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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
3章 魔女の使いに出来ること 【『アレクシス』捜索編】
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ペルドゥオーティ

 ヨルが何かを言うよりも先に、ピアンタが無邪気に彼へと抱き着いた。


「本当にまだ『居る』なんて信じられない! でも、でもね信じてたよ! ボクたちのペルドゥは、そんな簡単に『居なく』なったりなんかしないって!」


 背中に感じた人の形。しかしそこに温もりはない。

 揺らされた視界がやけに鮮明なのは、彼女から送り込まれた「魔力」のおかげだろうか。


「でも、とても弱っています……! どうしよう、とにかく、俺たちの力を受け取ってください。大丈夫、しばらくは保たせますから……」


 ヨルの両手を握るスッピナの手から、強い引力のようなものを感じた。涙を零しながら必死に力を込めるスッピナの手を振り払う様に、ヨルは自身の手を引く。

「ペルドゥ……?」

 困惑の視線を向けるスッピナに、ヨルは小さく首を振った。


 体が震えた。その力を欲しているのがわかる。

 心の奥底で、涎を垂らして、寄こせと叫ぶ獣が居る。


「――要らないよ。僕はもう、君たちの仲間じゃないんだ」


 飼いならせ。ヨルが自身へと、何度も言い聞かせる。

 苦しそうに瞳を瞑ったヨルの様子に、二人は目を丸くした。

 それは、彼の()()()()()に対しての反応ではない。


「ペルドゥ……。そんなに、喋れるように……」

「凄い、凄いよペルドゥ! 勉強したの? それだけ流暢にお話しが出来れば、ボクたちとも前よりずっと意思疎通が出来るよ!」


 ヨルよりもずっと幼い姿の二人は、まるで言葉を覚えたばかりの幼児に接するように、彼を褒め称える。


「前よりずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()ようになる!」


 それは、どこかおかしな言い回しであり、何よりも正しい言葉の選択だ。

 ずっと過去に置いてきたはずの記憶が、ありありと蘇る。

 それは正義であり、罪であり、彼という存在の全て――。


「僕は、二人にとっての『裏切り者』だよ。君たちみたいな力はもう無いし、君たちと肩を並べても、出来ることはない」


 体に注がれた力が、嫌というほどよく馴染んでいる。こんなにもすらすらと言葉を紡ぐ経験は、初めてなのではないだろうか。

 ヨルは深く深呼吸した。指の先まで、血液が巡っていくのがわかった。


 つい先ほどまで目を輝かせていたピアンタが、困惑のままにヨルの顔を覗き込む。

「どうして、そんなに寂しいことを言うの? もしかして、『ペイジ』のことをまだ気にしるの?」


 ピアンタの言葉に、ヨルの心臓が跳ねた。


 涙を拭いながら、スッピナがどうにか笑みを作る。

「それなら大丈夫ですよ。俺もピアンタも、あの時のことはまだちゃんと()()()()()()()()んです。だから君に怒っているとか、失望したとか、そういう感情は一切ないんですよ」


「それにね、今は()()()()()()()()()()。だからね、ペルドゥをもう一回迎え入れても、誰も文句は言えないんだよ!」


 あまりの衝撃に、ヨルは一瞬呼吸を忘れた。


「……()()()()のか、長を……」

 ベル。

 自分がそうであった、とある種族の名前だ。


 ああ。彼らは、なにも変わってなどいない。

 それとも、自分が変わりすぎてしまっただけなのか――。


「そ・ん・な・こ・と・よ・り! ね、ボクたちはもっと前から、ペルドゥに存在を伝えていたんだよ! 気付いていたんでしょう? 早く来て欲しいって、ずっと思ってたのに!」

 ヨルの感情などどうでもいいという様に、ピアンタが早口で言葉を紡ぐ。

「俺たちでは、今の君を探しだすことが出来ませんからね」

 頷いたスッピナにピアンタが同意を示した。


 それはあの雨の日に感じた戦慄だ。当然気づいていた。

 ただ、気づかないふりをしただけ。


 しかしそのふりも、もう出来ない状況にある。ヨルはそう理解してこの場に来たのだ。


「……ピアンタ、スッピナ。二人は、どうして『ここ』に居るの?」

 喉の奥に感じた酸を飲み込んで、ヨルはが問いかける。目の前の二人はキョトンとした表情をして、顔を見合わせていた。


「そんなの、決まってるよ」


 目元を腫らしたスッピナの隣に並び、ピアンタがどこか楽しそうに答える。


「ボクたち、ペルドゥを迎えに来たの!」


 ヨルの表情が歪む。

 顔を合わせた瓜二つの少年少女が、その外見に似合った幼い笑みを浮かべていた。


  * * *


「どうしてってな。お前を迎えに来たに決まってんだろ」


 呆れたように後頭部を掻くハイドラに、ニーナは数歩後退した。

 彼が王として認められずにいる理由は、まさに今のような状況を作り出す彼の性格による。

 マスクを付ければ変装だと言い張る彼は、今のようにラフな格好で城下に下っては、護衛もつけずに遊び歩いていた。


 当然国民が彼の正体に気付かない訳もなく、彼の行動を親しみやすいと評価する者と、立場を理解していないと否定する者の数はほぼ五分五分だ。


「まさか一人で遊び歩いて、俺の真似でもしようってのか? 超・箱入り娘のお前がよ」

 ニーナがハイドラを睨みつけると、彼はわざとらしく肩を竦めた。

「わざわざ迎えに来てやったんだから、そんな顔すんなよ。……お前が『こっち側』に居たら、俺はミエーレを攻撃出来ねぇからな」


「…………」


 まるで王子らしからぬ物言いだが、これが彼の生き方なのだ。

 姿勢も悪く眼付も悪い。まるでそこらに居座るゴロツキのような風体。それでも、隠しきれない王族という風格が窺えるのはなぜなのだろう。


「ここはアルケイデア国の領土ではありません。いくらハイドラ様であっても、こんなところまで来ていては相応の御咎めを受けるのでは?」


「誰に?」


 ニーナは口を結んだ。

 そうだ。王が居ないアルケイデアで、今最高権力を持っているのは王族たる彼とその兄ダリアラのみ。今彼がどのように動いたところで、陰口を叩く人間こそ居れど彼に罰を下せる存在は居ない。


「はーウゼェ。折角俺が迎えに来てやったってのにその態度かよ。俺にも兄ちゃんにするみてーに、もっと恭しくしたらどうだ?」


 まとまらない思考の中で、ニーナは自身の立ち居振る舞いをどうにか考えた。ここからどうやって動くべきか、何から話すべきか。


(とにかく、二人からハイドラ様を遠ざけないと――)

 しかし、彼女の思惑はそう上手くいかない。


「で? その見るからにウザそうなの、誰?」


 ニーナが瞳を見開く。その両脇から彼女を庇う様に、二つの影がニーナの前へと躍り出た。


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