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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
4章 異常を止めろ! 【『アレクシス』捜索編】
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思わぬ妨害

「始まったな」

 白馬の上で、フランソワが呟く。既に一度目にしているとはいえ、シンハーはその異常現象の規模の違いに言葉を失っていた。


「僕たちの隊はちゃんと仕事をこなしたみたいだけど。……さて、あちらさんはどうだろう?」

 あくまでも楽しそうに、フランソワが空を見上げて呟く。


  * * *


「これ……!」

 幾つめかの種を蒔き終えたところで、ニーナがその異変に気付き声を上げた。すぐ傍に居たゲルダもまた、その視線の先を見て目を輝かせる。


「始まった!」

 着生と同時に目を出したその植物が、光り輝き空へ高くその身を伸ばしていく。


「ニーナ、そこから離れて! もう私たちの分は蒔き終わってる! 後はエリィに託すだけだよ!」

 馬に飛び乗ったゲルダがニーナへと手を伸ばし、ニーナもまたその手を取って馬へと飛び乗った。ほぼ同時にゲルダが手綱を動かし、馬を走らせる。


 ぐんぐんと離れていくその場から、天へ向けて真っ直ぐに伸びる蔓。周囲を見遣れば、同じような柱がいくつも空へと向けて伸びているのが暗闇の中でもわかる。


「あっちも……!」

 そしてそれは、空に浮かぶ黒雲の穴を中心に円を描いている。


「ミエーレの方も上手くいってるみたい……! 私たちはアルケイデアの王子様に合流するよ!」

 更に馬の動きを速めたゲルダの腰に、慌ててニーナが腕を回す。馬の脚はあてにならず、アルケイデア軍の兵士たちは自身の足で駆けまわるしかなかった。

 ヨルの助言によりアルケイデア軍の担当範囲はミエーレのそれよりも狭かったが、それでもギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際だ。

 しかしこの様子を見る限り、どうやら間に合ったらしい。


 ニーナがよそ見をしている間にも、ゲルダは目的の場所へとたどり着く。視界の先に群衆を見つけて口角を上げた。


「見つけた!」

 そして彼女らに気付いた兵士たちの視線を追い、その中心に立っていたハイドラもまたその姿を捉える。


「ハイドラ様!」

 たどり着くや否や馬から包袋の巻いた足を庇いながらも飛び降りたニーナの姿に、ハイドラが安心したように駆け寄った。


「ステラリリア、これは」

 初めて立ち会う状況に、周囲の兵士を含めハイドラが眉を寄せている。ニーナが安心させるように頷くと、すぐ後ろから駆け寄ったゲルダと視線を合わせた。


「大丈夫、エリィの魔法です。あとはあの人に任せるだけ。私たちは安全なところに退避するの!」


 ゲルダが説明を続ける間にも、天へと伸びる蔓は自我を持ったかのように動き続けている。周囲の蔓と絡み合い、網を作るように。


「早く! この包囲網から抜けるよ!」

 周囲の兵士に聞こえるように声を張り上げたゲルダへ、ハイドラが頷いた。

「総員、彼女の言う通りに! 全速力でここを離れるぞ!」


 兵士たちの返事を聞くと同時に、軍は動き始めた。わかりやすいように集合場所は荒野の中に設定したが、ここは魔法の範囲のすぐ端だ。普段から鍛えられている男たちの足があれば、予定通り範囲外への脱出は可能だろう。


 ゲルダはニーナと共に再び馬へ飛び乗ると、彼らを追う様に馬を走らせ、

「待って!」

 そして、そんな声に動きを止めた。


「ニーナ? どうし――」

「ハイドラ様?!」


 馬を飛び降りたニーナが駆けた先に居たのは、地面にうずくまるハイドラだった。

 ざわつく周囲の兵士たちへ、ハイドラがほんの少し顔を上げて声をかける。


「お前たちは先に行け! すぐに後を追う、命令だ!」

 たじろぐ兵士たちへ、ハイドラは再び声を上げた。

「聞こえねェのか! 俺は飛べるが、お前たちは走るしかねェんだ! 巻き込まれたく無けりゃ早くしろ!」


 彼の次に権限を持つらしい一人の兵士の声に従い、彼らはその場から離れて行く。その姿が見えなくなるまで白い顔でみつめたハイドラが、大きく息を吐いた。


「ハイドラ様! どうなさったんですか?!」


 吐き出す様な声と、うずくまる体。明らかに顔色の悪いハイドラの肩を掴んだニーナの手を、彼は力なく払った。

「お前たちもだ……っ、クソ!」

 胸の辺りを掻きむしるように掴んだハイドラが、乱れた呼吸の中でどうにか言葉を紡ぐ。


「ウゼェな……! どうなって、やがる……!」


「症状を教えて!」

 馬から降りたゲルダがハイドラの傍へ駆けつけ、速やかに心拍や体温を確認する。抵抗する力もないのか、ハイドラはそんなゲルダの行動になにか声を上げることはない。


「これでも医者だよ。体調が優れないのは、あなたのお兄さんの方なんじゃないの?!」

 尋常ではない冷や汗と体の震え、早すぎる心拍。ゲルダは眉を寄せた。


「わかんねぇ、よ……! ちっと前から、胸の辺りに違和感が……っ、ゲホッ!」

「ゆっくり呼吸をして! わかった、今は無理に話さなくていいから!」


 外傷は無い。可能性はいくつも考えられるが、今この場で病名をはっきりとさせることは不可能だとゲルダは思う。

 しかし、あまりにも唐突すぎる。


「ニーナ、王子様は前から同じような症状を?」

 困惑した様子のニーナが、ゲルダの問いかけに首を振る。

「いいえ、そんな話は聞いたことがないわ!」


 ニーナの言葉に頷いたゲルダが、周囲の様子を確認する。

 ハイドラ本人の様子を見る限り、恐らくは初めての状況なのだろう。急病にしてはタイミングが悪すぎる。


 既に魔法は始まっている。この場に居ては、どのような危険があるかわからない。

 もしかすれば、エリィの邪魔にすらなってしまう可能性もある。

「せめて、ここから移動しないと……」


「きゃあ!」


 ハイドラの肩を支えていたニーナが、衝撃で尻餅をついた。

「何?!」

 ゲルダが再びその視線をハイドラの元へと戻す。


 彼の背中から、純白の翼が生えていた。

 恐らくその翼に弾き飛ばされたのであろうニーナが、困惑の表情でハイドラの姿を見つめていた。


「んだよ……これ……!」

 その翼はハイドラの体を周囲から隔離するように広がっていく。

「熱い、体が……っ! 裂けるみてェに……!」

 彼の鼓動に合わせるように、その翼は質量を増していく。

「ハイドラ様……っ」

 両肩を抱きかかえたハイドラへ再び近寄ろうとした二人を、途方もない衝撃波が襲った。


「っあ!」

「うあっ!」


 それはハイドラを中心に生まれた見えない壁。弾き飛ばされた二人の体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。痛みに顔を歪めながら体を起こしたゲルダが、その衝撃波の中心に居るハイドラを見て目を疑った。

 膝をつき、口元を覆ったハイドラは、やがて顔を上げて天を仰ぐ。あまりにも巨大な翼は、まるでゲルダの視界を白に染め上げるかのようだ。


 まさに天使だった。

 その苦痛に歪む、表情さえなければ。


「あ、ああ……」

 だらりと開けられた彼の口元から、声が漏れていく。

 そんな声に答えるように、彼の足元が隆起した。


「いけない、ニーナ!」

 立ち上がったゲルダが、どうにか視線の先に見えたニーナへと駆け付ける。

 ただ茫然とハイドラの姿を見つめていたニーナを、ゲルダが抱きしめた。


「あああああああああああああああああっ!!!!」


 衝撃に息が詰まる。その体に感じたゲルダの温もりだけが、ニーナの唯一の支えだった。

 ハイドラの咆哮が地表を削る。重力を無視して浮いたいくつもの石礫が、空中で結合し巨大な杭へと姿を変えていく。


「何、を……」

 ニーナの視界が揺れているのは、ただ地面が揺れているからだけではない。

 まとまらない思考の中で、感情が歪んでいるからだ。


 ハイドラを中心に生まれた杭が、真っ直ぐに空へと飛んでいく。いや、正しくは、生まれたばかりの光の柱へ向かって飛んでいく。

「!」


 顔を上げたゲルダが、その行く先を見つめて言葉を飲んだ。

 杭は迷うことなく蔓へと進み、生み出されたばかりの網を切り裂いた。


「止めて! 何してるの、王子!」

 思いもよらない出来事に、ゲルダが声を荒げる。


「うっ、ぐ……!」

 ハイドラの目に色は無い。

 苦痛の声が、唇の間から漏れるだけだ。

「ハイドラ様……っ!」

 ゲルダの腕から逃れ、ニーナはハイドラへと駆け出す。しかし彼の元へたどり着くよりも先に、再び見えない衝撃派に体を弾き飛ばされた。


「ニーナ!」

 彼女の体を支えたゲルダに寄りかかりながら、ニーナは尚も杭を産み続けるハイドラをただ見つめていた。

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