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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
3章 魔女の使いに出来ること 【『アレクシス』捜索編】
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運命が動く時

「ああぁぁ! どれもこれも意味わかんねーこと書きやがって!」


 苛立ちと共に分厚い書物を放り投げたエリィが、次に手についた本を開く。

ここはジェシカの研究所だ。屋敷の中に何十として存在しているうちの、その一つに過ぎないが。


 邪魔にならないようピンで留めた前髪が、その無造作故に数束落ちている。ピンの隙間を縫う様にして頭を掻いたエリィは、再び見たこともない文字列が並ぶ頁を力の限り叩いた。

「あのババア! マジでさっさとどっか行っちまうしな!」

 わしわしと頭を抱えたエリィの後ろから、迷惑極まりないといった表情の子鼠が顔を出す。

 先ほどエリィが投げた本の下から、這い上がるように。


「エリィ。この世界にはね、後方注意って言葉があるんだよ……。小動物は大切に、鼠には優しく、相棒には最大級の愛情と慈悲を抱いて接しましょう。はい、復唱。せーの」

「お前もだ、ヨル! どんだけ屋敷の中探したと思ってんだよ! 気付いたら俺のベッドでうだうだしてやがって!」


 知恵熱が出る寸前のエリィが、不満をぶつけるように声を張る。ヨルからの反論に耳を貸すことも無く、床に胡坐をかいたエリィは棚から引っ張り出した魔導書を再び手に取って、その中身の不可解さに目頭を押さえては投げ捨てた。

「キュッ」

 再び頭上に降り注いだ魔導書から全力で身をかわしたヨルが、すぐ傍に転がっていたフラスコに足を引っかけ小さなうめき声をあげる。

「まあ? ジェシカが居なくたってな! 異常現象の一つや二つ、俺一人でどうにかしてやるってんだよ!」

 眉間に皺を寄せながら、エリィは再び新たな魔導書と対峙した。


 ヨルを発見し和解したエリィは、彼と共に早速手がかりを求めて動き出した。

 当然何かしらの助言をもらおうとジェシカを探したものの、彼女の姿は既に無い。悩んだ末、エリィはこの屋敷に溢れかえる彼女が集めた魔導書や、ジェシカの残した走り書きなどの確認に取り掛かっていた。

 膨大な数の資料を確認するには、一部屋につき一日という時間が必要だ。ただでさえ数日を棒に振ってしまったのだ。猶予はそう無い。

 エリィは、少しの時間さえも無駄には出来なかった。


「……この屋敷に、どれ程の情報があるか分かってる? そんなんじゃ、いつになっても終わらないよ」

 ため息交じりに起き上がったヨルが、背を丸めるエリィへと声をかける。しかしエリィは顔を上げなかった。

「終わらせんだよ。俺にはジェシカみたいな力は無ぇ。こうやって一個一個、俺にも出来ることを探してくしかねーんだから」


 エリィに頭を下げられた後、ヨルは自身が離れている間に、彼の身に起きた全てを聞いた。

 ハイドラとの会話、彼の意思とこれから起こる異常現象について。


(近々大きな異常現象が起きる話は、ピアンタとスッピナから聞いた。ジェシカがここを空けてからの短期間でも、小さな異常はそこら中で起きてる……)

 ジェシカが動き回って解決しているようだが、今度の異常現象は彼女の力だけでは手に余るだろう。それほど大きなものになるとピアンタは言っていた。以前ジェシカがミエーレの騎士団と共に動いた、あの時のように。


 確かに、ここ数日の間に些細な異常が起こりすぎている。

 まるでこの後に訪れる、巨大な何かの前触れのように。


「……本当に、出来るの?」

 ヨルが遠慮がちにそう問いかける。エリィとジェシカの会話を聞いていた手前、自分がそんな問いかけをするのは無粋なことだということもヨルはよく理解していた。

 それでも、今のエリィ一人では。そんな行動は、あまりにも危険すぎるのではないだろうかと。


「出来るかどうかじゃねー」

 音を立てて魔導書を閉じたエリィが、ちらりと振り返って子鼠の姿を一瞥する。


「やるんだよ、絶対に!」

 ヨルは再び異なる魔導書に手を伸ばしたエリィを、ただ眺めていた。


 そんなことをして、何になる? 異常現象を止めて、戦争を止めて、エリィにどんな利益がある?

 その利益は、本当にその苦労と危険に見合っているのか?


 彼がそんな理由で動いているわけではないことくらい、ヨルも理解している。利益のためではない。かといって、やらなければならないという使命もない。

 彼はただ、自分がやりたいように振舞っているに過ぎないのだ。

 だからこそ苦悩して、そして彼は、『選ぶ』ことを選んだ。


(不思議だな。行動原理は、まったく同じなのに)

 ヨルは数日前、別れを告げた二人組の姿を思い出す。

 ピアンタとスッピナは、後日必ず迎えに来ると言ってヨルの前から去っていった。

 彼らもまた、エリィと同じように、自分がやりたいように振舞っている。


 それが良いと思ったから動く。

 それがどれほど単純で、難しいことか。


「エリィ」

 名を呼ばれ、エリィが苛立ちを込めて再び振り返る。

「なんだよ! ちょっかい出すだけなら部屋で寝て……」

「階段の下の、奥の部屋」


 エリィの言葉が止まった。それはエリィにとって記憶に新しい部屋だ。ジェシカの意味のわからない研究のせいで、エリィが散々な目にあったあの部屋。

「まだ見てないでしょ」

 エリィは手にしていた魔導書を床に置き、視線をほんの少し下げて考え込む。

「……確かに、ジェシカはあの部屋で……」

 彼女はあの日の合同作戦で使用した魔法を元に、新たな実験をしていたはずである。

 なにか、更に改良された良い方法があるかもしれない。エリィが立ち上がると、足元で開かれたままの魔導書の頁が風に煽られ捲れた。


「行くぞヨル!」


 部屋を飛び出したエリィの背を、ヨルは複雑な表情で見つめていた。

 彼を危険な目に合わせないことを最優先に考えるのであれば、異常現象の場へ、ジェシカも居ないままに向かわせるべきではない。それならば適当に彼の邪魔をして、この屋敷で時間を使い続けさせれば良かったはずだ。

 開かれたままの魔導書を横目で捉え、ヨルはほんの少し鼻先を動かす。


「僕は、どうしたいんだろう」

 開け放たれたままの扉から、ヨルが両手両足を動かしてエリィの後を追いかけた。

 彼の呟きに、答える声は無い。


  * * *


 翌日の早朝、一台の馬車がミエーレの王宮の前で止まった。

 それはゲルダが贔屓にしている御者の馬車だ。

 正面玄関が騒がしいことに気付いたフランソワが、ナイトキャップを被った頭を動かして、枕片手に外を見る。自室の窓から見えたのは、数日前に顔を合わせたばかりの少年が門番に全力で抵抗している姿だった。


「……なにあれ」

 夢かと思い何度か目を擦ったが、その様子は明らかに現実だった。時計を見遣る。

 恐らく彼は、昨日の夕方頃にノブルを出たのだろう。


「はははっ」

 つい笑みを漏らしたフランソワの部屋の扉が、ノックもなく開かれる。


「王子ィ、無事だろうなぁ?! お前が死んだら俺が死ぬんだぞ! お前の命令のせいで!」


 なんともまとまりのない登場の台詞だとフランソワは思った。振り返った先に、タンクトップにボクサーパンツとこれまたなんとも締まりのない恰好をしたシンハーの姿がある。健康的な褐色肌と鍛え上げられた筋肉を隠そうともしない彼の呼吸は、ここまで全力で駆けて来たのか随分と荒い。


「朝から不敬だね、シンハー。入室するときはノックをしなさいと何度も言っているはずだよ。それに廊下にはメイドも居たはずだろう、そんな恰好で廊下を走らないでくれ。僕たち王族の気品に関わるからね」

「無事だな?! ったく、正門で暴れてる奴が居るって聞いて肝が冷えたぜ」


 フランソワと会話をする気など毛頭ないように、胸を撫でおろしたシンハーが後ろ手で扉を閉める。その間にもフランソワは部屋の奥にある巨大なウォークインクローゼットへ進み、その中へと姿を消した。

「なんでもお前と話をさせろって騒いでるんだとよ。ったく、誰だか知らねーけど迷惑な野郎だな」

 寝ぐせのついた頭を掻きながら、シンハーが姿の見えないフランソワへと声を張り上げる。どうやら彼はまだ、少年の正体に気付いていないらしい。


「おいおい、変に挑発しに行こうとすんなよ? 今んとこ問題ねェみたいだけどな! どうもゴネてるみてぇで、どうしても帰ろうとしねェなら俺が行ってみてもぶッ!」

 そして突然顔面に向けて飛んできた衣類に、言葉を遮られた。

 どうにかその衣類を顔からはがすが、靴下、ズボン、更には靴と様々なものが彼の体を正確に狙いすまして飛んでくる。

「落としたら死刑だから」

 やがて真っ白なシャツの襟を正しながら姿を現したフランソワは、既にナイトキャップを外しある程度髪型までも整えている。


「騎士使いの荒い王子様だこと……!」

 歯ぎしりしながらそう呟いたシンハーに目もくれず、フランソワはシャツのボタンを占めていく。

「君も僕の準備が終わったら、さっさと準備をするんだよ」

「準備ィ?」

 フランソワが衣類を抱くシンハーに近づき、その腕からズボンを取り上げる。


「あれは僕の客……いや、友達だよ。待たせたら怒られてしまうからね」


 不適に笑うフランソワの姿に眉を寄せ、シンハーは数回瞬きをした。

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