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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
4章 異常を止めろ! 【『アレクシス』捜索編】
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創造する力

「さ、ペルドゥ! もう大丈夫だよ。立てそう?」

 唐突に興味を失ったかのように男へと背を向けたピアンタが、座り込んだままのヨルへと駆け付ける。鎌を消し地を駆けるその姿は、まさに無垢な少女そのものだ。


「もう、すぐにどこかに行っちゃうんだから。お手紙だって、ペルドゥの言った通りに届けてあげたのに!」

 あの日と同じように唇を近づけたピアンタの顔を、ヨルは拒むように押し返す。


「……ありがとう、ピアンタ。スッピナも。色々と、助かったよ」


 不思議そうにその様子を見ていたピアンタだったが、そんなヨルの言葉にぱあと瞳を輝かせた。

「凄い! 聞いた、スッピナ?! ペルドゥが、ペルドゥがありがとうって!」

「うん……、聞きました……! これ以上ない、幸せですね……!」


 再び涙を溢れさせたスッピナが、鼻を啜りながら目元を拭う。

 ヨルは自身の意識を正す様に、一度深く息を吐いた。


 彼らに頼めば、必ずや達成してくれるということはわかっていた。だから信用して手紙を託したのだ。そして見事、彼らはエリィの手紙をハイドラの元へと届けていた。

「じゃあ、約束どおりペルドゥ!」


 しかしその願いも、無償という訳にはいかない。

 ヨルの手を取ったピアンタが、その顔を覗き込んで言う。


「私たちと一緒に行こう! こんな世界(ところ)、貴方がいつまでも居るべき場所じゃない!」


 彼らの迎えに応じる。それが唯一の条件だった。

「…………」

 答えないヨルの顔を、スッピナが覗き込む。


「どうしました、ペルドゥ。やはり、動けない程にどこか痛むんですか?」

 ヨルが首を振る。

「違うよ、スッピナ」


 顔を上げた先に見えたスッピナの表情は、心からの疑問で出来ている。

 当然だ。彼らは、当たり前のことをしているに過ぎない。彼らの本能と本望に従い、それが全て正しい行いであると信じて疑わない。


 彼らは、ヨルが彼らの迎えを断るという未来を一つの可能性にも描かない。

 そういうものだからだ。彼らは――、自分たちは。


(僕もずっとそうだったから……)


 握りしめられた手のひらに力を込める。ピアンタの表情が明るくなった。


「ついて行くよ、君たちに」

「ペルドゥ……!」

「でもね」


 不本意だと眉を寄せながら、ヨルは少しずつその手から力を譲り受けた。

 一人で歩ける程度。

 エリィの元へ、戻れる程に。


「期限は伝えていなかったはずだ」


 ピアンタの睫毛が瞬く。

「僕は、君たちと一緒にどこへだって行くよ。……ただし、全て終わったら――、ね」


 不快なほどよく馴染む。

 ピアンタから流れてくる、神性の力。


「ペルドゥ?!」

 ぽんとその体を子鼠のそれに戻したヨルが、エリィの走り去った方向へと一目散に駆け出した。あまりの衝撃に言葉を失ったピアンタが、暗闇に消えていく小動物の影を追った。


 スッピナが、その震える肩に手を乗せる。

 呆然と立ち尽くすピアンタの顔を覗き込んだスッピナは、その瞳が恍惚に揺らめいていることに気付いた。

「ピアンタ」


 ピアンタはその瞳をゆらりと持ち上げ、色の無い唇を震わせる。

「――凄い」

 言葉が零れた。


「凄い凄い凄い……! ペルドゥが、あんな、騙すみたいな――――!!」


「……落ち着いてください、ピアンタ」

 溢れ出した感情に息を荒げたピアンタが、興奮のままに体を抱きしめる。


「凄い。凄いことだよスッピナ! だって、だってペルドゥだよ?! あのペルドゥオーティ!!」

 涙さえ浮かべて、ピアンタは言う。


「言葉を持って、自意識を持って、僕たちと会話してくれるんだ。あの神様が!」

「……俺たちだって、神ですよ」


 宥めるようにその背を撫でたスッピナの手は、しかし彼女と同じように興奮で小刻みに震えていた。

「でも、言いたいことはわかります。今はペルドゥの言葉を信じましょうか。……どうせ、ここはもうすぐ()()()()んです。彼は、俺たちと一緒に来るしか無い」


 ピアンタと同じように手にしていた鎌を消し、スッピナが消えたヨルの行く先を見つめる。鳴りやまない雷鳴が、彼の言葉を支持するようだ。


「ペルドゥ、オーティ……」


 そんな呟きが、二人の神を振り返らせた。

 まだ立ったままの男が、その名を呟いた。

「聞いたことが、ある。……そうか。ずっと、この時を待って……」


 ピアンタがスッピナと顔を合わせると、両手を腰に当て首を振った。

「人間が、気安くペルドゥの名前を呼ばないでくれる? ()()ちゃうでしょ」


「……お前たちは、『アレクシス』を……どう、したいんだ」

 ピアンタが眉を寄せる。

「どうしたい? ……さあ。どうでもいいよ。そんなのに、興味ないから」

 男の口角が、ほんの少しばかり上がっていた。


「さあ、行こうスッピナ。ペルドゥはどこかに行っちゃったし、ここに居てもつまらないしね。それに……僕たちが探さなくても、『アレクシス』はちゃんと動き始めたみたいだから」


 そして二度と、彼らは男を見ることは無かった。

 ピアンタの言葉に頷いたスッピナが、彼女と共に地面を蹴る。一瞬のうちに、彼らの姿は空高くへと消えていった。


「……そう、か」

 残された男は、ようやく膝をつく。視界の先に足から綿を出し、地表で大の字になっているぬいぐるみを捉えた。


「悪いな、ベア子。……無理、させちまった」

 重い頭に酸素を送り込みながら、ついさっき聞いたばかりの言葉を脳裏で繰り返す。人間がこれだけ出来れば万々歳。そんな、一言。


「誰が俺に、この力を授けたと思っているんだ……」

 指先に力が籠り土を削る。爪の間に、細かな砂が入り込む。

「クソったれ野郎どもが……っ!」

 やがて拳となったその手で、男は地表を思い切り殴った。


  * * *


 荒れる呼吸もそのままに、エリィは意識を集中させた。

 既にヨルの姿も、あの男の姿も見えない。気配さえ感じない。


 正直、ここがどこなのかは最早わからない。それでも意識の先にある花びらの存在から、予定していた場所からはそう離れてはいないことだけはわかった。


 ――――怖い。


 そんな単語が、ふとエリィの心の奥から湧き上がる。

 一人になったからこそ、奥底に仕舞い込んでいた不安が溢れ出す。


 本気になるのが怖い。本気を出すのが怖い。


(ジェシカが居るから、俺は魔法を使う必要が無かったんだ)


 小さな恐怖に、身震いする。

()()()()んじゃなくて、()()()()だけなんだって。ずっと、そう思ってた)


 緊張で心拍が上昇する。

 今から自分は、本気で魔法を発動させなければいけない。

 ジェシカは居ない。ヨルだって居ないのだ。


 今まで散々避けていた道を、今度こそ進まなければならない。


 扱えるはずだ。

 どれ程使い道が無くても、自分には『進花』の魔法を扱えるだけの才能がある。素質はあるのだから。


 でももし、ここで自分が本気になったとして。

 ジェシカのような魔法が、発動しなかったら?


 ()()()()のではなく、()()()()のだったら?


「っ」

 小さな恐怖が、エリィの中でみるみるうちに肥大化していく。

 結局、魔法など使えないのではないか。

 魔法など発動しないのではないかと。


 そんな不安が、そんな可能性が、恐ろしい。


「集中しろ、俺……!」

 膨らむ一方の不安を振り払う様に、エリィは力強く首を振った。

 不安に震えている時間など、残されてはいないのだから。


 自分を信じて、この日に動いてくれたハイドラ。彼の元へ手紙を届けてくれたヨル。作戦を呑んでくれたフランソワ。叱咤し、奮い立たせてくれたジェシカ。無理を言ってついて来てくれたゲルダ。

 そして、ここまで駆け付けてくれたニーナ。


 全ての人々の顔を思い出して、エリィは呼吸を止める。

 怖がっている場合ではない。


 自分にしか出来ないことを、やるだけなのだ。

 出来るか出来ないかではない。


「これは、俺が受けた仕事だぞ! だから、絶対に! 俺がやるんだ……っ!」


 膝をつき手を合わせる。声を漏らしながら冷たい夜の空気を吸い込んで、思い切り吐き出した。


 ゆっくりと、目を閉じる。


 地面の揺れる音、雷鳴、自身の心拍音。

 遠くから聞こえる人々の足音。木々が揺れる音。

 少しずつ明瞭になる風の音。雲が動く音。

 花弁が擦れる音。


 深海に飛び込み、重力に従って体が落ちていく感覚。深く、深く。もっと深く。


「良いかエリィ。魔法とは、創造なのじゃよ」


 声が、蘇る。


「想像し、創造する。まるで神が世を創り出したようにのう」


 それは、一向に多彩な魔法を操ることの出来ないエリィに対し、ジェシカが何度も繰り返し言った言葉だ。適当を言うと聞き流していたはずの言葉を、こんなにも鮮明に彼の脳は記録していた。


「想像、するんだ……!」

 何度も目の当たりにした、ジェシカの魔法を。


「俺が、創造するんだ!」


 創り出す。

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