彼の描くシナリオ
「え――――?」
理解が追い付かない思考。ほほ笑む主の姿。
ニーナが言葉を失い、
そして星が欠けた。
「な、なにが起きて……!」
星の悲鳴が耳を裂き、エリィの心臓を揺さぶる。
立っていられなくなったニーナが尻餅をつき、反射的に顔を空へと向けた。
その視線の先に映ったのは、天に浮かぶ一つの島。
「なにあれ……!」
驚きのままにゲルダが声を上げる。そんな彼女の言葉に答えるように、ニーナが唇を薄く動かした。
「あの、方角は……」
「アルケイデアがある方じゃねーか!」
フランソワの横で、ハイドラが叫ぶ。
地面が抉り取られ、一つの塊が天空の島となって彼らを見下ろしている。それは間違いなく、つい先程までこの地上に続いていたはずの地面だった。
衝撃に動きを止めた男から注意をそらさず、ジェシカは横目でその様子を眺めていた。
「どう、なって……」
小さな声だったが、ダリアラがそんなニーナの声を聞き逃すことはない。
「ハイドラが言った通りだ。あれは私たちの故郷、アルケイデアだよ。……手始めにね。まずは身近なところから変えていこうと思っていた」
フランソワがそんなダリアラの姿に目を向ける。生まれつき体が弱く、父親の死後王位継承権を自ら捨てた天使の王子の姿。
その優し気な目元が、天を仰ぎ、嬉々としてこの瞬間を受け止めていた。
「ああ。勿論私は……ハイドラ、お前にも感謝を伝えなければならない」
ダリアラの声に、ハイドラが眉を寄せる。ダリアラが視線を落とし、弟の姿を視界に捉えた。
「お前のお陰で、私は随分と動きやすかった」
困惑の中、ハイドラは苛立ちのままに平然と言葉を紡ぐダリアラへと声を荒げる。
「どういうことだよ!」
握りしめたハイドラの拳が震えている。
「人払いと時間稼ぎ。期待以上の動きだった」
「時間稼ぎ、だと……?!」
理解が追い付かないハイドラに、ダリアラはそれ以上の言葉を与えない。
感謝を告げるだけ告げてしまえば、最早ハイドラへの興味など無いとでも言う様だ。
「さて。今ここに居る君たちは、この物語の中でも中核となる登場人物であることに間違いは無いだろう。私も含めてね」
ちらりと足元に腰を下ろすエリィを見下ろし、そして自分を中心に集まった五人と一匹を順々に見渡していく。言葉に棘などないというのに、彼の声色にはどこか聞く者を戦慄させ、その場に拘束させるような力を感じた。
「そんな君たちに、今後の物語のシナリオを……、一足先に教えてあげよう」
まるで大舞台に立つ俳優さながら。両の手を動かし、ダリアラは語る。
「五十年前の天変地異を境に関わりを絶っていた二つの国は、この日遂に友好関係を結ぶ。……しかし同日、兵器『アレクシス』が活動を開始。世界は再び窮地を迎えることとなる」
「そんな……!!」
淡々と告げられる言葉が、ニーナの心を奥深くまで絡めとる。
「シナリオ、なんて……! どうして、そんなことをおっしゃるんですか!」
反射的に、声が溢れ出す。周囲の視線が、一斉にニーナへと向けられた。
「あれが『アレクシス』によるものなら、早く止めないと……!」
必死に指を伸ばし、天高く上った地上を指す。
そう言いながらも、ニーナは先ほどまでのダリアラの言動を思い返して言葉を止めた。
全てわかり切っていたように、彼はそこに立っている。
『アレクシス』の動きも、この状況も。全ては、彼の描いた「シナリオ」の一部であるように。
縋るように見つめた先で、ダリアラは彼女の思考の全てを肯定するように首を傾げて見せた。その問いかけに答える言葉は持ち合わせていないと、その瞳が告げていた。
「…………っ!」
どうして。
嘘だと叫びたい衝動が、目の前の男の姿に押しつぶされていく。
否定など出来ない。出来るはずがない。
彼女にとって、ダリアラの言葉は絶対だった。
例えそれが、自分にとって理解出来ない理不尽だったとしても。
「止めてみるか?」
刺す様な冷たい声に、立ち上がったニーナの背筋が凍った。待ち望んだ答えは、明らかにニーナが求めていたものではない。
変わらない笑みを浮かべたまま、ダリアラは静かにニーナへと視線を向けていた。
慈愛の籠った、冷ややかな瞳。
「止めたいのなら壊してみろ」
「え……?」
思わぬ答えに、ニーナの思考が止まった。
「私のためならば、お前はなんでもしてくれるのだろう? なら、私がお前に託した願いを、今こそ叶えてはくれないか」
夜風が、彼女の体温を奪っていく。
『アレクシス』を破壊しろ。
そんなダリアラからの命令は、当然今もニーナの意識下に刻まれている。
しかし肝心の『アレクシス』の所在が分からないのだ。そのことは既に、彼にも報告済みのはずなのに。
困惑の最中、ニーナは答えを求めるようにダリアラへと一歩近づいた。
「そんな心配そうな顔をするな。『アレクシス』なら……ここに居る」
ニーナの足が止まった。
ダリアラのしなやかな指が、その胸元に当てられる。
「――『アレクシス』は、私だよ」
時間が止まったようだ。
あまりにもさらりと告げられた事実に、ニーナは平衡感覚を失っていく。思考の一切が奪われ、ただ、与えられる言葉を待つことしか出来ない。
この男は一体、何を言っているのだろう。
何の話をしているのだろう。
ダリアラはそんなニーナの様子をどこか満足気にみつめながら、わざとらしく今思い出したかのように足元でしゃがみこむエリィの腕を掴んだ。
「だが」
無理やりに立ち上がらせられたエリィが、状況に感情が追い付けず眉を寄せる。同様にフランソワやゲルダたちも、ダリアラの動きに一層の注意を払った。
気だるい体でどうにか抵抗しようとするも、しっかと掴まれたダリアラの手が、彼の腕から離れることはない。
「なにを――」
エリィの抵抗などない物のように、ダリアラは彼の体を自身の前へ押し出し、ニーナへと見せつけ、そして
「この子も、『アレクシス』だ」
確かに、そう言った。