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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
5章 運命は再び動く 【『アレクシス』捜索編】
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終わらない異常

 ミエーレの騎士はもちろんのこと、作戦中既に説明を聞いていたアルケイデアの兵士たちもまた、二人の王子の握手に歓声を上げる。


 当然作戦中は半信半疑だった兵士たちも、この状況を見れば作戦の存在と成功を認めざるを得ない。

 詳しい説明は後々ハイドラの口から伝えることになっていたが、どうもこのフランソワという王子に仕事を取られてしまったらしい。


 自軍の兵の様子を見る限り、デマらしいデマをつかれたわけでも無さそうだ。そもそもそのようなことをすれば、すぐ傍のゲルダが黙っていないだろう。

 とはいえ詳しい理由も聞かされないまま動かされた兵士たちには、後程改めてハイドラの口から説明をする必要こそ大いにあるだろうが。


 美しい夜空の下でそんな様々な思考を巡らせながら、ハイドラが自分よりも背の高いフランソワの顔を見上げる。握手を交わした後、一向に離される気配のない手のひらに、無意識に冷や汗が浮かんだ。


「えっと……?」

 恐ろしい程ににこやかなフランソワが、困惑した様子のハイドラへとさらに口角を上げる。


「いやあ、何時かはアルケイデアの王子と話がしてみたいなと思っていたんだよ! まさかこんな形で握手を交わすことになるなんて、思ってもみなかったけどね。良かったら今後とも仲良くして欲しい。そうそう、エリィから君宛てに手紙を届けたと聞いたけど、今度は僕からの手紙も受け取ってくれるかな」


 ペラペラと続くフランソワの言葉に後退しそうになるも、ハイドラの手を握りしめる彼の手がそれを許してくれない。

「お、おう……」


 あまりの圧に頬を引きつらせながらも、仮にも隣国の要人であるフランソワ相手にハイドラはどうにか笑みを浮かべて見せた。

「折角手紙を送り合えるほどの仲になれたんだし、二人でゆっくりお話がしたいなあ! もちろん、改めてミエーレ城にも招待させてもらうけど……」

 そんなハイドラの様子に頷いたフランソワが、ちらりと周囲の様子を盗み見る。


「……?」

 眉を寄せたハイドラに再び笑みを戻し、ぐいとその手を引き寄せた。

「わっ」


「まずは今すぐ、人気の少ないところで……ね」


 細められた目が煌き、ハイドラが息を飲む。


「シンハー! 僕たちは少し席を外すよ。ミエーレ軍は僕が帰ってくるまで待機! 万一の際、全権はお前に託そう。護衛には……そうだな、君!」

 ハイドラの返答も待たず呆れた顔を浮かべるシンハーに声をかけ、フランソワはゲルダを指差した。


「……へっ?!」

 突然の指名に驚いたゲルダが肩を揺らす。


「僕たちの護衛をお願いしたいな。君がこの場で一番の中立者だ、そうだよね?」

 有無を言わさぬ物言いに、ゲルダが断り切れるはずもなく。


 たった一人の青年の言葉で、話はとんとん拍子に進んでいく。

 お互いに顔を合わせたゲルダ、ダリアラ、そしてシンハーの三人は、そろってため息を吐いたのだった。


   * * *


「で? このタイミングで、わざわざ二人にならねーと出来ねぇ話ってのは、一体なんだってんだよ」


 二つの軍隊の姿が見えなくなると、握られたままの手をようやく振りほどいたハイドラが声を上げた。

 夜明けの近い空が、徐々に白んでいく。


 振り返ったフランソワが、自身を睨みつけるように見つめるハイドラと、その後ろから遠慮気味に視線を向けるゲルダへと笑いかけた。

「色々と、確認したいことがあってね」


 立ち止まったフランソワが再度周囲に人気のないことを確認する。

「君たちは、どこまで知っているのかなって」


 ハイドラが腕を組んだ。そのすぐ傍でゲルダが目を丸くする。

「私も……?」


 話を聞いて良い物かと視線を泳がせていたゲルダだったが、そんな呟きにフランソワがわざとらしく頷く。


「勿論。だってここに居る僕たちはみんな、『アレクシス』を知っているのだからね」


 ハイドラの眉が動いた。どうどうと手を動かし、フランソワは話を続けていく。

「アンジエーラの女の子から聞いた話だと、君たちは『アレクシス』を破壊兵器と呼んでいるらしいね。実際のところ、君はどういう認識をしているのかな」


 探るようなハイドラの視線に、フランソワが首を振る。

「僕たちも君たちも、『アレクシス』を悪用しようだなんて考えていない。そんなことはわかっているんだ。今は、僕の質問に答えて欲しい」


「……あんたの言う通りだよ」

 多少の困惑はありつつも、ハイドラは素直に彼の質問に答えていく。


「俺も詳しい話は知らねぇんだ。にーちゃん……ダリアラからも、詳しい話は聞いてない。神が作った兵器で、世界を破壊するためのモンだって聞かされてる」


 正直、彼はそんな兵器に少しの興味もなかった。その存在を知ったのさえ、ほんの数日前の話だ。そんなハイドラの回答に、フランソワが成程と頷いた。


「君は?」

 再び視線を向けられたゲルダが、遠慮気味に答えていく。


「私も、ニーナから世界を壊す兵器だって聞いてます。それ以上のことは、どこからも情報を見つけることが出来なかったからわかりません」

「本当に、何も『聞いていない』の?」

「え……?」


 予想外の問いかけに、再びゲルダの目が丸くなる。彼女の様子を見つめた蛇の瞳が、一度考え込むように伏せられる。


「……僕はとある神様から、()()()()()()()()()()()()』を探すように言われた。この『アレクシス』が、君たちの探している『アレクシス』と異なる存在だとは、どうしても思えないんだ」


「神だと?」

 納得しきれない様子のハイドラに困ったような笑みを向けながら、フランソワは徐にハイドラへと近づいてくる。

 一歩後退しようとしたハイドラの腕を掴み、フランソワがその瞳をじっと見下ろした。

「な……、なんだよ」


 迫る蛇の瞳に冷や汗を浮かべながらも、ハイドラがどうにかその瞳を睨み返す。体の奥底を探られるような感覚に、ハイドラの視界が歪む。


「彼女から、君の身に起きた話を聞いたよ。なにやら大変だったみたいだね」

「は……?」


 意外な反応にフランソワが目を丸くする。まるで心当たりが無いといった様子で、ハイドラはただ困惑した瞳を浮かべていた。

 顔を上げたフランソワが、確認するようにゲルダを見る。彼女もまたハイドラの様子に驚きの表情を浮かべながらも、フランソワの言葉を肯定するようにしっかりと頷いて見せた。


 ゲルダは先ほどの出来事を脳内で振り返る。突然苦しみだしたハイドラの姿と、彼を中心に生まれる土の杭。壊されていくエリィの魔法。

 顎に手を当てたフランソワが、様々な可能性を脳内に描いていく。

「まさか……」


「ゲルダ!」


 そんなフランソワの呟きに被せるように、少女の声が響いた。

 名を呼ばれたゲルダが振り返ると、こちらへ駆けてくるニーナの姿が視界に映り込む。


「ニーナ……!」

 喜びのままに彼女の元へ駆け出したゲルダが、その手の中に納まるヨルと共に、彼女の体を抱きとめる。


「良かった、全然戻ってこないから心配してたんだよ!」

「ごめんなさい。……作戦は無事、成功したみたいね」


 安堵の表情でその腕の中に納まったニーナは、顔を上げその場に居る二人の様子を見る。フランソワの手から逃れたハイドラが、驚きのままにニーナを見つめた。

「ハイドラ様も、ご無事で……!」


 良かったと頷いたニーナの手の中から顔を上げたヨルの視線と、フランソワの視線がぶつかった。何か言いたげなフランソワにヨルが視線を逸らしながら、前足でニーナの手のひらを急かす様に蹴る。

 ニーナは思い出したように肩を揺らし、ゲルダへ視線を向ける。


「ゲルダ、エリィはどこ?」

 困ったようにゲルダが首を振った。

「まだわからない。でもそんなに遠くないところに居るはずだよ」


「エリィのところへ行くつもりかい?」

 言葉を挟んだフランソワに、ニーナは遠慮気味に頷く。

 過去の一件もあり、彼女の中にはフランソワの良いイメージがあまり無い。それを知った上で、フランソワは更にわざとらしく優し気な笑みを浮かべ、そんなニーナに答えた。


「僕も一緒に行こう」


「え」

 思わず漏れた声に、ニーナは慌てて口を閉ざす。

「ん?」

「いいえ、何でも」


 首を傾げたフランソワから慌ててニーナが視線を逸らした。ふふ、と短い笑い声を漏らしたフランソワだったが、すっとその丹精な顔から笑みを消す。


「……どうも、キナ臭いんだよ」


「キナ臭い?」

 ハイドラに頷き、フランソワが腕を組んだ。


「作戦は無事終了した。異常現象による大きな被害もなく、僕たち二つの国の蟠りはこの出来事をきっかけに、一気に解消していくことだろう。さらにアルケイデア国にとっては、国内情勢に大きな変化をもたらす重要なきっかけとなったはずだ」


「そんなこたァ、この作戦を始めるずっと前からわかってたことだ」

 ハイドラが声を上げる。

「国の命運を賭けた出軍だった。アルケイデアの今後に繋がる、大きな転換になる。俺は最初から覚悟して馬に乗ったんだ。まさか、こんな結末が待ってるなんて思いもしなかったけどな。キナ臭ェだなんて、そんなこと今更」


「上手くいきすぎだと、僕は言っているんだよ」


 ハイドラの言葉が止まった。

「……どういうことですか」

 眉を寄せたニーナが、彼の代わりに口を開く。


「これではまるで、めでたしめでたしで完結する児童書だ。目的は全て達成され、皆が笑顔で終わりを迎えようとしている。もちろん、それに越したことはないけれどね」

 フランソワは深い瞳孔だけを動かして、まるで諭す様に答えを返した。


「……ここは、そんな単純な世界じゃないと僕は思うよ」

 ヨルの耳がぴくりと動く。


「――この結末を、この『世界』がただ傍観するとは思えない」



 ドン、と。そんな音が聞こえた。

「!」

「何?!」


 地響きなどではない。

 まるでこの世界の一部が欠けていく、そんな衝撃。

 どこからか押し寄せる圧力が、ニーナの足元を不安定にさせる。


 ただの地震ではない。そんな事実を直感が告げた。


「早く、エリィのところへ!」


 ヨルの声が響いた。弾かれるようにニーナの足が動き出す。

「ニーナ!」

 地面に手をついたゲルダが名前を呼ぶ。ニーナはただまっすぐに走っていく。

「今の声は……?」

「知るか! 俺たちも行くぞ!」


 眉を寄せたフランソワの横をハイドラが駆け抜けた。ゲルダがそれに続いて行く。

 そんな三人の後姿を見たフランソワが、一度空を見上げた。そこに在るのは先ほどから変わらない星空だ。月の姿こそ見えないが。


「……予想通りと言えば、予想通りだけど」


 不本意そうにそんな言葉を呟きながら視界を邪魔する髪を耳にかけ、フランソワもまた、彼らを追う様に駆け出した。

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