だ。時空の歪みを本能が感じ取り、途方もない嫌悪感に体が固まっていく。

 それは彼の傍に居た誰もが感じ取った不快。だれも、ダリアラには近づけない。


 何も言えずにただその様子を見上げていたエリィへ、ダリアラが優しく声をかけた。


「私は、お前を受け入れることも出来るんだよ――エリィ」


 次にエリィが瞬きを終えると、二人の姿は既に消え、空間の歪みも消滅していた。

 ただ霞む視界の先に、宙に浮かぶ(アルケイデア)が見えた。

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