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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
3章 魔女の使いに出来ること 【『アレクシス』捜索編】
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なんも出来ねぇのな

「……熱くなっちまって、ダサ。お前もこれで納得したんなら帰んぞ。その面、さっさとにーちゃんにみせてやれ」


 どこかバツの悪そうにため息をついたハイドラが、ニーナの細い手首を掴む。引かれるままに体を動かしたニーナは、しかしすぐにその動きを止めた。

 ハイドラが足を止めたからだ。


「……まだ、なんかあんのか」

 ニーナの手首を掴んだハイドラの手の上に、エリィの手が乗っていた。


「エリィ……」

 ニーナがその名を呟いた。彼は傷の出来た顔で、ハイドラを睨みつけるように見上げている。


「アンジエーラ族に天変地異を抑える力は、本当にねーのか」


「ねェよ。俺の先祖が、口から出まかせを言っただけだ」

「でも、お前の言う国民たちは、それを信じてんだろ?」


 眉を潜めたハイドラがニーナの腕から手を放し、エリィに対峙するよう体を動かした。

「異常現象なら、俺が止めてやる! そんでそれを、お前たちアンジエーラの手柄にすりゃあ良い。嘘をつき続けるのが難しいってんなら、その異常現象を抑えられる存在が身近に居るんだって言えばいい。それなら、嘘にはならねーじゃん」


 ハイドラが目を丸くした。

「……お前に、そんなことが出来るって?」

「ジェシカに出来たんだから、俺にだって出来んだよ」

「ジェシカ? あの、異常現象を抑えて回っているとかいう魔女のことか」


 ハイドラの反応こそ意外だったが、ジェシカを知っているのであれば話は早い。エリィは彼の手を掴む手に力を込めた。


「俺はジェシカの弟子、『魔女の使い』のエリィ。そんでいつかは大魔王になる男! だから俺を頼れ。ニーナが言うみたいに、戦争なんてすんなよ」


 まっすぐに見上げた先の瞳が、冷たくエリィを見下ろしている。

「……異常現象を抑えて、過去の威厳を取り戻す。出来るんならそれに越したことは無ぇ」

「そうだろ? お前だって出来れば戦争なんてしたくねぇって言ってたじゃねーか」


 ほんの一瞬、エリィの表情が和らいだ。

 しかしそれも、一瞬の出来事。


「……!」


 弾かれるように振り払われた手が、宙を舞う。びりびりと響いた衝撃に、エリィの呼吸が止まった。


 ニーナが両手で口元を抑える。

 ハイドラが細い眉を吊り上げて、どこか不浄なものを見るようにエリィを睨みつけていた。


「――ナメた口叩いてんじゃねェぞ」


 鋭い声の刃が、エリィの体をその場に刺し止めた。薄暗い空間の中でも、嫌と言うほどエリィはその表情の正体を見せつけられていた。


 強い不快感と嫌悪。殺意にも似た、完全なる敵意。

 もっと多くの感情が複雑に入り混じり、渦を巻いている。


「黙って聞いてりゃベラベラと知ったような台詞吐きやがって……。いい加減、ウゼェんだよ!!」


 怒りのままに抜かれたサーベルが、咄嗟に振り上げたエリィの腕を深々と切り裂いた。吹き出す鮮血が地に落ちるよりも先に、ハイドラの足の裏がエリィの体を弾き飛ばす。

 エリィの口から、短い声が漏れた。


「エリィ!」


 声を上げたニーナの姿など見えないかのように、ハイドラは持ち上げた足を振り下ろし地面を蹴る。

 巨大な木の幹に背をぶつけたエリィの体を、追いかけたハイドラのサーベルが再び切り裂いた。


「ぐっ、う」

 顔、肩、胸、腰。次々と生まれる深紅の筋が、エリィに新たな痛みを与えていく。

「っらァ!」

 ハイドラが体をよじり、遠心力の付いた足蹴りがエリィの脇腹に直撃する。


 漏れた息は言葉を形成することもなく、エリィはその体をただ地面に叩きつけた。辛うじて頭を強打することは避けたが、彼の体は最早その意識通りには動かない。


「止めて……!」

「お前は黙ってろ!」


 駆け出したニーナの動きを一喝して止めると、ハイドラはエリィの肩を掴んで仰向けにさせる。痛みに苦しみながらも、エリィは薄くその瞳を開いた。怒りに満ちたハイドラの顔が見えた。


「頼れだと? 女一人も守れねェ腰抜けが、どの面下げて言ってんだよ」


 胸倉を掴まれ、上半身が浮く。息苦しさに再びエリィの表情が歪んだ。

「魔王だか何だか知らねーけどな。テメェのごっこ遊びに付き合ってやれる程、俺たちは暇してねーんだ」


 サーベルの歯が、エリィの首元に宛がわれる。無機質な冷たさが、エリィに更なる恐怖心を植え付けた。息を飲む。

 ほんの少しでもどちらかが動けば、この場には深紅の海と二度と動かない人型が残るだけだ。


 一ミリたりとも動かないその刃が、エリィの心に安心感と不安を植え付ける。

 まだ大丈夫。しかしこの先、この刃が離れることはないのではないか。


「本当に異常現象を止められるってんなら、お前の話に乗ってやる。俺は王の権威さえ取り戻せれば、その方法はなんだって良いんだからな」


 腹部に感じるハイドラの重みに、エリィの呼吸が浅くなる。


「……でも無理すんなよ、ただの『お使い』がよ。出来もしねェことを出来るって言い張るのは、ただの馬鹿がすることだ」


 視界が白んだ。言い返せないのは呼吸が苦しいからではない。


 言い返す言葉が、見つからないからだ。


「…………結局。強さで生き残ることしか出来ねぇんだ、人間ってのはな。五十年前まで、俺たちの先祖がそうしたみてぇに」


 離れて行く。無機質な刃が。腹部の重みが。

 胸倉を掴んでいた、焼けるように熱い手が。


 その瞬間。


「え……?」

 揺れた。空が、空気が、地面が揺れていく。やがて周囲の木々が騒めきを増し、その身に宿していた葉を地面へと落としていく。


 鳥が空へと羽ばたいた。


「こいつは……」

 少しずつ増していく揺れに、ハイドラが舌打ちを漏らした。立ち上がるとそのままニーナの元へかけ、周囲から守るように彼女を抱きかかえる。

 この感覚を、エリィは何度も体験したことがある。


 異常現象だ。


 比較的大きいものではない。この程度であれば、普段のジェシカならば何の小道具もないままに片手で納めてしまうだろう。

「……っ、ゲルダ!」

 エリィは精一杯の力を振り絞り立ち上がる。そして視界の先に捕らえた、まだ意識を戻さないゲルダの元へ駆けつけた。

 かけていた上着をゲルダの口元まで上げ、自身の身でその上から彼女の体を覆う。

 どこからか、獣の遠吠えが聞こえた。


「!」

 突然隆起した地面に足元を掬われる。すぐ傍の大樹が、その根を地上へ持ち上げたのだ。

 ひやりとエリィの背筋が凍る。膨張した一本の根が、エリィの右足に絡みついていた。


「なんだよ、これ!」


 根が空へと上ると、それに吊られるように絡み取られた足が浮いていく。彼の体を、宙へと持ち上げる。


「離れろよ……っ!」


 その根を振り払おうと足を動かすが、ただでさえ力の入らない体に加え、意思があるかのように動く太い根はエリィの足から離れない。

「っ、くそ!」

 そしてその根が破壊したのは、足元の地面だけではなかった。


「……!」

 幹から続くいくつもの根は、崩れかけの住居の下からも顔を出す。当然足場を崩されたもろい壁は、その場に次々と崩れていく。


 ゲルダを壁の影に寝かせたことが仇となった。エリィの足を拘束した根は更に隆起を続け、遂にその傍にあった壁を破壊する。


 危険が、すぐ傍まで迫っていた。


 普段であれば、荒々しくもジェシカがこの現象そのものを消してくれただろう。ヨルがその根を断ち切ってくれていただろう。ゲルダが目を覚ましていれば、真っ先にエリィの手を掴んで引いてくれただろう。


(なんで……!)


 根が締め上げる足の痛みが、徐々に強まっていく。これ以上の圧迫に、エリィの体は耐えきることが出来ない。


 足の先の感覚がなくなっていく。最早、彼の抵抗など無意味だ。


 迫りくる崩れた壁が、エリィの顔に影を作る。

 どうすれば良いのかわからない。どれだけ力を入れても、ジェシカのように魔法は使えない。


「なんで……っ!!」


 悲鳴のような声が漏れた。



 耳鳴りがした。

 それは彼の精神の限界と同時に、痛みから解放されたことへの衝撃。


「…………!」

 締め上げる力がなくなった。

 ほんの一瞬の出来事を理解できず、エリィは足の先がなくなったのかとさえ思う。


 目の前の巨大な影が、弾け飛んでいった。

 拘束から逃れた足の先へ、再び血が巡っていく。


 一瞬で消えた脅威の代わりに、エリィの視線の先にあったのはハイドラの姿だ。


 衝撃で抜けた羽が、はらりひらりと空を舞う。

 黒髪の隙間からこちらを見下ろす空色の瞳が、暗闇の中で輝いていた。


 エリィはただ、息を飲む。

 気づけば荒れた地面はそれ以上の変化を見せず、揺れは収まっている。切り落とされた根が重苦しい音を立ててエリィの足のすぐ傍に落ちている。


 はらりと、一枚の花弁がゲルダの閉ざされた瞳の上に腰を下ろす。それは彼が必死の抵抗の中で生んだ、一片の魔法だった。


「…………」

 ハイドラは首を鳴らし、手にしていたサーベルを鞘へ納める。そして息をつくと、広げていた翼が溶けるように消えていった。


「マジでなんも出来ねぇのな、お前」


 呆然とその姿を見上げるエリィを一瞥し、ハイドラが舌打ちする。

 その言葉を最後に聞いて、エリィはついに意識を手放した。


  * * *


 ゲルダを抱きかかえたままその場に倒れこんだエリィに、ハイドラは深いため息を零した。

「――行くぞ」

 同じように翼を広げ自身の身を守っていたニーナが、ハイドラの言葉に顔を上げる。


 これ以上、彼女がこの場に残る理由はない。

 自分には、何も出来ない。


 ニーナが倒れた二人の傍に近寄り、膝を曲げる。そんなニーナの様子にハイドラは再びため息を吐いて、彼女を置いて歩き始めた。


 傷まみれのエリィの顔に触れようとして、ニーナはその手を止める。

「私、は……」


 彼女の小さな声は、それ以上の言葉を形成することもなく。

 吐息と共に、夜の闇へと消えていく。

2019年、最後の更新になります。


投稿を開始し早2週間。短い期間ではございましたが、複数件のブクマや評価、レビューまでいただきまして、本当にありがとうございました!


素直に嬉しいですし、なによりも励みになります、、



まだまだ新米ではございますが、2020年も『魔女の使いは戦わない』、並びに他作品もどうぞよろしくお願い致します……!!

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