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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
3章 魔女の使いに出来ること 【『アレクシス』捜索編】
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心の拠り所

 耳を割くような発砲音に目を閉じる。

 ほぼ同時に聞こえて来たのは、何かを弾くような金属音だった。


「……へぇ」


 一瞬の静寂の後、銃を下ろしたハイドラが口角を上げる。覚悟した痛みは来ず、エリィが恐る恐る瞳を開いた。

 そこにあったのは、少女の背中だ。


「ニーナ……!」


 ニーナが剣を抜き、その玉を弾き飛ばしていた。ニーナの手が衝撃に震えている。いや、恐らくその震えの原因は、殆どが恐怖からくるものに違いない。

「成長したなァ、なんて。……オイ、余計な真似すんなよ。折角そのうるせェ餓鬼を黙らせてやろうと思ったのによ」


 ニーナが震える両手で剣を構えなおすと、その剣先に見据えたハイドラから視線をはなさず、エリィへと声をかける。

「エリィ。あの人はアルケイデア王国の第二王子、ハイドラ殿下よ」

「王子……?」


 あまりにも想像からかけ離れた人物像に、エリィは聞いた言葉を繰り返す。

 ニーナは会話の相手をハイドラへと変え、緊張を押し隠す様に声を張り上げた。


「ハイドラ様! 私はあなたと話をするために、アルケイデアに戻る最中でした。彼らには道中の護衛をお願いしただけ!」

 ハイドラは興味深そうにニーナを見つめながら、手にしていた拳銃を上着の下へと仕舞う。


「話? ……ああ、『アレクシス』のことか?」


 思いもよらない言葉に、思考が上手く追いつかない。

 痺れが取れない両手にどうにか力を込めながら、ニーナは動揺を飲み込もうと生唾を飲み込んだ。


「にーちゃんから話は聞いてるよ。俺のために『アレクシス』とやらを探してたんだろ? ……で、その『アレクシス』は無事壊せたのか?」


 ニーナは言葉を詰まらせる。いいえ、と首を振ったニーナの背を、エリィは黙って見つめていた。

「『アレクシス』はまだ見つけていません。あなたと話したいのは、アルケイデアの軍のこと」


 ハイドラの表情から笑顔が消えた。

「……へえ。話が早ェじゃねーか。わざわざ宣戦布告する必要が、無くなったってことか」

 どこか軽い言い回しだが、その声には隠し切れない苛立ちが見えた。なぜミエーレに居たはずのニーナがそのことを知っているのかと、口を閉ざした彼が無言で問いかける。


「……ミエーレの王子に、こちらが希望するなら移民を全員返すことも、黙認を続けることも構わないと告げられています。アルケイデアが動かなければ、ミエーレに戦う意思はないと」


 ニーナはわざと話を自分本位に進めていく。ハイドラが不愉快そうに顎を上げた。

「つまりお前は、俺に戦争をするなって言いてぇんだな?」

 ニーナはただ黙って頷いた。

 ハイドラがちらりと、その後ろに立つエリィを睨むように見る。傷まみれになりながらも、エリィは静かに二人の会話を聞いていた。


 ハイドラは数秒の思考を終え、込み上げる頭痛を抑え込むように目を瞑る。


「……あのな、俺だって戦争がしたくて動こうと思ってるわけじゃねーんだ。他に方法があんなら、いくらでもそっちを選ぶぜ」


 ようやく手にしていたサーベルを鞘へ納めると、ハイドラはその鞘を腰のベルトに繋いで腕を組んだ。


「お前が居ない間に、国民たちの不安は目に見えて大きくなってる。なんでかはわかるだろ?」

 ニーナは慎重に言葉を選ぶ。


「……王が、不在だから」

 そうだ、とハイドラが頷いた。


「俺は何度だって、にーちゃんに言いに行った。早く王に成ってくれってな。……でもいい加減ウンザリだ。あいつは結局、自分のことしか考えちゃいねぇ。お前が王に成れって、それしか言わねぇ」


 吐き捨てるような言い様に、ニーナが眉を寄せた。


「そんなことありません! ダリアラ様は、国のことを想って……!」

「だったら、なんでこんな()()()()()()()に国を任せようとする?!」


 ニーナの息が止まる。

 突然荒げたハイドラの声が、やけに彼女の心に刺さった。


「王座ってのはな。俺なんかが座っていい椅子じゃねーんだ。……でもな、この状態がいつまでも続いてたら、困んのは俺たちじゃねー。心の拠り所を失ったアルケイデアの国民たちだ」


 ちらりと、今度はただ向けられた視線に自由が絡み取られ、エリィが身を固める。感情を押し殺した空色の瞳。

 彼の心の咆哮が、エリィの心に直接語り掛けてくる様だった。


「だから、俺が王に成ってやるって決めたんだ。いつまでも動こうとしないにーちゃんじゃなくて、この俺が」


 わかるか、説明したところで。お前にこの感情が――。

 そんな声が、聞こえてくる。


「……でもな、俺が無理やり王に成るんじゃ、もう駄目なんだよ。アルケイデアの国民に、もちろんアンジエーラのクソジジイどもにも、俺が王に相応しいって証明しねーとなんねえ。それには、言葉じゃ足りねぇんだ」


「だから……。武力で、言葉の代わりを示そうとしているのですか」


 ニーナの声は、どこか落ち着いていた。

 国民がアルケイデア王家に愛想をつかし、国を出ていくのであればまだ良い。

 このままでは国民の中で、革命という新たな動きが出てきてしまう可能性だってある。

 ハイドラは、それを危惧している。


 とはいえ、あまりにも話が飛びすぎているのではないかと。

 ニーナは納得のいかない表情を浮かべて、ハイドラの瞳を見つめた。


「…………」

 事態は思っていたよりも深刻なのだろうと、エリィはそんな大まかな理解を飲み込んだ。


 自分のずっと遠くで起こるはずの出来事が、目の前で話を進めている。

 まるで空を飛んでいるその途中で、海水魚に出くわしてしまったような。そんな、全てが空想の中の物語のようだ。


「馬鹿、そんだけじゃねーよ。……一つ、面白れェ話を聞かせてやる」

 ニーナへと数歩近づいたハイドラが、面白そうな様子など少しも見せずに言葉を続ける。


「もうすぐ、アルケイデアに近い場所で、デカい異常現象が起きるらしい」


「え……?」

「なんだと?」

 これにはエリィも言葉を漏らした。

 アルケイデア国付近において、異常現象と名の付く不可解な事象が起きたことはない。ヨルは確かに、そう言っていた。


「もしその異常現象がアルケイデア王国に災害をもたらせば、アンジエーラ族の栄光はそこで終了だ」


 フランソワは否定していたが、アンジエーラ族の「力」によって、アルケイデア王国は異常現象から守られている。

 異常現象による被害が国内で見られれば、国民はアンジエーラ族の「力」はその存在を疑問視するようになるだろう。それは自らを守るためにアルケイデアに身を置く人々が、その場に居残る理由を失うということ。


「本当に……?」

 ハイドラの表情は硬い。エリィは受け入れざるを得なかった。


 異常現象が起きた際、アンジエーラ族に成す術などないのだ。

 そうなる前に、彼らは異なる形で国民に対して威厳を示さなければならない。


「異常現象からの守護力がなくなっても、アンジエーラには国を守るだけの武力がある。それを国民に示すために――、俺は戦争を起こすんだ」

 見上げた先に捕らえたハイドラの表情に、ニーナが息を飲んだ。


「そんなこと、したって」

「国民が少しずつ俺たちの元から離れて行くのはどうしてだと思う? 信頼してねーからだよ、王を! アンジエーラっていう種族をな!」


 無意識に震えた唇を閉ざす。それは、城の中に籠ってばかりでは得られない考えだったはずだ。そんなことを、ニーナはまるで他人事のように考えた。

 城下に下り、国民と直接関わりを持ち。

 その場の空気を直に味わった彼だからこそ、感じ取った国民の()()


「国民が王族を信頼出来ないのは、俺たちが頼りねーからだ。俺たちが、国民の信頼に足る動きをしてねーからだ」

 事実。城下に下ったことのないニーナは、多数の国民がミエーレへ移住していたことさえ知らなかったのだから。


「親父が死んで、時代は変わろうとしてる。そんな今だからこそ俺達は、国民の期待に応えるべきだ。俺達アルケイデアの王族は信用できるんだって。頼れる存在なんだって、証明すべきなんだよ!」


 一気に言葉を吐き出したハイドラが、一度深く息を吸い込んだ。


「なあ。他に良い方法があるってんなら、教えてくれよ」

 誰よりも考え無しのようで、誰よりも国と、国民のことを考えているのだと。ニーナはそう思った。


「にーちゃんには任せらんねー。もちろんお前にもな」

 そしてその事実を知る人間が、一体アルケイデアには何人居るというのだろう。


「……だから、俺がやるんだ」


 彼はただ、一つの平和の形を望んでいる。

 国民からの信用を、そして彼らの安寧を得ようとしているのだと、ニーナは理解した。


 短絡的すぎると否定するのは簡単だ。自分に思いつかないだけで、他にも方法はあるのだろう。

 それでも彼女は、これ以上の言葉を、口にすることが出来なかった。


 自分に、この人は止められない。


 そう、わかった。

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