その兵器を止める方法
ニーナの唇が震え、ゲルダの瞳が見開いていく。
ハイドラは言葉を失い、険しい表情のフランソワが腕を組んだ。
ただ、ジェシカとその傍に立つ男、そしてニーナの手の中でその様子を傍観していたヨルだけが。
その言葉に動揺を示さない。
「『アレクシス』は二つあった、ということだ。……彼には、その自覚は無いようだが」
渦中の人となったエリィが、恐ろしい程に愛おし気にこちらを見下ろすダリアラを見上げる。彼の言葉が、上手く飲み込めない。
「私を殺すのが難しくとも、この子を殺せば『アレクシス』は止められるかもしれない。……さあ、やってごらん?」
ニーナへとエリィの体を突き出したダリアラの声は、決して冗談などではないとわかる。
彼は本気で、エリィを殺してみろと言っている。
「テメェ……。ステラリリアに、人を殺せって言ってんのか?」
ニーナを庇う様に、ハイドラが彼女の前に立った。まるでニーナの視界から、ダリアラと、その手に捕まれたエリィの姿を消し去るように。
「全部知ってて、こいつを騙してたのかよ!!」
ダリアラは小さく首を傾げた。
「元より私は『アレクシス』が人ではない、などと言った覚えはない。もちろんそれを理解した上で、ニーナは私の願いを聞き入れてくれていたのだと思っていたのだが」
「この……っ! クソ野郎が!!」
サーベルを抜き駆け出そうとしたハイドラの腕を、フランソワが掴んで抑えた。
「っ、何しやがる!」
「今君があの男に切りかかったら、誰が怪我をすると思ってるのかな」
あくまでも冷静さを装った声に、ハイドラが息を飲む。既に力の限りを尽くしたエリィの体は、恐らくハイドラの攻撃を避けることなど出来ないはずだ。ダリアラは彼を盾にして、その身を守るだろう。
「奴が何を考えているのかはさっぱりだけどね。このまま君が切りかかれば、それこそあの男の思うつぼだってことくらいはわかるはずだ」
力んだハイドラの腕から、小さな震えが徐々に消えていくのをフランソワは感じ取った。
「これ以上、良い様に使われるのは嫌だろう」
「……ッ!」
まるで全てを知ったような口を利く、とハイドラは苛立ちに歯を噛み締める。
しかしフランソワの言葉を否定することは、今の彼には出来なかった。
彼の言葉を全て信じるのであれば、空に浮かぶアルケイデアは、ダリアラの仕業とみて間違いないだろう。アルケイデアを手薄にしたのは、全勢力を戦場となるはずだったこの場所へ連れ出したハイドラだ。
動きやすくなったと言った彼の言葉は、恐らくこの事実を指している。
『もう我慢ならねぇ!』
一向に動こうとしない兄との口論にもならない口論の末、自身が発した言葉が脳裏に蘇る。
『わかったよ、お前が意地でも動かねェってんなら、俺が動いてやる! 俺が、この国の王になる!』
そう言い切ったハイドラへ、兄は満足そうに目を細めていた。
その会話から現状まで。全てがダリアラの描いたシナリオ通りなのだとしたら。
「……クソが…………ッ!」
握りしめたサーベルの柄が、ギリ、と音を立てた。
フランソワの手を乱暴に振りほどき、ハイドラは抜き掛けのサーベルを納める。
そんな二人の様子を眺めていたダリアラが、興ざめだと言わんばかりに首を振った。
「つまらないな。……まあいい。正直、この状況は私の予想していた範疇の外にある。全部が全部君の言う様に、私の思い通りという訳ではないということだ」
「……何が目的かな、アルケイデアの王子様」
ハイドラの動きを抑制するようにその前に立ち、フランソワが問いかける。
「君の行動は矛盾だらけのように感じる。僕たちにもわかるように、この状況を説明して欲しいのだけれど」
ダリアラはにこりと口角を上げると、答える気はないと告げるようにその視線をフランソワから離した。
再び冷ややかな指先で頬をなぞられたエリィが、先ほど体験したものとまったく同じ眩暈に体を揺らす。そんなエリィの反応を嬉しそうにさえ見つめながら、ダリアラは彼の体を再び地面へ下ろした。
「私は、もう少しこの物語の続きを見たくなった」
ダリアラが視線を向けた先で、男が舌打ちした。
時間切れを悟った男が、ジェシカを一瞥しつつ傍に落ちていた熊のぬいぐるみを拾う。
「考えを改める気はないのか」
そんな冷ややかなジェシカの声に、男の動きが止まった。
「……次は無い」
男は返答にならない答えを呟き、速足でダリアラの傍に寄る。その足元にしゃがみこむエリィへ、悲しみと慈悲を向けるように目を細めて。
「ニーナも今はまだ、動く気は無いようだからな。お前たちには、しばし時間を与えよう。……続きはあちらで話そうか」
傍に寄った男へと、彼を受け入れるように肩を寄せ、ダリアラはほほ笑む。
「なに、この物語の全容は、なにも私ばかりが全知である訳ではない。どこからでも、いくらでも話を聞くと良い」
そして意味ありげに視線をちらりとジェシカへ向け、エリィから手を引いた。
「さあ諸君。私たちはあの天空の城へ戻り、君たちの――エリィの到着を待とう。全てを知った後、君たちの答えを聞かせて貰いたい」
「っ、待てよ、おい!」
ダリアラの肩を抱いた男が瞳を伏せると、彼らを中心に空間が歪んでいく。駆け出したハイドラの足元が、ぐらりと揺れ動いた。
これ以上の接近は不可能だ。時空の歪みを本能が感じ取り、途方もない嫌悪感に体が固まっていく。
それは彼の傍に居た誰もが感じ取った不快。だれも、ダリアラには近づけない。
何も言えずにただその様子を見上げていたエリィへ、ダリアラが優しく声をかけた。
「私は、お前を受け入れることも出来るんだよ――エリィ」
次にエリィが瞬きを終えると、二人の姿は既に消え、空間の歪みも消滅していた。
ただ霞む視界の先に、宙に浮かぶ島が見えた。




